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黒と白  作者: 魚卵の卵とじ
始まり、宿る
52/55

52話

 

 筋トレって知ってるか?知ってるよな。

 自分の筋肉をわざと傷つけて体がそれを修復する際に同じ負荷に耐えられるようにより強く太く筋肉を治療することを利用したドMの所業だ。


 むかしエルフの薄い体を少しでも変えようと筋トレに熱中した時期があった。まぁ結果としては種族的特性には抗えなかったのだが、その際に筋肉に関する本を読んだ。絵がメインで矢印で注釈が加えられた本だ。

 剣を持たない魔法使いのじいさんにはどう見ても不要な物なのになぜ書庫にあったのか疑問を持ったことを覚えている。


(速く走るのに足全部の筋肉が重要になるわけじゃない)


 別にすべての筋肉の名前を憶えているわけじゃないし、この体は変わらないと知ってから筋トレにはあまり注力してこなかったから今となっては朧げな記憶だ。


 その記憶を頼りに、不必要な筋肉の強化を抑える。全体に100の魔力を使っていたのを一部に優先的に振り分ける。使ってる魔力量は変わらないのにそれだけで速度は跳ね上がる。


「ッ速い―――先ほどまでとは、比べ物にならない!?」


「ギア上げてけよ吸血鬼!!」


 昨日までのシンでは魔力をつかって筋肉の一筋一筋まで分別するほどの技術は無かった。

 それを成したのはリミッターの解除。火事場の馬鹿力とでもいうべき感覚の昇華が、故意に流した魔力ではなく元から体に存在していた魔力の感知を可能にしたのだ。


「過去最高に調子がいいぜ……!!」


 エルフの体にも筋肉はある。しかし一般的な人間の体と違い、その成分には魔力が多量に含まれている。こういった体組織の違いがエルフに筋肉が付きにくい理由であり、魔力の扱いに長けている理由。


 今までの身体強化では元から筋肉にあった魔力を利用せず余分に100の魔力を加えていたものを体を構成している魔力を利用することでその部分の消費を格段に減らす事が出来る。


 消費の軽減と配分の調整。加えて浮いた魔力をさらに雷として体に流し、物()()()()()()()()()()()()()()()として動かすことで従来と変わらない魔力量で限界を超えた(オーバーリミット・)超速度(ハイスピード)を可能にしているのだ。


「あは、あはははは!!えぇいいでしょう!私ですら見失うその速度、対応して見せましょう!!」


 俺の超スピードに対応するため常に上空から俺を狙っていた百を優に超える血の棘たちは姿を消し、吸血鬼は薔薇の連続爆発によって巻き起こった粉塵の中で高らかに笑う。念のため水魚は上空にとどめたまま新たに作った水魚を攻撃をやめた吸血鬼に向かわせる。


「……?花びら?」


 水魚を追って自分もと意識を向けた時、ふいに粉塵の中に赤い花びらが混じっていることに気が付いた。


(また爆発?いや今の速度に爆発は遅すぎることは分かっているはず……)


 俺の進行上、いや吸血鬼の立っている場所を除いた戦場全体に花びらは舞い上がる。


「ッ悩む暇があるなら、走りぬけ―――ぬぉッ」


 何かの魔法が発動するより先に攻撃を仕掛けよう加速した瞬間、新たな血の魔法が花びらを起点に一斉に発動する。

 花びらを中心に多方面へ勢いよく伸びて都有でバラバラに枝分かれする。いままでの攻撃用の物ではなくその多くは俺を掠めて地面に突き刺さる。


「バリケード……!」


 吸血鬼は目で追えないほどのスピードに一瞬も動揺することなく瞬時に『そもそも走らせなければ(戦場全体のバリケード)いい』という最適解を導き出した。


 こちらの足が止まったことを見逃さず瞬時に茨の鞭と棘を全面展開―――ここにきての魔力差を活かした物量攻撃!!

 相殺するほどの魔力を込めてたらすべては防げない……。


「ッは。上等」


 戦場を覆う粉塵の中、吸血鬼はその姿を見る。


「目を、瞑って―――」


 瞬間、茨も棘もバリケードも彼の一定範囲内に存在したすべての魔法が爆ぜた。

 発射直前の血の棘もまだ凝固前の不安定な血でさえも、そしてまだ血すら現れていない構築途中の()()()()()()()()()()()()()、余さず紫電によって内側から破壊される。


「何が―――」


「―――」


 進化した速度にすら一瞬の驚愕に留めて見せた吸血鬼の思考がこの時確かに停止した。


 その空白を、一筋の轟音が塗りつぶす。極光は一直線に障害物をブチ抜き吸血鬼への道を創り出す。

 通り道で血の薔薇が爆発、その衝撃をうけて隣接した薔薇がさらに起爆するも、そのころにはすでに俺は爆心地を置き去りにし正面から吸血鬼に急襲する。


「―――ッ」


 だが吸血鬼も正気を取り戻しすんでのところで鎌を動かす。


「これも反応できるのか……ッ」


 幾度目かの槍と鎌での打ち合い。最初はシンが押していたものの、意地か執念か、吸血鬼の大鎌が押し返していく。


 剣や斧、槍などたいていの武具を扱えるシンだがまともに剣技を習ったことは今まで一切ない。各地で戦った猛者たちの猿真似にすぎず、故に自他ともに近接戦は一流に届かないと評価する。


 対する吸血鬼も血によって多種多様な武器を使うが一番使い慣れたものはこの大鎌。扱いは他よりも手慣れている。

 加えてシンが押し切れない理由がもう一つ、大鎌という特異な武器故の利点。それは珍しい武器故の独特な動き。


「……ッ!!」


 大きく振り回すような所作は斧や大剣に似ていてそれらよりも圧倒的に軽やかであり、そこから繰り出される刃の抉り込むような軌道は他の武器にはない唯一のもの。特異な武器という『不慣れさ』を大鎌は相手に押し付けるのだ。


 一般的な武器とは違う軌道。普通はその対処に苦戦し防戦一方になる。

 ……はずだった。


「目線が一切鎌を追っていない……貴方はいったい()()()()……!?」


「今の俺は過去最高潮だ。そんなバカでかい()()の塊、どれだけ高速で振っていようが目線なんて向ける必要、ねぇんだよッ!!」


 大鎌は一切シンに触れていなかった。

 大鎌の刃が体に触れる寸前、指三本分ほどの空間を開けてすべてが寸前で防がれる。振るう前はシンの体以外何もない空間。だが命中する前に何かが大鎌を止めている。


「……ッ!そういう、ことですか!!」


 息も止まらぬ攻防の中、槍の一撃と引き換えに吸血鬼はついにその正体を見破った。


 ()()の水。魚でも球状でもないただ異常に硬い一雫が吸血鬼の襲い来るすべての凶刃の前に現れ防いでいたのだ。


 何も覚醒によって上がったのは走力だけではない。むしろこっちは副産物にすぎす、本命は別にある。









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