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黒と白  作者: 魚卵の卵とじ
始まり、宿る
50/55

50話

 兄さんと吸血鬼、リリスティア・ヴァレンタインとの戦いが始まった。


「イリス、僕はもういい。ほかの人を頼むよ」


 先程までリリスティアと戦っていた金髪の冒険者は仲間からの治療をうけ傷を治すと、兄さんの知り合い(珍しい)らしいグリンドという獣人に近づいた。


「グリンド、彼は?」


「知り合いだ。ランクは……知らん」


 グリンドはあえてシンのランクを誤魔化した。ここでD級と正直に言ったところで誰も信じないだろう。


「一人で大丈夫なのかい?相手はあの『紅薔薇姫(スカーレット)』だ。僕も加勢に……」


「いえ、大丈夫だと思います。あぁすいません、僕はハルカ。あの人の弟です」


 軽く挨拶をしつつ事情を説明する。


「つまり、たまたま麓の村にいて山の異変を知ったから調査にきた、と?」


 嘘は言っていない。理由と結果が逆なだけだ。


「はい。山頂の様子をみていたら魔力を感じてここに」


「そうか。事情は分かったけど、本当に加勢しなくていいのかい?」


「大丈夫です……多分」


「「多分?」」


 ルークと名乗った金髪とルシェルさんが同じ反応をする。

 この中で兄さんのことをいちばん知っているのは間違いなく僕だ。

 その僕からして多分。


 いつも僕と兄さんが一緒に戦う時、必ず役割分担をする。

 兄さんの魔法で簡単に殲滅出来るような敵は兄さんが。それを耐えられそうなやつを僕が片づける。つまり強そうなやつは僕が相手をしていた。


 決して兄さんが勝てないという訳では無い。その気になれば僕が相手にするような敵でも難なく倒せるはず。それでも僕に押し付けるのには理由があるのだがここでは割愛。


 話は戻ってなぜ「多分」なのかだが、それはあの吸血鬼が『僕に押し付ける強さのライン』を超えている力を持っているからだ。


 いつもならどう考えても僕に押し付けていた強敵。だから「僕が出ようか」と聞いたのだが答えはNO。なんと自分で相手をするといったのだ。


(たまに気分屋なとこあるから今回もそれか……でもどこかいつもとは違う気がする。兄さんはあの吸血鬼と戦いたそうにしてた)


「まぁとにかく様子を見ましょう。ヤバそうなら僕が行きます。それまでは手出無用でお願いします」


「……分かった。弟である君が言うのなら信じよう」


 そういってルークは引き下がると仲間の様子を見に行った。


「本当に良かったんですか。シンさん大分苦戦しているように見えますけど……」


 戦いは若干兄さんが劣勢。夜に近づけばその均衡は容易く崩れるだろう。


「兄さんは自分の実力はちゃんと分かってる。わざわざ自分から出ていって何も出来ずに負けるなんてことは無い。最悪相打ちには持ってくはずだ」


 まぁその時は僕が止めるけどねと付け足す。


「兄さんに教えられなかった?『出来ないと思ったら出来ない』だよ。逆に出来ないとさえ思わなければ、魔法は理論上どんなことも出来る。自分の魔法に絶対の自信を持ってる兄さんならなんとかするさ」


