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双煙の剣聖  作者: 黒丸
第2章
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第2章 第4節《雪に埋もれる灯火》

白い嵐の中で、村は静かに死んでいた。

 焼け焦げ、潰れ、凍りついた家々。

 風の唸りに混じって、子供の泣き声が遠くでかすかに消えていく。


 俺は黒煙を納め、

 ガレスの亡骸を背負って雪道を歩いた。


 背にのしかかる重さは、体ではない。

 ――想いだ。

 伝え損ねた言葉

 守り切れなかった約束

 受け取りたくなかった願い


「……せめて、帰ろうねぇ」


 吐息は白く漂い、闇に溶けた。



 ベルンハイムの灯が雪の向こうに揺らぎ、

 門が見えた頃――


 小柄な影が走り寄ってきた。


 セリアだった。


 肩で息をしながら、俺の背にあるものを見上げ――

 まるで時間が止まったように、立ち尽くす。


 雪が音もなく降り続き、

 二人の間に沈黙が落ちた。


「……お父さん……?」


 かすれた声。

 けれど、はっきりと届く。


 俺は静かに頷いて、

 そっと彼を地面へと下ろした。


「最後まで……守ろうとしていたよ」


 セリアの瞳が揺れる。

 唇は震えているのに、涙はこぼれない。

 肩だけが、小さく震えていた。


「……あの人……

 いつも言ってた……

 “この腕で守る”って……」


 呟きは、痛いほど細かった。


 俺は言葉を返さない。

 こういう時、言葉は無粋だ。



「セリア!」


 金獅子亭の扉が勢いよく開き、

 クラリスが薄いショールを抱えて駆けてきた。


 彼女はセリアの手を取り、

 そっと抱き寄せる。


「……ッ、ガレスさん……」


 かき消えるような声。

 クラリスは歯を食いしばり、

 セリアの背に手を添えた。


「泣いていいのよ。ね、セリア」


「……泣いたら……あの人が困る……」


「困らないわ。

 あなたが泣くのを、

 あの人は嫌がったりしない」


 クラリスは赤く滲む目を、

 俺へと向ける。


 その眼差しは

 “あなたのせいじゃない”

 と静かに告げていた。


 俺はゆっくり頷いた。



 扉の影から、

 エリシアがそっと顔を出した。


 怯えたように歩み寄り、

 ガレスを見るなり目を伏せる。


「……ガレスさん……

 つい先週……ギルドで笑ってたのに……」


 涙は堪え切れず、

 一粒落ちた。


 エリシアにとって、

 死はあまりに唐突すぎた。


 俺は静かに言う。


「彼はねぇ……

 最後まで、強かったよ」


 エリシアは唇を噛み締め、

 ぎゅっと目を閉じた。



 そこへヘザーが歩み寄る。


 豪快な肝っ玉かあさんの顔ではなく、

 子を失った母のように、

 静かな表情で手を合わせた。


「……先に逝くなんて、

 ほんと不器用な男だよ……」


 声は低く、かすかに震えていた。


 さらに、

 紫の外套を纏ったバイオレットも

 祈りを捧げる。


 その横顔には、

 遠い過去を悼む影が差した。



 雪を踏む、重い足音。


 グレンだった。


 言葉もなく、

 ただ棺の前へ歩み寄る。


 拳を握り、

 唇を噛む。


「……すまねぇ、ガレス」


 短い言葉。

 だが、

 その背には痛いほど悔しさが滲んでいた。


「守ってやれなくて……

 すまねぇ……」


 その声は、

 雪に吸い込まれて消えた。



 俺は棺に近づき、

 煙管の火を指先でそっと払う。


「……楽におなりよ」


 たった一言で十分だった。



 翌日――


 街外れの墓地で、

 ガレスは雪の大地へ還った。


 セリアは最後まで泣かない。

 目を閉じ、

 祈りを捧げ、

 深く頭を下げる。


「……ありがとう。

 ほんとうに……ありがとう……お父さん……」


 その声は小さく、

 けれど強かった。



 葬儀が終わり、

 人々は静かに帰っていく。


 だが――


 俺とグレン、

 クラリス、エリシア、セリア、

 ヘザー、バイオレットだけは

 墓前に残った。


 雪は静かに降り続ける。



「……名無しさん」


 クラリスが小さく呼ぶ。


「行くんでしょう?」


 俺は肩をすくめる。


「止められるとでも思ってるのかい?」


 クラリスは泣き笑いを浮かべる。


「ええ……

 あなたは、“行かない”なんて言えない人だから」


 エリシアは袖を握り、

 震える声で言った。


「で、でも……危ないです……」


「危なくない仕事なんて、

 あるのかい?」


 そう返すと

 エリシアは唇を噛んだ。


 そのとき――


 セリアが顔を上げ、

 赤い目で俺を睨む。


「……あんた。

 帰ってきたら……

 晩酌に付き合いなさいよ……」


 強がりと優しさが

 同時に滲む声音。


 俺は穏やかに笑う。


「もちろんさ。

 クラリスちゃんのコーヒーと、

 エリシアちゃんのスープを

 味わうまでは、死ねないからねぇ」


 クラリスは目元を拭い、

 かすかに笑った。


「ほんと……

 ずるい人」


 エリシアは涙を拭い、

 小さく頷く。


「……待ってます」


 ヘザーは腕を組み、

 低く言う。


「いいかい、名無しさん。

 あんたが無茶しないなんて、

 誰も思っちゃいないけどね」


 バイオレットが

 静かに言葉を継ぐ。


「……生きて帰るんだよ」


 俺は皆を見渡し、

 軽く片手を挙げた。


「えぇ、えぇ。

 生きることには、

 少し自信があってねぇ」


 喉に刺さる苦みを

 静かに飲み込む。


 外套を翻し、

 黒煙を帯へ差す。


 雪道へ、

 一歩踏み出す。


「攫われた子達を――

 必ず連れ帰る」


 その言葉は誓いではなく、

 ただの事実。


 白い世界へ、

俺は歩き出した。


 その背中に、

 金獅子亭の灯火が寄り添い続けていた。

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