53話
覚醒の本領はそこじゃない。
もっと根本的、原点的にシンというエルフは半妖精族とも言うべき存在へ、一時的とはいえ進化した。
つまり、魔力に対する理解度の向上。今のシンの感覚を一言で表すならこれだ。
その気になれば魔力の元、魔素の一粒にまで感知が届く。
より広く、より多く、より繊細に魔力を知覚することにより、魔法の構築速度が飛躍的に上昇した。
その結果がこれだ。
吸血鬼の大鎌はたった一粒に凝縮された水滴に寸前で止められる。大鎌の威力を相殺できるほどの強度と、その強度を保ちつつ音を置き去りにしようとする剣戟を完全に対応しきる構築速度。より正確に魔力を感じられるようになった今だこそできる神業。
亜音速をとうに超えたシンのスピードは徐々に吸血鬼の予測・反応を上回り始めていた。
だが妖精族や精霊でもないその肉体に覚醒の負荷が耐えられるはずもなく、鼻や目からも血が流れ出ていた。
「チッ」
滲んだ視界で上手く認識出来なかった攻撃を受ける。切り傷程度では簡単に治ってしまうあちらと違いこちらはもう満身創痍。余計に血を流すだけでも限界を近づいていく。
「あは、もっと。もっと……!血を流しましょう!限界なんて壊して……!!!」
「ッハン!!これ以上速くしてもいいのかァ!?もう追いついてないくせによォ!!!」
あちらも大分ハイになっている。つられてこっちもテンションがおかしくなってきた。
「私はこんな戦いを望んでいたのですわ!!全身全霊で戦い!なおも勝ち切れぬギリギリの戦いを!!」
俺もそうだよ吸血鬼。お前との戦いはめちゃくちゃ楽しい。お前との戦いは今までの全ての戦いをまとめても叶わないくらい濃厚で濃密で興奮する。
「(目が、見えねぇ……!)」
「あは」
吸血鬼ってのは目の充血具合まで分かるものなのか?
俺の目が完全に潰れた瞬間に彼女の攻撃が一気に苛烈になる。
あぁ、もういいか。ここまできたら視界なんて必要ない。
「また、目を瞑って……ッ」
水魚の数を上回る血の棘が俺を取り囲み放たれる。
横からは茨も標的を取られるために体をうねらせる。
その中で俺は自ら目を閉じた。
瞬間、俺を中心に一定範囲内の魔法が消滅する。
「まさか……!?」
吸血鬼もこの現象の原因に気づいたらしい。
言うなれば『絶対領域』
俺を中心に半径3メートルの球状において全ての魔法は掌握される。
それは例えば既に放たれた茨の鞭であったり、ちょうど今極限まで魔力を込められ放たれる寸前だった血の棘であったり、今まさに魔法を構築しようとした始まりのほんの小さな魔力の揺らぎであったり。
俺に敵意殺意を向けるあらゆる魔力を把握し、即座に魔法に介入し壊す。
興奮任せでは決して成し得ない超絶技法。
「既に構築された魔法への介入ならまだしも、まさか魔力の揺らぎすらも……!?」
視界を閉じたって吸血鬼の体にアホみたいな量の魔力が内包されているのが分かる。
まるで魔力が人の形をしているみたいに俺の頭には写っている。
目なんていらない。お前の魔力が消えない限り、俺はお前を逃さない。
「であるなら、余計な魔法は不要。正面から貴方を切り伏せましょう!!」
魔法へ回す魔力を削り大鎌が一回り大きく、より戦闘向きに洗練されたフォルムへ形を変える。
再び、槍と大鎌が高速でぶつかり合う。
先の剣戟よりも破壊力が上がった大鎌は、より速く、そしてその速度はそのまま重さとなり俺押し返そうとしてくる。
「クッ……」
苛烈さをました大鎌を槍と魔法を使い何とか踏みとどまる。しかし、
ピキり
ついに、壮烈な剣戟を支えていた槍が限界を迎えた。戦場にはまだ数本の武器があるが、しかし
まるでヤクを決めたような脳みそには「退く」なんて選択肢は今更存在しなかった。体はこれ以上の負荷に耐えられないことを悟っているから。
吸血鬼も退くことは許さないと強気に踏み込み、俺もまたそれに答えるように距離を詰め、右手だけを伸ばす。吸血鬼へではなく戦場の外へ。
