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ぶちかませ800   作者: アストロコーラ
練習強度を高めよう

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22/28

レペティショントレーニング

 家庭教師の契約から一か月。

 記録会を経て摩那への理解も進み、当初の目的通り夏の大会に向けては好発進と言っていいだろう。

 休養日も設けたし、今日から再び練習に取り組んで行こう。


「体の方はどうですか、摩那さん」

「もう元気ピンピンですよ! 丸二日も休みましたからね、うずうずして仕方がなかったですよ!」

「やる気があって何よりです。今日からは先月より厳しいトレーニングをしていきますからね、音をあげずついてきてくださいね」


 もはや見慣れたTシャツとスパッツの姿で、摩那が任せろと言わんばかりに胸を張る。

 日が沈む時間もだいぶ遅くなったし、練習時間も今までより確保できる。

 夏の大会以外には出場するレースもないし、じっくりと走る距離を踏むことができる。

 県大会などの総体が控えている高校生たちとは違い、調整を必要とせず丸々練習に時間を割けるのは個人で練習する数少ない利点であろう。

 よく分からないダンスで体のやる気をアピールしていた摩那が、突然ピタリと止まる。

 ボックスステップのつもりだったのか、足を無意味にくねらせていて気味が悪かった。


「コーチ、厳しいトレーニングっていっても、やることは結局走るだけですよね?」

「そうですよ。もも上げもスキップもできるようになってきたので、新しいドリルは増やしていきますが、基本的には走るだけです」

「それじゃあ、いつも通りの練習にしかならないと思うんですけど」

「そんなことはありませんよ。少なくとも、今までよりは確実にきついと思うようになります。前までは慣らし運転のようなものでしたからね」

「インターバルトレーニングってきつい方じゃないんですか?」

「きつい方ですよ。それよりもきつい練習があるってだけで。まぁ、やってみてのお楽しみということで」


 トレーニングには守るべき五原則というものがある。

 その中の一つに、漸進性の原則という項目がある。

 漸進性、ようは段々と負荷を上げていきましょうということだ。

 いきなり難しい練習をしても身に付かないので意味はないし、かといっていつまでも簡単なことばかりしていても進歩はしない。

 図抜けていた肉体を持っていた摩那を陸上競技に慣らす段階は終わり、これからは県トップレベルを目指す練習が始まる。

 それ相応の、負荷の掛け方になってくるだろう。

 元から個人で走っていたとはいえ、あまりにも早いペースだ。

 しかし、記録会で遅い組とはいえ一位で走ってみせた勢いというものがある。

 やる気に満ち満ちている時に、強度の高い練習を覚えさせてしまった方がいいだろうという鍋島の判断があった。

 いつも通りのウォーミングアップをこなし、新しいドリルを一つだけ教える。


「今日はシザースというドリルを教えます」

「シザース? はさみですか?」

「そうです。ハサミのように足を挟み込む動作のことをいいます。走っている時には常に地面から反発をもらう軸足と既に地面を蹴ったあとの足がありますね。その蹴った足を遊脚と言うのですが、遊脚が後ろに流れ過ぎないようにするためのドリルです」


