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黒と白  作者: 魚卵の卵とじ
始まり、宿る
54/55

54話

 そうして、A級指名手配『紅薔薇姫(スカーレット)』リリスティア・ヴァレンタインとシンの戦いは幕を閉じた。


 上空は常に無数の棘と魚が覆い、地上では生半可な実力では目で追うことすらできないほどの剣戟が繰り広げられる『上澄み』同士の戦い。終始劣勢を強いられてきたシンが新たな魔力の感覚に目覚め、極限の戦いの末最後には勝利を手にした。


 最後の一撃を放ったシンは、普段の彼を知る人が想像もできないほど清々しいいい笑顔で気絶し、後始末を任された者たちは周囲の魔物への警戒と、倒れたシンの治療、帰還の準備、さらにはギルドへ被害報告と討伐成功の報せを行ったりと大忙しであった。


 ◇


 暖かい魔力を感じる。陽光のように柔らかく包み込むような気配だ。


「ハル……?あん?」

「あっ!おはようございます、シンさん!!」


 太陽といえばハル、という認識が根付いていたせいかてっきり魔力を流していたのはハルだと思ったが、目を開けた先にいたのは見知らぬ女だった。


 白い修道服。この大陸でこの服を着れるのは聖陽教会に所属する神官だけだ。


「神官……ってことはここ教会か」


 聖陽教会は聖属性の魔法を独占し、適正のあるものを集め魔法を教えている。聖属性魔法は魔力の性質上治癒系の魔法が多く、教会は治癒の魔法を有償で市民に提供している。


 独占、有償と聞けばだいぶヤバイ団体かと思うかもしれないが、通常の治癒の価格は一般家庭でも3ヶ月休みなく働けば出せる金額で、しかも後払いが可能。


 さすがに踏み倒せばちゃんとお尋ね者になるが、聖陽教会はもはや国といっていいレベルの規模を誇る宗教団体で、そんなとこ相手に指名手配同然の犯罪者になるリスクを追うのでほとんどの利用者は未払いなんて真似はしない。


「私はグリンドさんの仲間のイリスと申します。はい、この指を見てください。これは何本ですか?」

「3本」

「ではこれは?」

「1」


 ベットに寝てた体を起こして神官の白く細い指を見る。

 話を聞くにこのイリスという神官は吸血鬼との戦いで真っ二つにされかけた俺の治療を担当しているらしい。


 かるく意識と記憶の確認をされながらあの後のことを聞く。どうやら俺の容態はだいぶ悪かったらしいく、1週間も教会で寝ていたようだ。


「1週間!?」

「はい。すでに傷は塞がっているのにまったく起きる気配がなくて、ルシェルちゃんとっても心配していましたよ?」


 1週間……数ヶ月前の魔人戦でも寝ていたのは数日だった。しかも右腕を使ってうえでだ。今回、間違いなくあの時よりも本気で戦った。だが右腕の力は一切使っていない。なのに1週間も寝ていた?


 それほど傷が深かったか、あるいは……


「(だいぶキてるって事か……)」


 右腕の痣は力を使わなければ侵食は進まない。けれど、治癒の魔法でもエリクシルでも絶対に治ることは無い。眠っている時間が増えているのはゆっくりだが確実に俺の体が壊れてきている証拠。


「意識も記憶も大丈夫そうですね!では皆を呼んできます!」


 そういうイリスはばたばたと小走りで走り去っていった。


「ふゎぁ……にしても体が重い。1週間も寝てたんならそりゃそうか」


 起こした体をもう一度倒し天井を眺めながら吸血鬼、リリスティアとの戦いを思い出す。


 初めて自分と似た自分より強いやつと戦って、めちゃめちゃ興奮して、新しい魔力の使い方を知った。

 文句ないほどに過去最高で、きっと未来でもあんな戦いは二度とない。それぐらい『楽しい』といえる一戦だった。


「あの感覚、使いこなせれば魔法戦ではでかいアドバンテージになる。特にあの領域はマストだな……使いこなせればだが」


 あの時は最高潮のテンションと最高の好敵手という運命レベルの条件が揃っていた。リリスティアのような敵はそうそう出会えるものではないし、テンションに限っていえば……そういうのはあんま得意じゃない。


