51話
「チィッ……!!」
少しでも触れればアウトな特大地雷が所狭しに敷き詰められて、足を止めれば茨の鞭ですり潰される。
かといって無理して突っ切ろうとしたら大鎌で直接狩りにくる。
多彩な攻撃は言わずもがな、防御にも利用できる血の魔法は水魔法よりも圧倒的に柔軟さがありあらゆる状況に対応してくる。
「血の魔法って便利だな!」
薔薇の連続爆発を何とか避け、たまたまそこにあった何本目かの槍を手に取り吸血鬼と切り結ぶ。
「ふッ!!」
槍の刃の付け根付近を持ち長い柄は脇を通し背中で支える。
そうして片手で持った槍で高速の攻撃をするも、血を固めた盾で完璧に防がれる。
「『雷哮』!!―――ッ!」
盾を出すことを読んだ上での渾身の『雷哮』は、さらにそれを読み先に横に回避していた吸血鬼に避けられる。
だがそれも想定内。こんなのが当たるような敵なら俺はお前と戦おうとは思ってないーーー!!
吸血鬼の読みに食らいつき、再び大鎌と槍で打ち合う。
大きく横薙ぎで振るわれる大鎌を、下からのすくい上げで迎え撃つーーー
「―――な……ッ!!」
衝突の寸前、大鎌が消える。
(液体に戻しやがった!?)
俺の槍は液体に戻された大鎌を素通り。俺の右の腰付近で血は再び固定化を始める。
大鎌にぶつかること前提で力んだ俺の体は当然の如く致命的な隙を曝け出した。
空振りして槍を大きく振り上げたマヌケな姿を吸血鬼は見逃さない。
瞬時に俺の意識を分散させるため周囲を囲むように血の棘を百近く展開する。
「くっそーーーッ」
「フッ!!」
再び大鎌に戻した吸血鬼は先とは逆からその刃を薙いだ。
刃は瞬く間に俺の脇腹に到達し、そしてーーー
◇
彼女の戦いを一目見た時から分かった。
『あ、こいつ俺と一緒だ』
そう思った。
テレス山を覆う魔力を感じた時からそんな気はしてた。山を覆うほどの魔力量を持ちながらほぼ感知不可能なほど気配が薄い。
俺と同等か、もしかしたらそれ以上の魔力制御。
今まで俺の訓練相手はハルカだった。ハルの魔法と正面から打ち合う時、俺の魔法はハルには届かない。
なぜならハルの熱に簡単に燃やされてしまうから。
圧倒的な魔力量にはどれだけ洗練された魔法でもそれだけでは役に立たなかった。
だから嬉しかった。この吸血鬼はハルに近い魔力量を持ちながら、ハルみたいにゴリ押しで攻めることはせず俺と似た戦い方をした。
水魚は血の棘と相殺。速度で上回っても読みで対応される。
こんなギリギリの戦いは初めてで、楽しくて……
◇
「テンションが上がってる?」
「ふざけてるように思うかもだけど割と真面目だよ。運動でも興奮でパフォーマンスが向上するなんてありふれた話だ」
「……確かにそうですけど。シンさんが興奮している光景があまり想像できなくて」
「だからこそ、なんだろうね。13年で初めて自分の全力でギリギリの戦いが出来たんだ。さすがの兄さんもうっかり笑っちゃうぐらい嬉しかったのかもしれない」
吸血鬼を上回ろうとなおも上がり続けるシンの速度に合わせて戦闘のテンポもギアが上がっていく。
リリスティアも速度の上昇に気づいているのか、こちらにも聞こえるほどの声を上げて笑いながら無数の攻防を繰り広げている。
ぱっとみはほぼ互角の戦いだが吸血鬼は夜が近づくにつれて力は増していき、加えて血を操る特性上切り傷程度ならすぐに塞がってしまう。
逆にシンはポーションを呑む暇もなく、素材上刃物が通りにくいはずの外套を貫通し体中に傷を負っていく一方。
「広がるはずの戦力差で何とかくらいついていけるのはテンションが上がってるおかげ、ということですか?」
