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わがまま姫の専属騎士  作者: RINA
本編
10/50

第9話 ずるいのは、どっち?



そこからは何が起こったのか、よく覚えていない。

ひたすら痛いほどにぎゅっと目を閉じて、目の前の胸に顔を押し付けていた。

ヴァージニアの足はほとんど宙に浮いており、しかしノアは彼女の重さなどまるで感じていないかのようだった。

身体が上下左右にあり得ない速さで移動する。

頬に髪に、鋭い風圧を感じる。

男は手甲でもしていたのだろうか、金属が高速で打ち合う音が聞こえる。

暗殺者の男の息遣いが徐々に荒くなっていくが、頭に直に響くノアの鼓動にほとんど乱れはない。

ふと風が止み、ヴァージニアはつま先が地面に着くのを感じた。


「や、やめろ……っ」


弱弱しいうめき声に はっと瞼を開けると、暗殺者が地面に転がり真っ青な顔でこちらを見上げていた。


「…………」


対するノアは全く表情を変えずその喉元に向けて一寸の狂いもなく狙いを定め、


「だめっ、ノア!」


甲高い悲鳴にも似た命令に、男の首との間に紙一枚の隙間を残して刀身がぴたりと静止した。

その隙を逃さず、剣を構えていない方の彼の腕にほとんど抱き付くようにして、ヴァージニアは懸命に震える唇を動かした。


「つ、捕まえなきゃ、いけないから、殺しちゃ駄目!いっぱい聞かなきゃいけないことがあるわ、だから、ちゃんと生かしたまま連れ帰らなきゃ……そうでしょ、ノア?」


ノアが勝てるはずがない、などという考えは完全に頭から消し飛んでいた。

素人のヴァージニアが見てもわかる。

無傷で息一つ乱していないノアと、満身創痍で命乞いをする暗殺者。


――――力の差が、有り過ぎる。


「…………」


ノアはゆっくりと視線を自分の右腕に落とし、そしてそこに必死にしがみついているヴァージニアを無感情に見つめた。


「…………」


ぼんやりと焦点の定まらないノアの両目をヴァージニアは懸命に見つめた。

瞳に徐々に光が戻ってくる。

何回か瞬きをし、


「…………ああ、そうですね……。すみません」


小さく呟いて刀をくるりと返すと、


「ぅがっ……」


柄の尻で男の鳩尾を強く突いた。


「きゃっ……」


「大丈夫ですよ。気を失っただけです」


そこへ丁度城下を巡回していた警備兵が通りかかったので、王女と間違えて殺されそうになったと説明して男の身柄を預けた。

運良く彼は二人の顔を知らなかったらしい。詳しい尋問のため男はそのまま城に連行されていった。


「…………」


剣を納めると、ノアはまだ自分の腕に抱きついたまま警備兵と男が歩き去った方向に呆然と視線を向けているヴァージニアを気遣わしげに見遣った。


「怖い思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。怪我はありませんか?」


「えっ……ええ、大丈夫よ」


その声にヴァージニアは肩をびくりと震わせ、ノアから離れて一歩引いた。

彼に縋っていた腕で今度は自分自身を抱きしめ俯く。

肩が小刻みに震えるのを止められない。


「…………」


奥歯を噛み締めながら下を向いていると、狭まった視界に黒い革靴の先が見えた。

ノアはそっとヴァージニアの足元に片膝を付き、長く波打つ髪に隠された彼女の顔を覗き込む。


「すみませんでした。私がもっと早く姫を見つけていればあのようなことにはなりませんでした。姫を見失って危険にさらすなど、今朝城で言われたように私は護衛失格ですね」


「…………っ」


怖がらせないように気を付けているのが伝わってくる声音が耳に染みた。

小声で案じてくる声に泣きそうな気持ちで首を左右に振る。


「……ヴァージニア様?」


ノアの顔は見えない。それでも、どんな顔をしているかは容易に想像できる。

こんなにヴァージニアの我が儘に振り回されているのに、心底自分が悪いと思っているのが伝わってくる。


(なぜ、謝るの)


今悪いのは、どう考えてもヴァージニアだ。

勝手にはしゃいで、勝手に怒って、勝手に拗ねて、そして勝手に一人になった。

結果危険に晒されたのは当然、自業自得だ。

むしろノアが駆けつけてくれなかったら、ヴァージニアは今頃この世にいない。

謝罪を、しなくてはいけないと思う。

謝って、お礼を言って、反省しなければいけないのはわかってる。


(でも)


それでもノアが先に謝ってしまうから、ヴァージニアは逃げ道を絶たれる。

謝罪を受け入れるか拒絶するか、道は二つに一つしかなくなってしまう。


(……ずるい)


これは単なる言い訳だ。

卑怯なのはヴァージニアの方。

そんなことはわかっている。

だけど、本音は。


そんなにすぐに謝らないでよ。

私に少し時間をくれたっていいじゃない。

ちょっと黙っててくれたら、そしたらその間に覚悟を決めて、

……ちゃんと、謝れるのに。


そう思ったら、無意識に言葉が毀れた。


「……ねえ、どうして、怒らないの……?」


空気を介して耳に届いた自分の声は、思いの外自信なさ気で。

僅かに顔を上げると、驚きに見開かれた碧眼が真っ直ぐにこちらを見つめている。

しばらく沈黙が二人の間を満たした。


「……どうして、って……」


やがてノアが困惑したように呟き、小さく笑った。

眉尻を下げたほんの少し情けない、でもとても優しい いつもの笑顔で。




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