 左足だけで立ち、少しだけ前に右足を浮かせる。

 もも上げとは違い、膝は伸びきったままの形だ。

 その右足を勢いよく振り下ろし、同じタイミングで左足が前に出る。

 タンッとタータンを叩く小気味のいい音が響く。

 動きにしてみればたったこれだけの動作に、疾走中に意識すべき要素が詰まっている。

 軸足を含めた体幹が曲がらないこと。

 これが出来ていないと効率のいい反発が得られず、スタミナを抑えた楽な走りというものができなくなる。

 遊脚の動きがスムーズであり、軸足との交代に無駄がないこと。

 足が遅い人間はこの蹴り上げた足が必要以上に後ろに流れてしまい、カッコ悪いフォームになってしまう。

 タンタンタンとリズムよく左右に足を挟み込み前に進む。

 それを眺めていた摩那は、少しの間を置いてから真似をするように足を前に突き出した。

 右足を前に出すという意識が強く、体が後ろにのけぞっている。

 左足を前に出すときに転びそうだなと思っていたら、案の定バランスを崩し摩那は尻から地面に崩れ落ちた。

 摩那は運動音痴のおかげというべきか、転び慣れているので受け身も上手い。

 転び慣れていない人間は無理に手を出して、手首や指を骨折したりするのだがそういう心配は摩那にはない。

 痛みの声を上げる摩那を、冷めた目で見下ろし手を差し伸べる。


「いだっ!」

「なんというか、期待を裏切りませんね摩那さんは」

「うぅ……この動き、難しくないですか」

「細かい点を意識するなら難しい動きですが、するだけなら簡単な部類ですよ。太一にも試してもらってますからね」

「姉の私が言うのもあれですけど、太一って運動神経は抜群にいいと思うんですよね」

「摩那さんと比べたら誰だって最上の部類になりますよ。現実逃避してないで早く起きてください」

「コーチの手は温かいのに、態度は冷たいなぁ」

「冷たい人間は手を差し伸べすらしませんよ」

「それもそうですね、っと……コーチ?」


 摩那の手を握り、引っ張り起こしたときにふと頭に閃きが走る。

 どうせまた同じ動きをさせても同じように転ぶだろう。

 最終的には鍋島と同レベルの動きを出来るようになってほしいが、今の摩那にそれを求めるのは酷というものだ。

 自分にとっては息をするようにできる動作は、摩那にとっては全神経を集中させてもできないものなのだ。

 漸進性の原則に則る必要がある。

 握っていた摩那の手とは逆の手を鍋島は無言で握る。

 両手を握り合って、二人は向き合う形になる。

 唐突に両手を握られた摩那は、素っ頓狂な声をあげている。


「コ、コーチ!? 急にどうしたんですか!? また甘えたくなった気分なんですか!?」

「またってなんですか。一回も摩那さんに甘えたことはないでしょう。こうして手をつないでおけば、転ぶ心配はないでしょう?」

「でも、これだと足を前に出せないですよ?」

「初めのうちは私にぶつかるほど上げなくていいですよ。ほら、少しだけ右足を浮かして。振り下ろして左足を上げて。いいですね。1、2、1、2」

「......これ、あやされているような気がして屈辱感がありますね」

「幼児以下の運動神経ということです。ほら、またのけぞっていますよ。膝で挟み込む意識で、テンポよく前に進んでください」

「うぅ~、いつか目にもの見せてやる~」

「その意気です。1、2、1、2」


 ギュッと握られた手は体を動かしているせいか、じっとりとした熱がこもりはじめる。

 摩那もこの状態に慣れてきたのか、不服そうな顔は集中し始めて真顔になっている。

 鍋島の取るテンポから動きはズレているが、最初と比べれば形にはなってきた。

 ……うん、新しく教えるドリルは、これからも手を握って教えよう。

 握っていた手を離し、軽く拍手をして摩那を褒める。


「もも上げの時と比べると、だいぶ物覚えがいいですね」

「えっへん。成長するタイプですからね、私は!」

