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第5話 過去の恐怖と、今

「わん、わんっ……」

「だめっ! もっと大きな声で!」


(そ、そんな無茶な……)


 アクアのおままごと指導は過酷を極めていた。

 さすがのクラウディアも音を上げそうになるが、ぐっとこらえて床に向いていた顔をあげた。


(そうよ、私は犬っ!)


「わお~んっ!」

「そうっ! よくできるじゃない!」


 諸外国では小さい犬も多い中でこの国は寒さに厳しいためか、大型の犬しか在来種がいない。

 そのためここでアクアが指示している犬は、狼に近いほどの大きさの犬である。

 クラウディアの立派な遠吠えが部屋に響き渡った。


「はい、これエサよ。私の手作りだから、美味しく食べてね」


 器に乗せられてやってきたのは、犬用のエサそっくりのクッキーであった。


(このクッキー……もしかして手作り?)


 売っている犬用のエサでもなければ、貴族が行くようなお菓子屋さんで売っていそうなクッキーでもない。

 形はいびつで薄さもまばら。


(そうか。かすかにこの子から漂ってた甘い匂いは、これを焼いてた?)


「どうしたの? 食べてよ」

「あ、ごめんなさい。じゃなかった……わんっ!」


 そう言いつつもじっと器にあるクッキーを眺める。


(もし毒が入っていたら……? いや、さすがにそれはないか)


 考えすぎだと言わんばかりに首を左右に振るが、クラウディアの脳内には昔に聞いた言葉がよみがえってくる。



『お嬢様、ご無事ですか!? そのスープを飲まないでください! 毒が、毒が入っております!』



 彼女の手にあったスプーンがするりと落ちて、床に音を立てて落ちた。

 5歳のクラウディアは専属侍女の制止の声を聞き、手を震えてしまう。


『あの新入りの侍女が犯人よ! 捕まえて!』


 クラウディアの母親の叫び声が響き渡った後、ほどなくして犯人である侍女は捕縛された。

 彼女はクラウディアの家であるヴァリス伯爵家の政敵である伯爵家のスパイであり、一家を毒殺して皆殺しにしようとしていたのだ。



(その日から、私は両親によって毒耐性の訓練を受けさせられた。体力もつけて自分の身を自分で守れるように努力した)


 クラウディアはクッキーを見つめて思案した後、アクアの瞳をじっと見つめる。


「なっ! なによ、そんなにじっと見て」


 不機嫌に顔を逸らしたアクアに対して、クラウディアは彼女の手を握って尋ねる。


「アクア様、このクッキーには何も入っていませんか?」

「なっ!」


 その瞬間、アクアがクラウディアの頬を思いっきり叩いた。

 じんわりと痛む自らの頬に手を当ててアクアのほうを見る。


「あ……」


 幼いその瞳には大粒の涙が溜まっていて、唇を噛んだ瞬間零れ落ちた。


「あなたも私のことを『嘘つき』っていうのね!」

「ご、ごめんなさ……」

「毒なんて入ってない! 私はそんな卑怯なことしない!」


 そう言って部屋を飛び出していく。


「アクア様っ!!」


 手を伸ばすも足がしびれてうまく立ち上がれない。

 クラウディアはその場に力なく座り込んで頭を抱えた。


「私、ばかだ……」


(自分の過去と今を重ね合わせてしまった。『疑う癖』が出てしまった……絶対やってはいけないこと。彼女を傷つけた……)


 悔やんで目をつぶった瞬間、彼女の耳にもう一人の子の声が届く。


「あなたは毒でも飲まされたことあるの?」


 その声に顔をあげてみると、部屋の入口にはレオがいた。


「レオ様……」

「アクアのこと傷つけたこと、許さないから」


 そう言ってレオはアクアを追いかけていく。


(私は二人を傷つけた……)


 すると、クラウディアの傍にジベルが近寄ってくる。


「このままではあなたにあの二人と暮らすのは無理でしょう。ですが、私の独り言を聞いてはもらえませんか?」

「え……?」

「アクア様とレオ様の思い出話をしましょう」

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