三人の男は見逃さなかった。
極限の戦いによって研ぎ澄まされた魔力感知によって、その特異な魔力を。
音を置き去りにするような激闘の中、本人たち以外で唯一、一瞬たりとも彼らの姿を見逃さなかった故に。
戦闘において自分では役に立てないと、何かないかと思考し続けた男が。
三人がともに一瞬の躊躇いもなく最適な行動をした。
「―――!!」
戦場の外から一本の剣が投げ入れられる。だが戦場まで二十数メートル以上。本来届かない距離。しかし不思議な光と魔力の揺らぎが剣を包み込み、その不可能を可能にする。
そうして気づけば手中に収まったのは錆一つ、刃こぼれ一つない幅広な銀の剣。刃には魔法文字で何かが刻まれており、それは俺の魔力に反応し紫に光り出す。
彼の戦いを長い間支え一度の損失すらなく、ついには彼の二つ名となった剣。
その銘こそはーーー
「『不朽なる、不屈の剣』―――!!」
シンが気づき、ルークが察し、グリンドが届かせたその剣は、紛うことなくこの戦いにおいて最適解。
かつてA級ダンジョンの最奥から見つかった魔剣。その刀身に刻まれし能力は『不朽』
持ち主の魔力を使い自動で修復する折れることなき不屈の剣。
魔力が吸われ手に張り付くような感覚。
「不足なしーーー!!」
幾度目かも分からぬ大鎌との剣戟。
だがすでに掌握は完了しているーーー!!
「―――ッ!!」
衝突寸前、吸血鬼は俺の思惑に気づき、直前で大鎌を液体に戻す。
また、空振りを誘われーーー
「同じ轍は踏まねぇよッ!!」
それを読む。
「く……!?」
「いい加減……ッ」
大鎌が液体に戻ろうとした瞬間、内部から雷が走り、圧倒的強度を誇っていた血の大鎌に日ヒビを入れる。
「砕けろーーーッ!!」
そのヒビへ寸分違わず『不朽なる、不屈の剣』を振り下ろし吸血鬼の得物を叩き割った。
即座に剣を戻し吸血鬼の急所である首へーーー!!
「(あの強度の血を作るのにせいぜい1秒。それで十分!!)」
新しい得物を作り出すのは不可能と感じた吸血鬼はすぐに思考を切りかえ血を操作する。
シンの絶対領域に反応しないよう、魔力ではなく純粋な自分の血で首を守る。
深手は免れないが一撃で首が離れない限り再生は可能―――!!
「『雷―――
刃と首の間に拳大ほどの雷球。
まさか……!?
―――哮』!!!」
打ち出すのは拳ではなく剣。
今まで武器の貧弱さから見せてこなかった技を『不朽』の効果を使い強引に意表を突く。
極光が吸血鬼を灼き、その光を受け、なおも傷一つなく斬り進む刃がついに首を捉える。
そしてその肌に刃を食い込ませ、スパンッ……とこ気味良い音をたててその首を刈り取った。
「―――いいえ、まだ、ですわ」
薄皮1枚……いや、首は完全に上半身と分かたれたのにも関わらず、吸血鬼は血を伸ばし頭と胴を繋いでいた。
「いや、終わりだ」
この吸血鬼ならそれくらいはするだろう。そんな確信に近い思いが俺にはあった。
だから最後の止めは別にある。
「……あぁ」
激しい戦闘で舞い上がった土埃りのなか、三本の光の杭が吸血鬼の華奢な体を貫き拘束している。
天を仰いだ吸血鬼は夕日が沈む最後の陽光が照らしてもなお褪せることの無い光を見た。
「……私はリリスティア。最後にお名前を、お聞きしても?」
今際の際で、吸血鬼は目の前の『王子』に名を告げる。
「シン。魔法使いだ」
「……いいお名前だわ。まるで見えなくとも星を照らす新月のよう。あぁ願わくばまた、貴方と」
極大魔法『ジャルジメルト』
何人をも貫く神の矛がその体をを穿いた。
辛く退屈な逃亡生活から救ってくれたシンはリリスティアにとっては王子なんでしょう。
(リリスティアは自分からは人を襲わないほど本来は大人しい性格でしたが、それは人間の頃の名残り。シンとの戦闘で吸血鬼側の本能が表出し血を望むようになりました)