「それならもっとこう、いい感じの曲線を描いて成長できませんか?」

「できませんね。私は後半にグッと伸びる成長曲線なので!」

「ロマンタイプというか、普段使いに困るタイプですね。RPGのストーリーなら真っ先にお払い箱だ」

「誰が役立たずですか!? 」

「そこまでは言ってないんですが......」

「というか、コーチもゲームするんですね。なんというか、格ゲーの時もそうですけどあんまり娯楽に興味なさそうなのに」

「体を休ませながらできる趣味としてうってつけですからね。周りにそういうのに興味津々な人間がいたというのもありますが」

「へぇ......」


 荷物を置いてあるベンチに向かいながら、雑談に花を咲かせる。

 アップとドリルをこなしたら、少しの休憩を挟んで本練習に入る。

 その休憩中はこうして会話をして、相互理解に取り組むのが定番になっていた。

 ただ、雑談にしては摩那の瞳はいつもより冷めていた。


「その人って、女ですか?」

「そうですよ。よく分かりましたね」

「コーチって女っ気ないのに、やたら私に対する接触に抵抗がないなぁって思ったんですよね」

「あぁ、あんまり触らないほうがいいですか? その辺りは少し配慮に欠けましたね。すみません」

「いや、いいんですけど。その人に申し訳ないなぁって」


 その言葉に鍋島は首をかしげる。

 脳内に浮かんでいた人間は立花だが、どうして摩那が申し訳なさを覚えるのだろうか。

 考えても分からなかったので、素直に質問する。


「なんで摩那さんが謝るんですか?」

「だって、彼女さんじゃないんですか?」

「ゴフッ! ゲホッ!」


 思いがけない摩那の言葉に驚いて、飲んでいたスポーツドリンクが気管に入ってむせる。

 立花が、彼女?

 身震いするような誤解を慌てて解こうとするが、気管に入った水分のせいで上手く喋れずまたむせる。


「そこまで慌てるってことは、図星なんですねコーチ」

「ちがっ、ゴホッゴホッ!」

「うんうん、コーチもまだ若い大学生ですもんね。彼女の一人や二人はそりゃいますよね」


 二人もいたら浮気なのでは?

 そう突っ込みたかったが、今は落ち着いて呼吸できるように胸をドンドンと叩く。

 しばらくしてから落ち着いて、摩那の誤解を解き始める。


「そういう相手じゃありませんよ。単に、幼馴染なだけです」

「へぇ、コーチにもそういう相手がいるんですね」

「だいたいの人間はいるでしょう。長続きするかどうかは人それぞれだと思いますが。私は、たまたま長く続いているだけです」

「いや、コーチにも友達いるんだなぁって驚きです」

「......今日の練習メニュー、二倍にしましょうか」

「そういう私怨はよくないと思いますよ!」

「毎度毎度煽るようなことを言う摩那さんも悪いですよ。はぁ、少しお喋りが過ぎましたね。メニューの話でもしましょうか」


 脳内でニヤニヤと笑っている立花を打ち消して、意識をトラックの方に集中する。

 今日する練習はそんな浮ついた状態でやってはいい練習ではない。

 走る方はもとより、教える側も怪我や異変に気がつけるように細心の注意を払う必要があるのだ。


「今日は、レペティショントレーニングをします」

「レペティション? あぁ、repetitionですか。繰り返しって意味ですよね」

「陸上だと意味合いが若干変わるんですけどね。全力疾走と完全休養の組み合わせを、三セットします」

「走りと休憩の繰り返しなら、インターバルとあんまり違いはなくないですか?」

「ありますよ。インターバルは距離が短く比較的余裕のあるペースですが、そのつなぎはジョグ(ジョギング)で完全に体が止まるということはありません。反対にレペティションは本番に近い距離を全力で走ってもらい、セットの間はジョグも何もしないで体を休めてもらいます。今日は初回なので、600mでセット間を10分にしましょうか」