「そうだね。僕たちは師匠であるおじさんから、『魔法は感情ではなく思考で扱うべき』という教えを受けている。感情の起伏の差は大きくて実践で頼るには心もとないからって意味なんだけど、それは別に感情が魔法に悪影響を与えるって意味じゃない。むしろ逆。怒りとか悲しみとかそんな激情に身を委ねたときの魔法ははかりしれない効果を生む」
「けれど感情で使う魔法はコントロールがしずらい。だからコルヴェート様は制御可能な思考での魔法の扱いをお二人に……」
「うん」
シンは決して感情なんて言う不安定なものに引っ張られることの無いように気の遠くなるような訓練を通して精神力を磨いた。
そのシンが言うにはうまく感情をコントロールする秘訣は『切り捨てること』
譲れないものとどうでもいいことを明確に切り分け、譲れないものを侵されそうになった時、『自分は今怒っている』と分析したうえでその感情を魔力に乗せて開放する。その一種の制約により、それ以外のどうでもいいと切り捨てている瞬間には感情を押し殺しているのだ。
「初めて実戦で感情が振り切れたんだ。そのせいで今の兄さんは感情と理性のバランスを測り損ねている。うまく扱う事が出来たら……」
この戦いを制するカギはここだとハルカは付け加えた。
「(感情をコントロールする……確かにそれならシンさんはリリスティア・ヴァレンタインに勝てるかもしれない。でも……)」
シンという男はあまり人との関係を作らない。ハルカの言葉を信じるのならば家族以外を他人と割り切り切り捨てている彼は、家族に関わらない事象ほとんどをどうでもいいと考えている節がある。
であるならば、それは素直な感情を表に出す機会が少ないということではないのだろうか。
本人やハルカにはいうつもりは無いが、ルシェルからすれば、シンは人から自分を遠ざけようとするときどうも本当の感情を押し殺しているような感覚を抱いていた。
「(10年近くの間、コルヴェート様を殺した魔人を殺すためシンさんは魔法を磨いてきた。感情を殺すようになったのは言ってしまえばその弊害。万が一にも暴走が起きないようにほとんどの感情を削ぎ落した)」
これはあくまでルシェルの感覚にすぎない。もちろん考えすぎに越したことは無いが、もしそれが本当ならばそれはあまりにも悲惨。見られたものではない。
「ッ……シンさん!!」
そんな時、リリスティアの凶刃が直撃しシンは木々をなぎ倒しながら遥か遠くに吹き飛ばされた。
「助けに……」
「いや、兄さんを信じよう」
◇
人間の体には多くの制限がかかっている。
肉体は本来もっと強い力を出せるし、脳みそのほとんどが使われていないっていうのは有名な話だろう。
人の潜在能力は完璧に発揮されないようにリミッターがかけられている。
―――だとしたら、エルフにだって制限があって然るべきだろう。
「らしくない、な……俺としたことが……感情任せで、戦うとは……」
吸血鬼のの戦いが楽しくて、ついテンションが上がってしまった。
大鎌で横に吹っ飛ばされて切り立った崖に埋もれた体を何とか起こす。
あぁらしくない。わき腹を大きく抉られて血もドバドバ流れ出ている。
魔法は感情や気持ちなんていうく確定で不安定なものではなく、冷静な思考と想像力で使うもの。それはじいさんから教わった鉄則。
だがそれらもまた魔法に重要な精神力の一つであり、感情や気持ちの高ぶりが魔法を強化することも事実。
実際いま体は汗と血でぐちゃぐちゃで、限界以上の二重強化のせいで肉体にはガタが来ている。だというのにブチ上がったテンションのせいで感覚はかつてないほど研ぎ澄まされて、目を瞑っていても周りの景色が読み取れる。
体はボロボロなのに逆にコンディションは最高。変な感覚だが、今はそれすらも心地いい。
さっきの戦いは採点するなら60点。興奮に任せすぎて血の特性を忘れていた。俺が鎌と打ち合おうとしたことをまんまと読まれて彼女にしてやられた。おかげで体が真っ二つ寸前。水で緩衝材を作ったのが功を奏した。
