60話 王と王……と?
「……して、若王よ。お主がここへ来てかれこれ6年だ。我らとしては太古から親交のあるアルフェストの王とこうして酒を酌み交わせるのならいつまでもいてもらっても構わんのだが」
岩を磨き積み上げて建造された巨大な城の最上階。ベランダからは国土が一望できる王の私室は本来なら王一人に呑み入室が許された場所。いかに近衛といえど簡単には許可は下りないこの部屋に亜人の王と酒を交わす男がいた。
「案ずるな竜王よ」
男は夜風に黒曜石のような髪を揺られながら杯に入った酒をおある。
コクリと喉を鳴らして酒を飲み立ち上がってベランダに出ると、景色を眺めようと手すりに体を預けた。
「この国でやりたかったことは大方やれた。じき我が国へ戻るつもりだ」
再び夜風が男の髪を揺らす。
亜人国の夜は日中とうって変わって気温が低くなり、一気に冷えた男はふぅと白い息を吐く。
「最近はディルムットでも奴らの姿を見るようになった。我がアルフェストでも留守を任せているメルヴィスから奴らが再び現れたという報告もある」
「そうさな。亜人の多いこの国は大きな被害こそ出ていないが戦いは確かに多くなっている。人間の国である貴国なら今後を見据えるのならすぐに対策を考えねばなるまい」
「あぁ。対策以前にも、王がいなければ我がアルフェストに仕える騎士たちの士気にも関わる。それに……」
「他に何か気になることが?」
男は味わうように目を閉じて一口酒を飲む。
「あぁ。実は我が国に面白い奴らがいてな。メルヴィスも随分目をかけているらしい。奴らを知ったのは俺がここへ来る直前だったのでな。顔も知らないが……くく、メルヴィスめ、慣れないことをする」
「ほう……あのメルヴィス殿が……よほどの戦士とみる。ぜひ我らも会ってみたいものだ」
「ならばともに来るか?竜王よ」
「ふむ。さすがにお主のように何年も国を空けておくわけにはいかないが……」
「そんなことは気にするな。好きな時に来て好きな時に帰ればいい。たとえ数日の間でも、俺が6年の間に受けた歓待以上のものを返すと約束しよう」
「ならば、ぜひ」
こつんと、杯をぶつける。今宵2度目の乾杯である。
「そういうことだ。アカツチ……アカツチ!!……まったく」
アカツチと呼ばれた男。竜王からこの部屋に存在することを許されたもう一人の人間は答えない。
男が部屋を見渡すと床に座り壁に背を預けて熟睡していた。
男はベランダを離れ部屋に戻ると竜王に「借りるぞ」と一言。
果物が載せられた籠からフルーツナイフをとると、一切の躊躇なく達人のようなフォームで眠る男めがけて投げつけた。
「ふッ」
ナイフはまっすぐとぶれることなく眠る男へ向かい……空中で弾かれた。
「……ん」
「まったく、暇だからと王同士の語らいに割り込んだと思えばこの有様か」
「……」
「目が覚めたか、アカツチよ」
「あぁ……ぉはようござぃま……すぅ」
「チッ……竜王よ。すまないがこのバカ者の目を覚ましてくれ」
「はは、変わらずよなアカツチ殿は。いいだろう」
竜王の異形の口に炎が収束し、ぽっという音とともに放たれた。
速度は先のナイフよりも遅く、サイズも光球の方が小さいが、放たれる圧が桁外れだ。あれが爆発すればこの城は容易く消え去るだろう。
爆発すれば、だが。
光球が明滅し、いよいよかという時、竜王の目ですら一瞬、眠る男の手がブレたように見えた。
そうして、気づけば光球は消えていた。
「く、ぅぅ……」
眠っていた男、アカツチは軽く伸びをしてようやく立ち上がる。
亜人として人間よりは体格はいい竜王だが、アカツチは彼と匹敵する体格を持っている。
どこぞの上級神官ほどの筋肉ではないがしっかりと引き締まった肉体を浴衣に包みながらあくびをする。
「お呼びですか、陛下」
「今すぐ顔を洗ってそのだらしない顔をどうにかしろと言いたいところだが、急遽予定ができたので許す」
「予定……?」
「明日、ここを出てアルフェストへ帰る。準備をしておけ、我が『剣星』」




