第6話 遺された子どもたちの悲しみと帰還
ジベルはクラウディアへ向けて、アクアとレオの生まれた頃の話を始めた。
「アクア様とレオ様のお母君であるノア様は、若くからこの屋敷の侍女として仕えていらっしゃいました」
(このお屋敷の侍女だったの……)
「妖精のように愛らしい顔つきと背丈、そして侍女としても優秀であったために周りの人々からも慕われていました。そんな日々の中でノア様はアクア様とレオ様を身籠り、この屋敷で出産されました」
(ライベルト殿下と結婚して、そのままご出産なさったのね。でも……)
クラウディアの表情が曇ったのが分かったのか、ジベルは一つ頷きながら話を続ける。
その表情はかなり辛そうであった。
「ノア様はご病気で亡くなり、幼いお二人が残された。この頃、殿下が戦地遠征から戻って来られ、お二人のことを知りました。そして、このお二人をお育てになる決心をなさったのです」
(幼い二人の年齢から考えて、殿下の戦地遠征はきっとメシド地方で勃発した『メシド領民反逆事件』……)
『メシド領民反逆事件』とは、領民が税金に不満を抱いた領民たちが領主であるパラール伯爵を殺害した事件のこと。
このパラール伯爵はこの時期名産品の輸出入の利権扱いで領民と協議を重ねている最中であったが、この協議の結果に不満を抱いた領民のリーダーがこの事件を扇動したと言われている。
(この時、パトリシオ叔父様も殿下と共に出兵なされて事後処理などに手間取ったと聞いているわ)
クラウディアが当時の事を思い出していた時、レオのピアノの音が響いてきた。
「ピアノ……」
彼女がじっとその音色に耳を傾けていると、ジベルは切ない瞳で遠くを見つめて言う。
「クラウディア様もご存じの『メシド領民反逆事件』で亡くなったパラール伯爵家は、ノア様のご実家。ノア様は病床で一人、実父の訃報を知った後に亡くなりました」
「そんな……! では、ノア様はその訃報を聞いて……?」
「その訃報が関係していたのかはわかりません。ノア様は心臓のご病気でしたから、もしかするとそのご心痛が響き、亡くなったのかもしれません」
(あの事件の裏でこんな悲しいことも起きていたなんて……)
「ピアノを嗜まれたノア様が病床でお作りになった曲が、今レオ様がお弾きになっている曲です」
(それでこんなにも悲しい旋律だったの……。ノア様もそしてこれを弾いているレオ様もどんなお気持ちなんでしょう)
「殿下は戻って来られて遺されたアクア様とレオ様を大事にお育てになりました。お二人も殿下に懐き、心を許していました。そして、お二人は殿下からノア様がもうこの世にいないことを聞いたのです」
「お二人はどんな反応だったのですか?」
「静かに事実を受け止めていらっしゃいました。泣くでも怒るでもなくただじっと、殿下の言葉に耳を傾けていらっしゃいました」
ノアの最期と双子たちの様子を知り、悲しさと虚しさでクラウディアの心は痛む。
(だから、あの子たちはあんなにも悲しさや寂しさを漂わせていたのね)
母親を幼くして亡くしていれば二人のように寂しさを募らせる子どもが大半だろう。
しかし、そんな中でアクアとレオは唯一の心のよりどころとなっていたライベルトも今いない状態である。
(どれだけ心細いでしょう。辛いでしょう……。そんな子を私は疑って、そして傷つけた)
ジベルの話を聞いたクラウディアは彼に告げる。
「私は……私はまだあの子たちの母親代わりにはなれないかもしれません。それでも、二人の傍にいたいと思いました」
「あなたならそう仰ると思っていました」
クラウディアは少し目を閉じて考え込んだ後、覚悟を決めた瞳をジベルに見せた。
「私、二人に話をしてきます」
「ええ、お二人は向かいの部屋にいらっしゃると思います」
クラウディアは礼を言って部屋を後にした。
ジベルが残った部屋で一人呟く。
「ノア様の遺したお気持ちとお二人を、どうぞよろしくお願いします」
そうして彼もまた部屋を後にしようとした時、玄関から戻った「彼」を見て目を開いた。
「彼」は軍服に身を包み、黒いマントを羽織っている。
鋭い視線はクラウディアの向かった部屋へと向けられた。
そして、ジベルは「彼」にこう告げた。
「お戻りをお待ちしておりました、ライベルト殿下」