 練習方法を説明し、簡単に練習目的の違いを説明する。

 インターバルは初心者から上級者まで行う幅広いトレーニングであるが、レペティションは体の負荷が高いため経験者向けの練習である。

 レース本番より速いタイムで走ることによって、スピードの最大値を伸ばしていくことと、乳酸への強い耐性を獲得することが目的となる。

 レース後半にばてることへの対策も兼ねている。

 摩那は体力はある方だが、それは全力疾走に向いた体力ではない。

 ランニングで得られる体力と、スプリントに必要な体力は別物である。

 一か月のインターバルトレーニングで走れる体の基礎は作った。

 これからは、強度の高い練習でその基礎の上にどれだけ積み重ねることができるかだ。


「あれですね。私が初めてここで1000mの計測をしたときみたいなことをするってことですよね」

「......あぁ、タイムトライアルの時の事ですか。あれはひどかった。全力疾走と言っても、最初から全力で飛ばせって意味じゃないですからね?」

「分かってますよ! それに、今回もペースはコーチが作ってくれるんですよね?」

「二セット目からはそのつもりですが、一セット目は摩那さん一人で走ってください。一人で走ってどこまで体を追い込めるか、それを見たいので」

「わかりました! ふっふっふ、レースを経て進化した私の走り、見ててくださいね!」

「進化って、大げさな......」


 スパイクを履いた摩那は、そう笑いながらトラックの方にかけていった。

 鍋島が渡したスパイクとは違い、買ったっきり使い道のなかった新品のスパイクだ。

 400m以上の距離を走るとなると、1レーンがタータンではない練習場のトラックではアンツーカースパイクしか使えないからだ。

 真っ白のスパイクが、土にまみれて汚れていく。

 摩那は、その様すら楽しそうにしている。

 汚れていくことを嫌がるよりも、汚れるほど走れるということの方が嬉しいのだろう。

 その笑顔が、今日の最後まで保てればいいが。


「スタート位置は200mからスタートして、一周半。ペース配分は任せますが、ちゃんと体力は出し尽くしてください。次のセットを考えての体力温存はやめてくださいね?」

「大丈夫ですよ! 私、突っ走るのは得意なんですよ!」

「……美点か欠点か、判断に迷うラインですね」


 いいことなのか、それは?

