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わがまま姫の専属騎士  作者: RINA
本編
13/50

第12話 おやすみのキス



その日の夜。

ヴァージニアは、兄夫婦の居間の扉をノックした。


「はい……あら、ジーナ?」


「ごめんなさい、ジャクリーン義姉様……もう、お休みになるところだった?」


夜着の上に羽織ったガウンを握りながら上目遣いに問うと、ジャクリーンは一瞬驚いた表情を浮かべ、ふわりと笑った。

片側に緩くまとめられた艶やかな金髪が室内の灯りを受けて煌く。


「何か話したいことがあるのね?入って、今お茶を淹れるわ」


優しく背中を押されて室内に足を踏み入れる。

すると、ソファに足を組んで腰掛け紅茶を飲みながら読書をしていた兄が、本から顔を上げた。


「なんだ。お前がこんな時間にここに来るなんて珍しいな」


ザフィエルもジャクリーンも既に湯浴みを済ませ、ガウンの下は寝巻き姿だ。

時刻はすでに夜の10時を回っている。ベルベットは既に寝付いているのだろう。

確かにいつもならばヴァージニアも就寝の準備を済ませ、読書か編み物で眠くなるまでの時間を楽しんでいる頃だった。


「うん……」


「……どうした?」


いつになく歯切れの悪いヴァージニアの様子に、ザフィエルは眉を顰めた。

一見すると不機嫌そうに見えるが、これが純粋に心配している時の兄の顔だとヴァージニアは知っている。


「…………」


真顔のまま、無言でザフィエルを見つめ返す。

普段は上げられている長い前髪が下ろされ、実年齢よりも少し幼い印象だ。

加えて本を読むためか今は眼鏡を掛けており、その奥の目が気味悪そうにヴァージニアを眺めている。


「……おい、なんなんだ」


「うん……兄様には何も感じないわ。眼鏡と長い前髪が好きってわけでもないのね、私」


むしろすっきりとした短く男らしい髪型と、一目見ただけで恋に落ちるような印象的な瞳が好みだと思っていた。現実は理想通りにはいかないものである。

納得したように頷くヴァージニアに、ザフィエルは脱力したように肩を落とした。


「なに訳の判らないことを言ってるんだ……」


そこへお茶を淹れ終わったジャクリーンが現れた。

夫と義妹の姿を交互に見遣ると、一人嬉しそうに笑みを深くする。

新たに用意したヴァージニアのカップとティーポットをコーヒーテーブルに置くと、夫の元にしずしずと歩み寄った。


「あなた、今夜は先に休んでくださらないかしら。私は少しこちらでヴァージニアとお話してから行きますから」


妻にザフィエルはちらりとヴァージニアを見遣ると、ソファから立ち上がった。


「ああ、わかった。……あまり遅くなるなよ」


ジャクリーンが はい、と笑顔で頷く。

ザフィエルは彼女の片耳に数筋零れていた金糸をかけると、そのまま腰を屈め、流れるような仕草で柔らかく妻の頬に口付けた。

ジャクリーンは目を細めて、くすぐったそうにそれを受け止める。


(わ……)


何でもないことのように自然になされた目の前の行為に、ヴァージニアの胸は高鳴った。


(いいなあ……私もいつか……)


「じゃあ、おやすみ、ヴァージニア」


「お、おやすみなさい、ザフィ兄様」


妄想の世界へと旅立ちかけていたヴァージニアは兄の声で我に返り、上擦った声で慌てて返事をする。ザフィエルは軽く手を挙げて応えると、寝室へと姿を消した。


「……ごめんね、義姉様。お疲れなのに……」


申し訳なさそうに頭を下げるヴァージニアの細い肩をそっと抱き、ジャクリーンは首を振った。


「気を遣ってくれてありがとう。でも大丈夫。全然疲れてなんかいないのよ。それよりあなたのお話を聞きたいわ。何かあったのかしら?……今朝と随分、面持ちが違うようだけれど」


促されるままソファに座り、勧められるままに熱い紅茶を一口飲むと、ヴァージニアはほっと一息吐いた。

傍らに腰掛けた義姉を見ると、にこにこと温かな微笑が変わらずそこにある。


「…………」


ヴァージニアは何となく教会で告解をしている気分になった。


「ジャクリーン義姉様って、聖母様みたいよね」


思ったままを口にすると、義姉は瞠目し、やっぱり兄妹ねえ、と少し困ったように笑った。


「?」


「いいえ、何でもなくてよ。さあ、あなたのお話を聞かせて」


ヴァージニアはもう一口紅茶を飲んで唇を湿らせ、静かに切り出した。


「……あのね、義姉様」


「ええ」


「私、……私ね、ノアのことが、好きみたいなの」


「そう」


「……驚かないの?」


「驚かないわ。だって、あなたたち二人、とってもお似合いだもの」


「そうかしら……でもノアは私のことをそういう対象には見られないようなの」


「あくまで仕えるべき存在であって、恋愛対象ではないということ?」


「ええ……ねえ、ジャクリーン義姉様とザフィ兄様って、どんな風に出会ったの?」


「え?」


「だって今まできちんと訊いたことなかったんですもの」


ヴァージニアがジャクリーンと初めて出会ったのは、正式に兄との結婚相手として紹介された時だ。おそらくセルフィエルもそうだろう。完全な政略結婚だったはずなのに、あの時には既に二人は愛し合っていたように見えた。


「どんな風にって、普通よ?」


ジャクリーンが首を傾げると、ヴァージニアが頬を膨らませて身を乗り出した。


「その普通が聞きたいの!どんな風に出会って、どんな風に恋に落ちて、どんな風に想いを伝え合ったの?お願い、教えて。私も義姉様たちみたいに……なりたいの」


ほぼ不可能に近い願いかもしれないが、可能性は無ではない。

頑張れば、いつかノアがヴァージニアにおやすみのキスをくれるようになるかもしれない。

そうねえ、とジャクリーンは遠くを見るような目をする。しばらく考えたのち、にっこりと微笑んで明るく告げた。


「私が押しかけて迫ったの」


「ええ!?……嘘でしょう?」


「嘘じゃないわ。もともとはね、私の姉、今はレスランカ国の女王をしているけれど、彼女がザフィエルの結婚相手として選ばれていたの。でもそれを私が無理矢理奪い取ったのよ」


「信じられないわ……」


ヴァージニアが呆然と呟いた。

押しかける、とか迫る、とか奪い取る、とか。

そう言った単語がジャクリーンほど似合わない人間もいない。

しかし今までジャクリーンがヴァージニアに対して嘘を吐いたことは一度もないので、いかに信じ難くてもそれが真実なのだろう。





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