第14話 手作りの朝食
「おはようございます、ヴァージニア様。お早いですね」
「ぅえ!?お、おお、おはよ、う……、えほっ、けほっ」
朝食の準備を終え、そろそろかとどきどきしながら待っていると、食堂の扉をノックする音共にノアが入ってくる。
しっかりと心の準備を充分にしていたのにも関わらず、ヴァージニアは盛大に狼狽えた。
「だ、大丈夫ですか、姫」
「だ、大丈夫よ、ちょっとむせただけなんだから!あ、あんたがいきなり入ってくるからよ、げほっ」
「す、すみません……次からは気をつけて驚かせないようにします……」
身を小さくして謝罪しながらも優しく背中を擦ってくれる彼の掌を感じながら、ヴァージニアは咳き込みながら俯いて涙目になった。
違うのに。こんなはずじゃなかったのに。
ノアが入ってきて挨拶されたら、優雅に微笑んで「おはようございます、今日もいい天気ね」って言って、「今朝のパンは私が焼いたのよ。お口に合うかわからないけれど、良かったら朝食を一緒にいかがかしら?」って、朝ごはんに誘うつもりだったのに!
そのために早起きして厨房の隅を借りて、シェフに教えてもらいながら何とか自分で焼いたのに!
シュミレーションはばっちりだったはずなのに、計画はのっけから破綻した。
(で、でも、一番の目的だけは果たさなきゃ!)
ヴァージニアは心の中で気合いを入れると、涙目できっとノアを睨み上げた。
「……!?」
その鬼気迫る様子にノアがびくりと肩を震わせ、一歩後退る。
「ノア、あなた朝食は食べたの!?」
「ま、まだですけど……」
迫力に押されたノアが小声で答えると、ヴァージニアの表情が明るくなった。
しかしすぐに慌てたようにしかめっ面に戻ると、
「あ、あ、あのね、今日の朝ごはん、なんだけど……っ」
「ええ」
「と、とっても美味しそうでしょう!?」
「え!?」
突然脈絡なく振られた話題に、ノアは慌ててテーブルの上に視線を泳がせる。
「そ、そうですね、特に、この……オムレツが、」
「違うわよ!そうじゃなくて、パ、パン……このクロワッサン、美味しそうでしょ!?」
「えー……、えっと」
オムレツが美味しそうだというと何故か傷付いた顔をしたヴァージニアに促され、ノアはテーブルの上に置かれた、おそらくクロワッサンであろう物体を見下ろす。
籠の中にいくつか盛られているそれらは形からようやくクロワッサンだとわかるが、色は完全に真っ黒で炭化している。
そんな状態でよく崩れずにここまで運ばれたと感心するが、恐らく宮廷料理人が細心の注意を払って盛り付けた結果だろう。
「えっと……」
お世辞にも美味そうには見えない炭の塊と、何故か必死にこちらを見つめるヴァージニアの顔を交互に見て、
「…………すごく、美味しそうです」
本音よりも忠義を優先した。
途端にヴァージニアの顔がぱっと輝き、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
そしていそいそとノアのために食卓をセットし始めた。
「そうでしょ?実はね、今日は私が焼いたの。べ、別にあんたに食べて欲しかったわけじゃなくて、たまたま早起きして気分が良かったから、作っただけなんだけどね。あんたが来るのがもうちょっと遅かったら全部私のお腹に入っちゃってたところなんだけど、運が良いわね。今朝は気分がいいから、特別に……特別に、よ。あんたにも少し食べさせてあげる!」
「い、いえ、あの……」
「なによ、私の焼いたパンが食べられないって言うの!」
殺気の籠もった視線に射抜かれ、幼い頃からの条件反射でノアはぶるぶると首を振った。
「いいいいえ、えと、……ありがたく、ご相伴に与らせて頂きます」
「ふん、最初からそう言えばいいのよ!」
怒ったような口調とは裏腹にうきうきした様子のヴァージニアに促され、
(まあ……これで機嫌が良くなるならいいか……)
ノアはこっそりと溜息を吐くと、覚悟を決めてヴァージニアの向かいに腰を下ろした。