「確かに、いつもより速度は出せた。おかげでこんな有様だが死んでないなら、いい。……最悪は冷静な思考を放棄すること。感情に身を任せつつ、思考はやめない。思考と興奮の共存……この感覚を思考のもとでコントロールしろ」
エルフの体の20%は魔力でできている。
だかその20%を全てを使えているかといえば、答えはNO
メルヴィスの感覚によると通常は数%しか扱えていない。
これはリミッターだ。フルで使おうとするなら脳みそが持たないため体がそう適応した。
エルフはその数%の部分で大気中の魔素を感じ魔力を生成し魔法を行使する。人間との違いはこの差。
体が魔力で出来ている分より魔力に対して親和性を得られる。だから人間よりもエルフの方が魔力に対する親和性が高い。
言い換えるならば、体を作る魔力が多いほどより多くの魔力を行使しやすいということ。
言うなれば器の大きさ。
魔力を受け止める器が大きければ大きいほど、魔力に深く繋がれる。
通常エルフは20%の魔力体をフルで活かしきれていない。せいぜいが数%。それはいくらシンといえども変わらない。
だがしかし、初めての好敵手に相まみえたという興奮により今この瞬間、そのリミッターが一時的に取り払われた。
(身体強化……もっと軽くていいな)
加えてシンにはもうひとつ変化があった。
「もっと効率よくいこう」
本人たちには言っていないが本来メルヴィスは耳飾りによって、エルフ故の魔力の多さに胡坐をかかない「少ない魔力での効率的な運用」をシンたちに学ばせようとしていた。
実際シンは無意識ながらその感覚を掴みかけていたのだか、今回の覚醒を経てそれを意識的に理解したのだ。
◆
吸血鬼は自らの手で斬り飛ばした黒い少年を待っていた。
木々を薙ぎ倒して出来た道の先に、あの少年が生きていると知っていたから。
リリスティアは元々好戦的な性格ではない。こちらから無辜の民を襲うことはしないし、真祖になったことで血も吸わなくていい。
それでも冒険者協会からA級賞金首とされているのは、彼女が吸血鬼になった際の事件と、討伐に来た冒険者を一人残らず殺してきたから。真祖返りで吸血鬼として生まれた時から強大だった力は、長い逃亡生活の中で否が応にも磨かれてきた。
彼女にとって戦いとは自分を殺しにくる敵を排除するための正当防衛。命を守るための戦いで手加減なんてする理由はなく、彼女は敵を全力で排してきた。
故に戦闘に何かを感じたことはなかった。自分の力で苦戦するような敵はいないから。
でも、彼は違った。突然現れたあの紫黒の少年はどんなに先を読んで攻撃しようともギリギリで防いでしまう。
無数の棘も茨の鞭も血の薔薇だって難なく防ぐ。
だから初めて、戦闘を楽しいと思ったのだ。
「……やはり貴方はまだ倒れない。あぁ、とても、とても嬉しいわ。こんな気持ちは初めて」
倒れた木を踏み越えて彼が戦場に戻ってくる。
先程よりも体から感じられる魔力は希薄になり、迸っていた紫電は見当たらず、代わりに彼の全身は薄く紫の光を纏っている。
分かりやすい派手さを失った反面、明らかに先程よりも危険度が跳ね上がっていた。
「なぁ吸血鬼。一応聞くが、山頂の2人を殺したのはお前でいいんだよな」
「……?えぇ。私の魔力に侵され最期を迎えたようですね」
「それはわざとか?」
「いいえ。彼女たちを殺めるつもりはありませんでした。結果的にそうなったとしか」
「そうか」
ならいいと最後に呟き少年はボロボロになった槍をもつ。
手は刃の付け根、長い柄は脇を通し背中へ。
先程見せた高速の斬撃の構え。
また盾の展開で私の視界を遮る……?
「じゃあ……いくぞ」
「……ッ!?」
彼が踏み込んだ瞬間、姿が消えた。