 魔法に感情は不要というのが俺の持論である。その考えはあの時に捨てざるを得なかったが、気づいた時からそんな考えをしてたから常に感情をセーブするようにしてた。


 あの時はただ勝ちたいと思う一心で、『なんか上手く行きそう』と思ったから感情をコントロールして魔法を使ったが、今はもうできる気がしない。


 それを意識的に出来るようになるということは、もはや生き方を変えるということだ。無理だな絶対無理。


「ていうか、あの時の俺はっちゃけ過ぎじゃないか……?テンション上がりすぎだろ……」


 これからあの感覚へ至るのにあそこまではっちゃけないといけないのか……そう考えただけで萎えてくる。


「シンさんっ!!」


 どんっと音を立てて勢いよく扉が開きルシェルが姿を現した。その後ろにはハルの姿もある。


「おう」

「おはよう兄さん」

「よかった。ずっと目が覚めなくて、もう起きないんじゃないかと……」

「馬鹿言え。やる事やるまで死んでなんかいられるか」


 ハルは右腕のことを知っているので俺が長い間寝てた理由も察しているようで、それを知らないルシェルとは別の心配をしているらしい。


「無茶しすぎです!あんな大怪我までしてまで一人で戦って、本当に死んでしまうかと思ったんですよ!!」

「うるさいな……死ぬつもりはなかったって言ってんだろ。マジで死ぬ一歩手前になったら潔く退いてたさ」

「もう……」

「そこまでいったらさすがに僕も見ていられないしね。それで、なにか得るものはあったの?」

「まぁな。早くいろいろ試したい。さっさとここ出て……」


 言いかけた途端、再び扉が開かれて金髪の女神官が顔をだした。


「言い忘れてましたが、様子を見て明日一日教会で安静にしててくださいね!それまで外出は禁止。敷地内で散歩程度なら構いませんが激しい運動は控えてください」


 分かりましたね?と言いながらその笑顔に「絶対に無茶するなよ」と圧力を込めてイリスは今度こそ去っていった


「だそうだ。こりゃ学園にも行かせてくれそうもないな」


 教会じゃ他の利用者がいるので泉でやってる瞑想も目立ってしまって出来そうもない。


「たまにはゆっくり体を休めてください。シンさんの体、脇腹の傷以外にも内側が大変なことになってたってイリスさんが言ってましたよ」


 まぁかなり無茶した自覚はあるしな。仕方なし。


 ◇


 翌日、学園があるハルとルシェルは来ず、代わりに来たのはかご一杯に果物を詰めたメイドのマーサだった。


「また無茶を……」

「その話は昨日した」

「はぁ……あまり早く死んでしまうとコルヴェート様も悲しみますよ」

「そうか?あのじいさんならいつもみたいに笑ってそうだが……それより」


 じっとマーサの顔を見つめる

 マーサはいつも仏頂面で表情が読みにくいが、切れ長の瞳はどこか元気のないように見える。


「なんかマーサ、やつれてないか?」


 マーサは一瞬目を見開いて、それから目頭をたっぷり5秒ほど揉みながらため息をこぼした。


「はぁ……あなたという人は、まったく……」

「……?」

「私はあなた達のように戦う術を持たず、血の繋がりもない一介のメイドにすぎません。コルヴェート様のように教え導くこともできず、やれることといえばこうして戦いに行くあなた達を心配して神に祈ることしか出来ないのですよ」


 血の繋がりがない、ね。


「……なにを今更」

「ですが、お二人に何かあれば私は、コルヴェート様に合わせる顔がありません」

「『人には役割がある』。じいさんの言葉だ。お前も覚えてるだろ」

「えぇ」

「俺には戦う力があるから戦ってる。それが俺の『役割』だと思ってるから」


 根本的に他人の生き死にに無関心である俺が敵を殺して誰かを救うのも、本心から救いたいと思っているからではなく仮にでも騎士の身分であるから。救えるなら救う、殺すべきなら殺す。それが騎士としての俺の『役割』だと思っているから。


「それと同じだよ。お前はメイドで、だったらメイドの仕事をすればいい。お前が飯を作ってくれるから俺たちは飢えなくて済むし、俺たちがいなくてもちゃんと『家』を守ってくれるから安心して戦える」


 あいにくメイドの仕事には詳しくないので『心配すること』がメイドのやるべきことなのかは知らないが、少なくともそれしかないと、戦えないからと、嘆く必要はない。

 俺から見てマーサはメイドの『役割』をちゃんとこなしてる。


「……はい」


 マーサは静かに目を閉じて何かを噛みしめるように下を向く。


「あと、血の繋がりがないなんて死んでも言うな」


 もともと“この家族(俺たち)”に血の繋がりなんてない。人間の(じじい)がエルフの双子を拾い、メイドの女が育てて、そうして俺たちは生きてきた。そこにはきっと確かな温もりがあったし、絆があった。それを家族と言わずして何と言おう。


「血の繋がりなんかなくても『コルヴェート』は俺たちの父親で、『マーサ』は紛れもなく俺たちの母親だ。少なくとも俺とハルはそう思ってる」


 閉じられた瞳から光る何かが落ちる。次第に嗚咽が混じり、マーサの膝に落ちる涙も数を増していく。




 それを見て見ぬふりをして俺は毛布をかぶった。



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