55話
しばらくして、いつの間にか帰っていたマーサが置いていった籠から1つ果物を取り俺は散歩に出かけた。
ちなみに俺は今まで教会の世話になったことがないので、初めて敷地内を歩くことになる。
リンゴを皮ごと丸かじりしながら、どこへともなく夜の道をふらふらと歩いていく。頭の中でリリスティアとの戦いを思い出しながら。
敷地内にはいくつかエリアがあるようで、俺が寝かされていた主に長期間の診療が必要な患者が利用する場所が静養院。一般の人が比較的軽度な怪我の治療を受ける場所が診療院。そして一際大きい建物が聖堂と呼ばれる。
「ここが聖堂か」
聖堂は診療院と同じく一般の人も利用でき、神に祈ることが許されている。診療院は治療のために金が必要となるが、こちらは無償だ。
大きな両開きのドアを押すと、ギィと音を立てて中に光が差し込む。
扉から真っ直ぐ通路があり、その両側に沢山の長椅子が並べられている。通路の先には白い彫像が置かれており、その存在感からしてあれが神官たちの祈りの対象のようだ。
夜ということもあり他の利用者らしき人影は見当たらない。たが例の彫像の足元で白と黒の装束をきた大柄な神官が一人、神に祈っていた。
「あら?こんな時間に人が来るなんて。ごめんなさいね。もうお祈りの時間は終わっているの」
「あーいや、祈りに来たわけじゃ……」
聖堂の扉が開いた音と差し込む月明かりに気が付いた神官が立ち上がる。
振り返った神官はこちらの姿を見るやにやりと笑い歩き出した。
「あらぁ、あなたもしかして……」
神官が近づくにつれて陰に隠れていた姿がよく見えてくる。
ぱっとみは筋骨隆々の大漢。そこまでは祈っている姿を見たときから分かっていたが、神官が一歩進むごとに俺の予想を越えたサイズであることが分かってくる。
「でっ、けぇ」
俺の二倍は優に超える身長。2メートルくらいは余裕であるだろう。
想像以上の圧を感じさせるこの神官。だがただの大男なら俺もここまで驚かなかっただろう。
なぜならば、格闘家と見間違うような肉体からは想像もできないほど、その声色と口調が女性らしかったから。
例えるならばルシェルとの摸擬戦で舐め腐ってかかったら空からハルが降ってきて脳天に直撃したかのような衝撃。不意打ちのギャップで頭がフリーズする感覚だ。
「あらあらぁ、女性の扱いがなってないみたいねぇ。だめよ、『でかい』なんてレディに言っちゃ」
「レディ……?どう考えてもオカマじゃねぇか」
それもただのオカマじゃない。
2メートル越えの筋肉、声だけなら完全に女。これに加えてぴちぴちの神官服。ついでに胸筋に垂れる2本のおさげ。
『神官服ぴちぴち筋肉おさげオネェ』
曲がり角でばったり出くわしたら腰抜かすレベルでホラーだろこんなの。
「やだわぁ。この体は生まれつき!玉も竿もついてないれっきとしたレディよ私は」
もう!と言いながら腰に手も当ててぷりぷりと怒る仕草はどう見ても女のそれなんだが、俺の脳みそはそれを受け入れてくれなかった。
にしても曲りなりにも神官なら玉とか竿とか言っちゃいけねぇだろ……
「そ・れ・よ・りぃ……坊や、この前運ばれてきたシンって子よね。イリスちゃんから話は聞いてるわぁ。なんでもA級指名手配された紅薔薇姫とタイマンでやり合ったんだって」
「あ、あぁ」
「いいわぁ、聞いただけでも滾ってくる!」
「滾るって……あんた神官だろ」
「昔は冒険者だったのよ。貴方と同じようにね。思い出すわぁ、ワイバーンと殴りあったあの頃。爪と拳でお互いの肉を引き裂いて、向こうが噛み付けばこっちはハグで絞め殺す。あぁ……滾るッ!!」
「……」
素手でワイバーンと……
こいつやば
「あの、傷が痛むんでこれで……」
「だ〜め」
謎の筋肉神官に恐怖を覚えた俺は逃げようと背を向けたところで丸太のような腕に抱きとめられた。
「うっ……」
思わず息が詰まるほどの強さで絞められる
「貴方に聞きたいことがあったの」
神官は背後から耳打ちするように口を近づける
「貴方、『水星』コルヴェート様の子ども?」
「……!?」
なんでコイツがそれを知っている!?