「絶対の自信……」


 弟子であるルシェルさんはその言葉に思い当たる節があるのか、今も吸血鬼と戦う兄さんの姿を眺める。


 気づけば戦場は一変し、一面真紅の薔薇が広がった中で兄さんは大爆発に巻き込まれて吹っ飛んでいた。


 珍しく顔や手の至る所に傷を作り出しながらも爆発の中を進み、茨の鞭と吸血鬼の大鎌、そしてオマケと言わんばかりに空から降ってくる血の棘を捌いていく。


 手に持つ武器は、数分前まで吸血鬼が剣から槍へ、槍から斧へ……と変えていたものが、今度は兄さんが剣やら槍やらをまるで魔法薬のように使い捨てていく。


 三合も打ち合えば吸血鬼の操る血に負けてボロボロになっていく誰かの愛剣達に涙を禁じ得ない。


「……あれ?ハルカさん」


「うん?」


「なんかシンさん、速くなってませんか」


 言われてみれば、確かに徐々にだが兄さんの速度が上がっている気がする。ほんのちょっとの差だが、少しずつ確実に黒い外套の裾を追えなくなっていく。


「兄さんは最初から全速で戦ってた。抑えてた速度を、って感じじゃない。こんなこと今まで……いったい何が」


 森でコルヴェートおじさんに拾われて10年近く。ずっと兄さんの傍にいた。僕の訓練相手は兄さんだったし、兄さんの相手も僕だった。


 今まで二人で色んな強敵と戦ってきた。巨人族と多腕族のハーフの格闘家、魔法も剣も効きにくい超巨大昆虫。最近では例の魔人だってそうだった。

 いずれも、あの吸血鬼と同じくらい、もしくはそれよりも強かった。


 でも彼らとの戦闘ではこんな光景は見たことない。僕の知ってる兄さんの最高速度は少なくともここ数年は変わってない。

 いったい兄さんに何が起きている……?


「……あれ?」


 ふと、黒い外套のフードが風で弛んだ瞬間、兄さんの顔が見えた。


 戦闘とはただ冷徹に相手の弱点を見極めそこに魔法をを導く単純作業。かつて兄さん自身がそう言っていた。


 兄さんは決して戦闘で楽しみを見出すような狂人じゃない。

 だとしたら何故……


「あんなボロボロなのに、なんで笑ってんだ、あの野郎」


「グリンドさんも見えたんですか?」


「一瞬だけだ。もうほとんど見えない」


 ハルカとルシェルの目にも今はもう雷の奇跡が微かにしか追えていない。


 でもあの一瞬確かにシンは笑っていた。


「シンさんに何があったんでしょう……?」


 今までの強敵では見られなかった兄さんの成長、彼らとあの吸血鬼の違い。

 なぜ兄さんはあの吸血鬼と戦いたがったのか。

 あの敵でなければいけなかった理由は……


「……そういう事か。なんとなく、分かった気がする」


「……?」


 兄さんは多分、ハイエルフを含めたエルフの中でも最高レベルで魔法の扱いがうまい。

 それはつまり精霊を除いた全生命体の中でもトップクラスということ。


 兄さんよりも魔力が多い人は探せばいくらでもいる。僕だってそうだしメルヴィスさんだってそうだ。でも魔力制御に関して僕は兄さんの足元にも及ばない。


「3割。これがなんの数字か分かる?」


「……?いえ」


「僕と兄さんで戦った時の勝率。僕が7割で兄さんが3割」


 魔力総量数倍の相手に3割勝てるというだけでもとんでもないのだが、問題はそこではない。


 僕もかつての強敵たちもそうだった。決定的に違っていたのだ。

 多腕族の格闘家は四つ腕を活かした変則的な格闘術、巨大昆虫は要塞のごとき巨体を活かしたボディプレス。あの魔人も超速の踏み込みと異常な反射速度での真っ向勝負。

 そして僕もまた潤沢な魔力に頼った火力と範囲で押し潰す超威力の魔法か力任せの接近戦。


 兄さんよりも強い相手は皆自分の強みで正面から押し潰すスタイル。


 対して兄さんの本来の戦い方は水魚と雷、さらには二重強化まで施し速度を上げて撹乱し相手に大量の選択肢を与えるスタイル。


 いつもは極端に弱い相手か極端に強い相手、それも僕と同じようなタイプの敵しか戦ったことがなかった。


 だがあの吸血鬼もそのタイプ。血の棘、茨の鞭、薔薇の爆発と変幻自在の武器。

 どれか1つ対応を謝ればいずれも致死に至る選択肢を相手に選ばせる。


「兄さんは今まで、自分と似た戦い方をする自分よりも強い敵と戦ったことが無かったんだ」


 あの吸血鬼は言うなれば無二の好敵手。自分と同じスタイルで自分よりも先を行く初めての強者。


「つまり、シンさんは今……」


 そう、簡単に言うなれば、


「今兄さんは……めちゃくちゃテンションが上がってる」


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