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サービスエリア

作者: 通りすがり

弘人は大学への進学で東京へ上京してきて以来、就職してもずっと東京での暮らしが続いていた。

ある夜、弘人は父が倒れたという知らせを受け、急遽、新幹線の切符を手配しようとしたが、既に最終の新幹線には間に合いそうにない。実家は静岡県の富士山の麓にある。今からでは、どうあがいても鉄道で実家に戻るのは難しかった。

焦燥感に駆られた弘人は、近所に住む友人の慎吾に連絡を取り、事情を説明して車を貸してほしいと頼み込んだ。慎吾は二つ返事で快く承諾してくれた。しかし、弘人は免許こそ持っているものの、免許を取得してから数年、全く運転していないペーパードライバーだった。その不安を慎吾に伝えると、慎吾は心配そうに眉をひそめ、「それなら、俺が送って行こうか」と申し出てくれた。

「いや、そんな悪いよ。明日は平日だし、慎吾だって仕事があるだろう」弘人は遠慮がちに言った。だが慎吾は「たまたま明日は休みなんだ。それに、ペーパードライバーの弘人に俺の愛車をぶつけられたら、そっちの方が困るよ」と冗談めかして言った。弘人は慎吾の言葉に甘えることにした。



深夜の首都高は、思いのほか空いていた。東名高速に入ると、さらに車の数は減り、周囲は漆黒の闇に包まれた。運転手の慎吾が眠くならないように、弘人は助手席から他愛もない話を続けた。内容は取るに足りないことばかりだったが、単調な高速道路のドライブにおいて、会話は睡魔を払拭する唯一の手段だった。

そんな中、高速道路のある地点に差し掛かった時、慎吾がふいに何かを思い出したように口を開いた。「そういえば、三年くらい前、まだ免許取りたての頃に彼女を乗せてドライブに行ったことがあったんだ。その時も、ちょうど今くらいの時間だったな。特にどこに行くってわけでもなかったんだけど、走り慣れてる東名をなんとなく走っていた。そうしたら、彼女が急にトイレに行きたいって言い出してさ。少し先のサービスエリアに入ってほしいって言われたんだ」

その時、弘人はふと道の先にあるサービスエリアの標識に気づいた。「ああ、あれか」と弘人は返事をした。すると、弘人も急にトイレに行きたくなってきた。まさかのタイミングに苦笑しながら、「なぁ、悪いんだけど、そのサービスエリアに寄ってもらえないかな」と慎吾に頼んだ。

慎吾は「ああ、いいよ」と頷き、スピードを緩めてサービスエリアの進入路へと車を滑り込ませた。

深夜のサービスエリアは、ひっそりとしていた。店舗は全てシャッターを下ろし、灯りが見えるのは自動販売機とトイレくらいだったが、それでも数台の車が駐車しており、人の気配が全くないわけではなかった。

車が完全に停止すると、弘人はすぐにドアを開けようとした。その時、ふと慎吾に「お前はトイレ行かないのか」と尋ねたが、慎吾は「いや、俺はまだ大丈夫」と答えた。ならば、と弘人は一人車を降り、足早にトイレへと向かった。

用を済ませ、トイレから出た弘人は、喉の渇きを感じて自動販売機に向かい、自分と慎吾の分の缶コーヒーを二本買った。冷たいコーヒーを手に車に戻ると、慎吾は運転席のシートに深く寄りかかり、目を閉じていた。疲れているのだろうか、弘人はそう思った。

車のドアを開け、「はい、コーヒー」と弘人が声をかけると、慎吾はゆっくりと目を開け、体を起こしながら差し出された缶コーヒーを受け取った。「ありがとう」と小さく呟き、プルタブを開けて一口飲む。

「大丈夫か? 疲れてるなら、少し休むか? もしきつかったら、俺が運転するけど」弘人は慎吾を気遣って言った。しかし慎吾は、「いや、大丈夫だよ」と力なく笑い、エンジンをかけた。