俺とハルがじいさんの家族であることはルシェルとメルヴィス以外誰も知らないはずだ。
まさかマーサ?いやありえない。じゃあ誰が……
「やっぱりね。な〜んか見覚えあると思ったのよねぇ」
「見覚えだと?」
一瞬で戦闘モードに切り替わった脳味噌が反射で雷と魔力を迸らせて、筋肉の枷を弾く。
「あんた誰だ。なんでそのことを知ってる」
見覚え……?会ったことがある?いや人の顔なんていちいち覚えようとはしてないが、こんな目立つ人間、さすがの俺でも忘れない。
神官は雷で焼かれ傷から血がこぼれ落ちる両腕を見て、ぐっと拳に力を込めた。
傷ついた腕は聖属性の魔力に包まれすぐに元に戻る。
「じゃあ自己紹介をするわね」
こほんと咳払いをする。
「私は聖陽教会所属上級神官メルティ。位階序列は第4位。教国からこのアルフェスト王国に派遣され王国の全教会を取りまとめる立場にあるわ。そして、6年前城に運ばれた貴方たちの治療をした神官でもある」
「……なに?」
上級神官?序列4位?驚くべき箇所は多々あるが、しっくり来ないのがひとつ。最後の『貴方たちの治療をした』という点。
じいさん、6年前、城に運ばれた……どう考えてもあの日の事だ。じいさんが魔人にやられたあの日。
だがあの時俺とハルは森に現れたメルヴィスの魔法で治療されたはず。こんな神官には会っていない。
「まだ疑ってるようね。じゃあ貴方たちしか知らないことを言ってあげる。6年前貴方はメルヴィス様に引き取られ今はその部下に。周りの騎士からは双子の弟と一緒にクロ、シロと呼ばれている。貴方たちはエルフで家族とはメイドと亡くなったコルヴェート様含め血が繋がっていない。どう?うーんまだダメ?じゃあ……」
「貴方の右腕は黒い、なんてのはどう?」
「なんで……」
「なんでも何も、治療のために直接見たのよ。まぁ貴方たちは気を失っていたけれど」
「気を……そうか、俺が目覚める前か」
「正解!ご褒美にハグをあげちゃう♡あらそんなに嫌な顔しなくてもいいじゃない!ちなみに貴方たちを見たのはメルヴィス様に言われたから。メルヴィス様が見える傷は癒したみたいだけど、私から言わせればまだまだだったわ。内側が酷いのなんの」
「……ちっ、それよりこのこと誰にも話してないだろうな。もし話していたらいつ、誰に話したか言え」
「ノンノン。言ったでしょ私だって元は冒険者。情報の大切さは知ってるわ。無闇矢鱈に人の秘密は言いふらしません」
まぁ6年も経ってるんだ。コイツが言いふらしてたら情報はもっと広まっているはずだろうから信用はできる。
「一応信じる。だがなんで今声をかけてきた」
「あの時伝えられなかったことがあってね。その腕のことについて」
そういい、筋肉神官もとい上級神官のメルティが俺の右腕を指さした。
俺は耳飾りの魔力を解除し、右腕の元の姿を見せる。
裾をまくれば二の腕の半ばまで黒く染った悪魔のような腕が露になる。
「へぇ、前見た時よりも黒い部分が広がっているわね。それに闇の気配も随分濃くなってる」
「それで、この腕について何を教えてくれる」
「あぁ勘違いしないで。私がその腕、っていうか魔力について知っていることはほとんどない。せいぜい闇属性に近いってことだけ。これも6年前にメルヴィス様に伝えてるし、貴方にも伝わっているはず。今回は情報じゃなくて忠告ね」
「忠告?」
「そう。聖陽教会の教義は知ってる?」
「詳しくは知らん。ただ、聖魔法を一番に、それ以外はゴミだっていうくらいだな」
「あながち間違っては無いわね。確かにウチは聖属性の魔法と魔力を宿した人間を神の使いと神聖視し、逆にそれ以外の魔法は魔法ではないとしている。それはもう敵視と言ってもいいかもね。でもその中で唯一、悪とされている魔法があるの」
「流れ的に……闇か」
「そう。教国ではかつて聖神は闇の神と戦いに敗れ、管理していた世界を乗っ取られこの世界になったと教えられるの」
「乗っ取った?」
一般的に伝わる神話では『憐れに思って』だったはずだが
「えぇ。ウチの政治家たちはそう信じている。若い子たちは別だけどね。話を戻すけど、ウチは闇の魔法を絶対悪とみなしている。それこそ捕まえたら報酬が出るほどにね」
「だから忠告か」
「そう。まぁ私に言われる前から徹底しているみたいだけどっ」
ちーんと俺の右耳についた耳飾りを弾いた。
「なんでわざわざ教えてくれるんだ。序列4位の上級神官ともなれば教義に反することは出来ないだろ」
位階序列。それは聖教国セルフィナにおける神官の順位だ。聖属性魔法の使い手たちの総本山である教国の中でも腕の立つ神官が上級神官と呼ばれ、その中でも位階序列がつくのはたったの7名。言い換えればコイツは教国のトップ4ということだ。
そんな人物、教典を穴が空くほど読み込んで盲目的に信じ込んだ狂人しか居ない。
だから彼女が俺をことを知った上で捕らえようとする素振りすら見せず、あまつさえ忠告するなんて信じられなかった。
「さっき言ったでしょ!若い子はべーつ。あんな古臭い教典、渡された日に破いて暖炉に投げちゃったわ」
「若いって、お前そんな歳じゃないだろ……」
「ノー〜ん!ノンノン!!またデリカシーのないこと言って!女の子に歳のこと聞くなってコルヴェート様に教わらなかったの!?」
「そっちこそ嘘つくなって教わらなかったか」
「まったく、貴方がコルヴェート様の息子じゃなかったらハグ♡してたわよ」
「じいさんの息子じゃなかったら?」
「……そう。さっきのも嘘では無いけど、本当はこっち。私、コルヴェート様のファンだったのよ」




