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双煙の剣聖  作者: 黒丸
第1章
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第1章 第3節 雪明りの夜

雪の夜は、音が遠い。

 白が屋根を覆い、街の灯りを飲み込む。

 世界が息を潜めるような静けさ――そんな夜は、決まってろくでもないことが起きる。


 俺は《金獅子亭》の二階の窓辺に腰を下ろし、コーヒーをすすっていた。

 焙煎した豆の香りと、煙管の煙がまじる。

 外は雪。中はぬくもり。静かだが、どこかざわつく気配がある。


 「……静かすぎる夜ってのは、だいたい嵐の前なんだよねぇ」


 苦笑していると、階段を上がる足音。

 「やっぱり起きてやがったか、お前」


 現れたのは、金髪の大男――グレン・ハロルド。

 《金獅子亭》のギルドマスターにして、この街のまとめ役だ。

 この男には、一度命を拾われてる。

 それ以来、俺は自然と彼を“兄貴分”みたいに思っている……もっとも、口に出したことはないけどねぇ。


 「眠れなくてねぇ。こうも静かだと、落ち着かないんだ」

 「コーヒーなんざ飲むな。余計寝れねぇだろ」

 「じゃあ代わりに酒でも勧めてくれる?」

 「お前、酒弱ぇじゃねぇか」

 「ばれてたか」


 グレンが苦笑して窓の外を見やる。

 雪は激しさを増し、街灯が霞んでいる。

 「……雪が軽いな」

「風の向きもおかしい」

「嫌な夜になりそうだ」


 と、その時――下から声が飛んできた。


 「おーい、あんたらー! 夜中に男二人でコソコソ話してるんじゃないよ!」


 階段を上ってきたのは、《金獅子亭》の副統括にして、グレンの妻――ヘザー・ハロルド。

 明るい栗色の髪をひとまとめにし、腰に手を当てた姿は、まさに肝っ玉かあさんそのもの。

 女将とも姐御とも呼ばれ、ギルドでも頭が上がらない人は多い。


 「まったく、あんたたちは夜中でも落ち着きがないねぇ。こっちは明日の仕込みで寝不足なんだよ」

 「悪い悪い。ちょっと雪の具合を見ててな」

 「雪なんざ、降る時は降るんだよ。気にしたって仕方ないだろうが」

 「そりゃそうだけどねぇ」


 そう言いながらも、ヘザーの目がふと鋭くなる。

 「……で、グレン。外の巡回は誰が?」

 「シグとレオだ」

 「ならいい。あの二人は気が利く」


 すぐに納得して、彼女は腰に手を当てたまま笑った。

 「ま、あんたたち二人がいるんなら、街の方も安泰だろ。うちのギルド、無茶だけはしないって言いつけてるけどね」

 「聞こえないふりをする奴が多くて困るんだ」

 「そりゃお前の教育が足りないんだよ」

 「……おい」


 グレンがむっとした顔をすると、ヘザーは腹を抱えて笑った。

 「ははっ、冗談さ! ったく、うちの男二人は真面目すぎるんだよ!」

 「この夫婦、ほんと似てるねぇ」

 「黙っときな、名無しさん。あんたも同罪だよ」

 「はいはい、肝に銘じます」


 そんな軽口を交わしたちょうどその時。

 遠くで、鐘が鳴った。

 鋭く、短く。――緊急の合図だ。


 「……北門か」

 「厄介なのが来やがったな」


 二人の顔が同時に引き締まる。

 ヘザーもすぐに状況を悟り、踵を返した。

 「全員起こす! クラリス、地下通路開け! セリア、避難者を! エリシア、子どもたちを頼んだよ!」

 「了解!」「あんたたち、走って!」「は、はいっ!」


 的確な指示。声に迷いはない。

 まさにギルドの母。混乱の中で一番冷静なのは、いつだってこの人だ。


 俺が外に出ようとすると、クラリスが駆け寄ってきた。

 「あなた……行くのね」

 「まぁ、放っておくと街が泣くからねぇ」

 「ほんと、昔からそういうとこ。……無茶だけはしないで。もし怪我でもしたら、泣いちゃうわよ?」

 「泣かれるのは苦手でねぇ。ちゃんと戻るさ」


 セリアも帳簿を片手に寄ってくる。

 「まったく、あんたって人は。もう少し落ち着いて動けないの?」

 「三年経っても怒られっぱなしだねぇ」

「倒れたら、グレンさんにもヘザーさんにも怒られるんだからね」

「……それは怖いねぇ。気をつけるよ」


 エリシアは顔を真っ赤にして、勇気を出して言った。

 「名無しさん、気をつけてください! 帰ってきてください、絶対に!」

 「うん、約束する。君が笑ってられるようにねぇ」


 笠をかぶり、外へ出る。

 吹雪の中、グレンが待っていた。


 「おせぇぞ」

 「肝っ玉女将に捕まってたもんで」

 「……同情するわ」


 北門では、すでに戦闘が始まっていた。

 盗賊どもの数は三十。

 火矢が飛び、雪を赤く染める。


 「派手だねぇ」

 「静かな夜が嫌いな連中だ」


 グレンが斧を構え、俺は黒刀《黒煙》の柄に手をかけた。


 「おい! 笠のやつ一人だ! やれ!」

 雪が舞う。

 音が止む。

 風が流れる。


 男たちが倒れる音だけが、遅れて響いた。


 「……お前、やっぱり怖ぇな」

 「褒め言葉として受け取っておくよ」

 「俺、ヘザーの方がまだ優しいと思うわ」

 「たしかに。怒るともっと怖いけどねぇ」


 その瞬間、地面が震えた。

 門の向こうから黒い塊――災獣が現れる。


 「……兄貴分、下がって。あれは俺がやる」

 「無茶すんなよ」

 「ヘザーに怒られたくないからねぇ」


 黒刀が抜かれる。

 空気が歪み、雪が宙に舞う。

 災獣の咆哮より早く、刃が閃いた。


 ――音もなく、巨体が崩れた。


 「……静かに済んだろ?」

 「お前の“静か”は怖ぇんだよ」

 「そう?」


 風が戻り、雪が降る。

 火が消え、夜が静寂を取り戻す。


 ***


 夜明け。

 街は無事だった。

 人々が家から顔を出し、互いに笑い合っている。


 ギルドの中では、ヘザーがでかい声で指示を飛ばしていた。

 「負傷者は奥に! 怪我してないやつは手ぇ動かす! クラリス、コーヒー沸かして!」

 「了解!」


 グレンが苦笑する。

 「……やっぱ、ヘザーがいねぇと回らねぇな」

 「肝っ玉が据わってるからねぇ」

 「まったくだ」


 ヘザーがこちらを振り返り、にやっと笑った。

 「おかえり、グレン。名無しさんも、よくやったねぇ」

 「無事に済んだよ。騒がしくてすまないねぇ」

 「何言ってんのさ。騒ぐのがギルドってもんだよ」


 そう言って、笑いながら大鍋をかき回す。

 湯気と香りが立ち上がり、いつもの朝が戻ってきた。


 「……平和ってやつは、案外うるさいもんだねぇ」

 「そのくらいが丁度いいのさ」


 雪はまだ降っていたが、

 その音の向こうには、人の笑い声が響いていた。


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