 一瞬そう考えたが、臆病で何もできないよりはマシかと考えを改める。

 チャレンジして、たくさん失敗すればいい。

 その失敗から、何を学び取るかだ。


「それでは、準備はいいですか?」

「はい!……一レーン、行きまーす!」

「よーい、スタート!」


 掛け声とともに、摩那の体がはじけ飛ぶ。

 スパイクが地面をえぐり、盛大に土を巻き上げながら彼女が走る。

 土が盛大に飛ぶのはフォームが汚いからだが、それでもグングンと加速していくのはパワーがある証拠だ。

 あれほどの推進力を、完璧なフォームで前に進むことにだけ注げたらどれだけのタイムが出るだろうか。

 思い描く理想の未来と、必死に走る今の姿に大きな乖離はあるが、摩那が今の摩那であり続ける限りいつかたどり着くことができるだろう。

 そこに自分がいるかどうかは分からないが、それは重要ではない。

 今を、正しく導けるかだ。


「200m33秒、あと一周全力を絞り出して! 息吐いて!」


 走り去っていく摩那の背中に叫びかける。

 声をあげる自分の口元が笑っていることに、自分では気づくことはなかった。


 ***


「ぜぇーっ、ぜぇーっ……」

「はい、お疲れ様でした。その様子だと、ちゃんと出し切れたようですね」

「ひぃ、ひゅっ、はー」


 地面に仰向けに倒れ込み、荒い呼吸を繰り返す。

 コーチの声に返事する余裕はない。

 過呼吸にならないように、アドバイス通りに意識的に息を吐こうとすることに精一杯だった。

 髪やスパッツが痛まないように、土のトラックではなくタータンの部分まで移動して倒れ込んだ自分を褒める。

 肺が機能していないのかいくら呼吸をしても体が楽になることはなく、汗がとめどなく流れてくる。

 姿勢を支えていた背筋と腹筋はつっているのか、お腹が上下に動くたびに痛みを訴えている。

 そしてなにより、お尻に横一線に走る燃えるような痛みによって顔が苦悶の表情で固まる。

 レースの時にも感じたが、この痛みが一番きつい。


「ひー、ひひ、ひっひっ」


 苦痛を誤魔化すために、笑ってみたが特に体に変化が起きるわけでもなくドン引きしているコーチの顔だけが見えた。

 もっと、励ますとかしてくれてもいいのに。

 そう思っていると、ベンチから私のペットボトルを持ってきて蓋を開けて渡してくれたので、文句は言わない。

 こういうところは気が利くので、コーチは鈍感なのかそうではないのか判断に困ってしまう。

 私と同じ距離を二セット走ったはずなのに、コーチは汗を数滴額から垂らすだけで涼しい顔をしている。

 男女差なのか、慣れの差なのか、私もいつかこの余裕を持てるようになるのだろうか。

 仰向けの体勢から、四つん這いの姿勢になんとか変えてコーチからペットボトルを受け取った。


「コーチ......私のお尻、燃えてませんか?」

「そんな童話みたいな絵面にはなっていないので安心してください。太もも裏と尻が痛いんですか?」

「はい......」

「そうですか。いいですね、ちゃんと限界まで走った証拠です。さて、頑張って歩いてください。動かないと冷えますよ」

「むりぃ......もうちょっと待ってください......」


 スパルタなコーチの声に、息も絶え絶えに反応する。

 汗は冷えることなく全身から吹き出し続けている。

 初夏の陽気と風の中、寝れたら気持ちがいいんだろうなぁと現実逃避をしながらペットボトルを一気に飲み干した。

 ……よし、痛いけど、動こう。

 未だに新鮮な酸素を求める肺は吸うことばっかりに必死になっており、体内に淀んだ熱が溜まっている。

 それを吐き出すために、無理して大きく声を出す。

 叫びと共に、熱が体内から外に出ていく。


「ふーー! 疲れたぁー!」

「一週間に二回ほど、今日みたいな高強度の練習を入れる予定ですので、クールダウンはしっかりしてくださいね。怪我だけはこわいので。体に異変があったら隠さずに教えてください」

「......今日よりもきつい練習ってあるんですか?」

「あー、どうでしょう。主観になるんですけど、辛さで言えば走る系の練習ならインターバルとレペティションのツートップじゃないですか」

「そうなんですか? 私、インターバルをそんなに辛いなぁって思ったことないですよ?」

「そりゃ、今までは甘めのタイム設定にしてましたからね。データも集まってきたし、ある程度摩那さんを理解してきたのでこれからはインターバルでも悶絶してもらいますよ」

「ひぃー、私の体、もつかなぁ……」


 コーチの恐ろしい発言に、口から弱音がこぼれている。

 前を歩いていたコーチが急に立ち止まり、振り返った。

 失望されたのかと思ったが、コーチは私の顔を見ると、ふと笑みをこぼした。

 コーチには似合わない優しい笑い方で、思わず息が止まってしまった。

 すぐにいつもの辛口のコーチの顔に戻ってしまったから、もしかしたら見間違いかもしれない。


「笑えているうちは大丈夫ですよ。それに、そんな簡単に壊れるほどやわな体じゃないでしょう?」

「私、笑ってました?」

「無意識に笑う癖を自覚した方がいいですよ。知らない人から見たら、気持ち悪いですからね」

「言い方ひどくないですか、コーチ?」


 そう言いながら、自分の口をぐにぐにと指先でいじる。

 確かに、口角が少し上がっていたようだ。

 ……うん、私はまだ、楽しいと思えるようだ。

 痛む体と弱気な言葉を紡ぐ口とは裏腹に、心はずっと興奮している。

 跳ね続ける鼓動は疲労と期待、どちらのせいだろう。


「二か月後の大会が楽しみですね、コーチ!」

「いや、またあの心労を味わうのかと思うと今から胃が痛いですね」

「コーチが安心して見られるようなレースをしますって! 私、学習能力は高いんですよ!」

「それならシザースをやってみてくださいよ」

「いいですよ! ほら──ひゃっ」

「......ははっ、情けない転び方だ」


 足を勢いよく前に出した反動で、のけぞりすぎた上半身を支えきれずに尻もちをつく。

 そんな私の様子を見て、コーチは楽しそうに笑っている。

 ……コーチ、やっぱり、笑うようになったなぁ。

 差し出された手を握りながら、そんなことを思った


評価、感想、誤字指摘等していただけると嬉しいです。

X→https://x.com/asutoro_narou

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