【プロローグ】 ――煙の向こう、神を斬る男
最初の記憶は、雨だった。
嵐の夜、妻と娘の名前を呼ぼうとして──声が出なかった。
光が降り注ぎ、世界がひっくり返り、次の瞬間には、真っ白な空間の中に立っていた。
「やれやれ……こいつじゃなかったか」
「まったく、貴様は座標を間違えるなと言っただろう」
そこにいたのは、二人の“神”だった。
片方は眩いほどの白い衣、もう片方は影のような黒。
互いにそっくりで、まるで鏡に映った兄弟のようだ。
「おいおい……ここはどこだ?」
「死後の狭間だ、人間。安心しろ、間違って殺してしまっただけだ」
「……“間違って”?」
あまりに軽い言葉に、喉がひくついた。
双子神はまるで虫を観察するような瞳で俺を見下ろしていた。
「勇者を召喚するつもりだったのだが、貴様の魂が近かったのだ」
「勇者と間違えて、俺を殺したってことか」
「そうだ。だが安心しろ。代わりに力を与えよう。ほれ、この二振りだ」
光と闇が混じり合い、二本の刀が形を成す。
一振りは夜のように黒く、もう一振りは雪のように白い。
双子神は傲慢な笑みを浮かべた。
「この刀と技をやろう。お前はもう一度生まれ変わり、今度こそ我らのために戦え」
「我らのため?」
「そうだ。お前は“我らの兵”だ。間違いは正した、感謝して生きろ」
笑いながら言う神の声が、遠くで響く雨音のように歪んでいく。
ふと、その時、胸の奥に焼けつくような痛みが走った。
「……俺の家族は?」
「家族?」
「俺と一緒にいたはずだ。あいつらはどこだ」
「ふむ……ああ、あの二人か。巻き添えで消えた。誤差だ」
その言葉に、時が止まった気がした。
俺の中で何かが静かに音を立てて切れた。
「誤差……?」
「そう、誤差だ。人間の命など、取るに足らん」
「……そうか」
その瞬間、俺は手にした黒い刀の柄を握りしめていた。
白い空間に、初めて“音”が生まれる。
キィン、と鈍く響く刀鳴。
「おい、人間。何を――」
「いや、ちょっとな。貸してもらった技の“使い心地”を確かめたくて」
次の瞬間、黒煙が立ちのぼった。
黒刀が空を裂き、白刀が光を断ち切る。
神々の理を象る“理剣”を、俺は人間の怒りでねじ曲げた。
「ま、間違いだ……! 我らを斬れば、この世界が──!」
「そうか。なら、なおさら斬る理由になる」
黒と白が交差し、轟音が世界を裂いた。
光の神リュミエルが倒れ、闇の神ノクトが血のような光を零して崩れ落ちる。
「お前……何者だ……」
「さぁね。名を奪ったのは、お前らだろ」
そう言い残し、俺は二振りを収めた。
空間が崩れ、白が闇に溶けていく。
その中で、ひとつだけ確かに見えた。
――別の世界で、妻と娘が再び生まれていく光景を。
涙が頬を伝う。
声にならない叫びが、嵐に呑まれて消えた。
「……行けるか」
「いいさ。どうせ、もう一度生きるなら……」
目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
煙管をくわえるように、空気を吸い込み、笑う。
「次は、“神のいない世界”で生きようじゃないか」
光が弾け、意識が沈む。
そして次に目を開けた時、そこは冷たい風が吹く大地だった。
笠が雪を受け、黒い羽織が風に揺れる。
煙草に火を灯し、ひと息。
その煙はゆっくりと空に溶けていった。
──この世界で、俺のことをこう呼ぶ。
『双煙の剣聖』と。
初めまして黒丸といいます。
初の作品になります変な所や誤字脱字多いかもしれませんが読んでいただけると幸いです。