再び走り出した車内で、弘人は先ほどの慎吾の彼女の話の続きが気になり、「それで、彼女はどうしたの」と尋ねた。

慎吾は少し考え込むように眉をひそめ、「えっと、どこまで話したっけ」と弘人に聞き返した。

「彼女がトイレに行きたいって言って、サービスエリアに寄ったところまでだよ。ちょうどそこで俺がトイレに行きたくなって、サービスエリアに寄ってもらったんだ。話の途中で悪かったな」弘人は少し申し訳なさそうに言った。

慎吾は「いや、別にそんな大した話じゃないんだけどね」と苦笑いしたが、弘人が「でも、気になるから教えてよ」と食い下がると、再び話し始めた。

「ああ、そうだった。あの時、サービスエリアに入って、彼女と二人でトイレに向かったんだ。で、トイレの前で別れて、それぞれ男子トイレと女子トイレに入った。俺はすぐに用を済ませて出てきたんだけど、彼女はまだ出てきてなかったから、トイレの近くにあった自動販売機に飲み物を買いに行ったんだ」

さっきの俺と同じだと弘人は思った。

「彼女はレモンティーが好きだったから、それを買おうと思って自販機を見ていたんだ。そしたら、自販機の裏側で、何か小さなものが動いたような気がしたんだ」

慎吾は訝しんで、「なんだろう」と思い、自動販売機の裏側に回り込んでみた。すると、そこに、ポツンと小学生くらいの赤いスカートを着けた女の子が一人立っていたのだ。

「こんな時間に、こんなところで、何してるんだろう」慎吾は不思議に思い、女の子に優しく声をかけた。「ねぇ、こんな時間に一人でどうしたの」

しかし、女の子は慎吾の問いかけには一切答えず、ただじっと俯いているだけだった。顔は見えなかった。慎吾は不気味に感じたが、幼い子供がこんな時間に一人でいるのは危ないと思い、さらに声をかけようとした、その時だった。

女子トイレの方から、彼女が「どうしたの」と声をかけてきた。

慎吾は振り返り、「いや、ちょっと…」と言いかけて、すぐにさっき女の子がいたはずの自動販売機の裏を振り返った。だが、そこに女の子の姿はどこにもなかった。

慎吾が彼女の方を見たのはほんの一瞬だった。その短い間に、小学生くらいの女の子が誰にも気づかれずに、そんなに遠くへ移動できるはずがない。まるで、忽然と姿を消してしまったかのようだった。

慎吾は慌てて彼女に「さっき、そこに女の子がいたんだ。一人で…」と説明したが、やはり信じてもらえなかった。「まさか。誰もいなかったわよ」と彼女は怪訝な顔をした。その後、慎吾は必死にその時の状況を説明したが、結局彼女は最後まで信じてくれなかったという。

慎吾は話し終えると、遠い目をしてポツリと言った。「そんなことがあったのを、今ふと思い出したんだ」



それを聞いた弘人の顔色は、みるみるうちに青ざめていった。慎吾は運転をしながらチラッと弘人に視線を向けると、弘人の様子がおかしいことに気づいたみたいで「どうしたんだ。 顔色が悪いぞ」と心配そうに尋ねてきた。

弘人は、震える声で答えた。「さっき… 俺が自販機でコーヒーを買った時… 自販機の裏のあたりに赤いスカートの女の子がいたんだ。ただ、深夜のサービスエリアだったけど、他にも何台か車が停まっていたし、どこかの家族連れの子だろうと、特に気にも留めなかったんだ。ただ、その子もずっと下を向いていて… 顔は見えなかった…」

慎吾は弘人の言葉を聞くと、背筋がゾッとするような悪寒が走ったのか体を震わせた。しばらく沈黙した後、慎吾は乾いた声で、まるで独り言のように呟いた。

「あの子…、まだ、あそこにいたのか」

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