第九話 一歩
難産でした。
暗闇の中何かの『壁』を越えた感じを二人が感じた瞬間、そこは別次元だった。
特に見える世界が変わったわけではない。
そこは、変わらず暗闇に包まれていた。
しかし、感じる威圧感が邪悪な気配が倍増した。
「ここまでとは…」
「ここが、境目か」
『壁』を越えると二人は足を止めた。
「恐らくは」
「禍禍しい、という言葉が似合うかも知れないな」
「そうだね」
二人は目の前に広がる『闇』を見据えた。
「この先に『核』がある」
「うん。それをどうにかしないと」
「『核』の近くに術者がいるはずだ」
この『術』はいまだ完成していない。
ならば、まだ居るはずだ。
この『場』を創った張本人が。
「生かして捕らえる事が出来るか…」
『組織』に連れて行くことが出来れば一番いい。
人間のことは人間がすべきなのだ。
「…指示はお前だ」
「分かってる…樹」
かおりは一度深呼吸をすると樹と向き合った。
「何だ」
「『核』の破壊を優先します」
その目は気を引き締めた術者の目であった。
「術者は?」
「…『核』の状態を確認しなければなんとも言えないけど…『核』を破壊しつつ生け捕りを基本とします」
かおりが誰かに指示を出すのは初めてだ。
術者としての経験も少ない。
それを樹も分かっている。
しかし、何の助言も無い。
「『核』の破壊で精一杯なら術者は二の次にします。逃げるなら良し。もし邪魔をするようなら…」
「…どうする?」
樹はただ先を促すだけ。
「…生け捕り…それが…出来ないようであれば…その場で…『死』を与えます」
かおりの決断。
出来るか出来ないかは別として、かおりが自身で考え判断すること。
それがかおりのこれからを生かす。
「それでいいんだな」
「はい」
「分かった…了解した」
樹は頷くと前を見た。
さらに濃い『闇』が広がっている空間を。
「お願いします」
「ああ。行こう」
「はい!」
二人は、コレカラの分岐点に向かって足を進めていった。
「こんな瘴気初めて…」
段々と『闇』が濃くなり、二人の周りにある結界が悲鳴を上げはじめた。
「私もだ、だが、誰かいるな」
『闇』のなか、中々気配を感じることは出来なかったが、近くに自分達とは違う『生き物』の気配を微かに感じ始めた。
「コレをはじめた術者」
「恐らくな」
何かしていないと気が狂いそうになる空間だ。
この世の『負』というものが凝縮されているようだ。
二人は、静かに会話をしながら進んでいった。
「それに、それ以外の人間が生きてここにいることは考えられない」
「先へ進もう」
「はい」
二人は力強く先へと進んで行った。
「『組織』の術者でもここまで来れる人間はいないだろうね」
「ああ、卓也でもここの境目辺りが限界だろう」
今は眠っているはずの大切な人を二人は思い浮かべていた。
「うん。それを考えると私達けっこう丈夫だよね」
「そうだな」
進むほど空間の圧力が多くなっていった。
「…いるね」
「ああ」
「この空間でどこまで『力』が出せるか…」
二人はこの世界に属さないだけで、『負』の『闇』の生き物というわけではない。
『力』の属性としては『正』の『光』の『力』の方が多い。
「目的を達する、それだけ」
自分達に不利な場所であっても、今ここで自分達二人だけしかこれに対処はできない。
「そうだな、やるか」
「はい」
大切な人の元へ帰る。
それを胸に抱きながら。
「ようこそ。待っておったよ」
『闇』のなか、突如として現れた人影が言った。
「・・・・・・」
「…我々がここに来ることは予定通り、と言うわけか」
二人はその言葉に多少驚きつつ言葉を返した。
「ふふふ。そうじゃな、お前達は最高の『贄』となろう」
人影はとても楽しそうに、うれしそうに言葉をつむいだ。
「なに」
「我が目的のためにその命をささげるが良い」
「断る」
「その気は無い」
二人は強い意志を持って言葉を返した。
「ふふふ、この『場』に来た時点でお前達はワシの術に取り込まれておる。逃げ場は無いぞ」
確かにこの『場』は、人影が言っていることが本当なら、コレを創った術者はこいつだ。
しかも、二人がここに来ることは予想済み。
いや、計算の内なのだろう。
それならば、二人に不利で自分に有利な仕掛け、罠を仕掛けているだろう。
それを二人は理解した。
「その前にこの『場』の『核』壊させてもらう」
それでも二人はぶれることなく立っていた。
「やってみるがよい」
「樹、術者をお願い。『核』は私がやってみる」
かおりは樹に指示を出すと『核』の方へ、『場』の中心へ向かっていった。
「無茶はするなよ」
かおりの指示を頷き一つで了承すると、かおりの背中に声をかけた。
「分かってる」
走り去りながらかおりは返事を返して行った。
「さあ、別れの挨拶は終わったかね?」
「別れになるかは」
「これから分かる」
樹は術者を見据え、かおりはギリギリ聞こえた術者の言葉に答えた。