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黒と白  作者: 魚卵の卵とじ
始まり、宿る
49/55

49話

 至近距離で殺し合いながらその上空では棘と魚が衝突する。

 ワイバーンの鱗すら砕く水魚はしかし、ぎゃりぎゃりと嫌な音を立てて音をたて、終いには血の棘とともに霧散した。


 血の水がミストのように降るのなか、俺は短剣で押し切り回し蹴りを仕掛けるが、吸血鬼は勢いに従い距離を散ると回し蹴りは膜のように広げた血を固めた壁に防がれる。


「―――ッ」


 瞬間、軟化した血の壁が俺の足を呑みこみ動きを封じ、同時に他箇所が液体化。

 すぐに雷で壁を破壊し退避するが、土煙りを引き裂いて茨のような血の鞭が追ってくる。


「固体化と液体化……厄介だな」


 迫りくる鞭を短剣と雷で撃ち落とし、その間に上空へ飛んだ吸血鬼に対して水魚を放つ。


(わたくし)もここまで巧みに魔法を操る方は初めて見ました。身体強化も深くさらには魔法による二重強化。数も強度も棘に劣らぬ水魚の展開……とても器用なのですね」


 吸血鬼は血の壁を広げ水魚を防ぎながら剣を槍に変え投げうつ。


「『雷哮』、『雷鎚』」


 上空から『雷鎚』、下から『雷哮』で挟み撃つ。さらに水魚を創り出し反撃の隙を与えない。


 お互いが手数を武器に相手に選択肢を迫る戦い方。

 戦場はすぐに彼らの独壇場となり第三者に付け入る隙を与えない。


「……っ、後ろか」


 雷が衝突した地点には焼けた血の壁が一枚。そして吸血鬼の気配は俺の背後。


(血の壁を足場にして空中で跳躍したのか……判断が早い)


 背後から今度は大斧となった吸血鬼の一薙ぎ。

 即座に短剣に薄く水を纏わせて強化し迎え撃つ。


 当たり前のように加勢してくる血の棘の対応もしつつ、大斧のパワーを後ろに飛んで相殺する。


 ぴしりと音を立てた短剣は斧の重さに耐えられず、その刀身にひびを作る。

 この短剣は10本ワンセットのお得物。魔鉱製ではあるが王都の有名鍛冶師の弟子が練習がてら作ったもので、耐久性は一流のそれとは大きく劣る。それを抜きにしても大斧と短剣。見た目からしてこうなるのは一目瞭然で、シンもはなから「最後までともに」なんて考えていない。


(だが思ってるより重い……ッこの吸血鬼、斧術…いやそれだけじゃない!剣術も槍術もおそらくハイレベルで習得している!!)


 斧に押される形で後ろに大きく飛んだシンだが、吸血鬼は血の棘と茨を向けるだけで武器による追撃はしなかった。


「追い打ちはしないのか?」


「正面からせめても不意をつこうとも、貴方には防がれてしまうでしょう?」


 千を優に超えた剣戟と魔法の撃ち合いで二人は既に互いの実力は見切っていた。


 単純なパワー、速度はこちらが上。しかしそれを補うほどの魔力量を彼女は持っている。

 そして魔力制御はほぼ互角。


 なによりも戦闘のスタイルが同じ。機動力を活かした接近戦と魔法を使った遠距離戦をうまく混ぜ合わせたハイテンポな戦闘。

 こちらの策はギリギリで見切られ、あちらの策はギリギリで防ぐ。一進一退の攻防。


 魔力に物言わせたハルカのような火力ゴリ押しではなく、常に思索し相手の隙を探しだす。

 まるで鏡合わせのような相手。それがこの吸血鬼だった。


「このままでは面白みのない単調な剣の押し合い。それは貴方も望んでいないでしょう……さぁ、遊びはここまで。すこし舞台を変えましょう」


 吸血鬼の体から血色の魔力が溢れ出す。

 魔力にあてられた周囲の草木は簡単に毒に侵されて葉や幹を枯し、地面には代わりとばかりに血色の薔薇が咲く。


 一瞬にして風景は紅に塗り潰された。


 普通の吸血鬼ではできない芸当。明らかに別格。


「私、すこし変わってますの」


「真祖返りが少し、だって?随分控えめな表現だな」


 通常、吸血鬼は始まりの吸血鬼と呼ばれる真祖から世代を経るにつれて力が弱まる。それは吸血鬼が血によって魔物化する生態であるから。


 逆に言えば真祖に近ければ近いほど血は濃くなり力も強くなる。


 そして他種族と同様に先祖返りという事象が起きる。進化の過程で失った尻尾や角をもって生まれたりするあれだ。


 吸血鬼にとっての先祖返りが『真祖返り』


 強大な魔力を取り戻し、そして吸血鬼特有の弱点を克服した。


 その一つ、陽にあたることで弱体化するという致命的な弱点を真祖返りすることで彼女は失った。

 それにより、生まれ得たその膨大な魔力を夕日が沈もうとする今この瞬間も、最大限に解放できる。


「耳飾りつきだがハルレベルか」


 彼女が魔力を解き放つと同時にテレス山を覆うように薄く拡がっていた魔力がさっぱり消え去り、持ち主還っていく。


「もうすぐ夜です。貴方にとってのタイムリミット。果たしてそれまでに私を倒すことはできるでしょうか」


 真祖返りで日光を克服したと言っても完璧な真祖になったわけではない。依然、太陽の元では多少の弱体化が入る。

 つまり日が沈み月が登った時こそ彼女の本気。そしてそれまでが現状彼女と拮抗している俺の生存可能時間。


 今まで幾度も姿を変えてきた血の武器は三日月のような大鎌となり、血色の薔薇の庭園で吸血鬼は悲しそうに笑った。


「貴方とは是非全力でお相手したかったのですが……」


「そうだな。俺も全力であんたと戦いたかった」


 夜が来るまで本来の力が出せない吸血鬼。

 耳飾りで魔力出力に制限がかかっている俺。


 普段の俺ならばハルが控えているので夜まで待っても良かったのだが、生憎といまは()()()()()()()()()


「確かに全力で、とはいかないが……」


 薔薇の庭園には、俺よりも前に彼女の戦い散っていった冒険者の武器がいくつも地面に刺さっている。

 その中の1つをヒビ割れた短剣の代わりにとる。


()()でいくぞ」


 今までよりも一層強く身体強化をかける。


「えぇ。本気で……殺し合いましょう!」


 そうして再びハイテンポな戦闘が始まった。


 先手は変わらず俺。速度で優っているというアドバンテージを使い強引に正面突破する。


(血の薔薇は魔力の高密度圧縮体。『雷哮』の前の球みたいなもんだ。だからおそらく……)


 一歩目を踏み出した右足が血の薔薇に触れる。


 薔薇に込められた魔力が反応し大爆発―――


「だろうな……っ!」


 ―――を球状に展開した水の膜で防ぎそのまま突っ切る!!


「貴方なら臆せず踏み入れるでしょう」


 それを読んでいた吸血鬼が冊座に離れた位置の薔薇を操り茨の鞭を伸ばし、水の膜ごと俺を囲い込み蛇のように締め上げる。


(反応が早い、対応が早い……いや、圧倒的に読みがいいのか。俺の数倍長く生きて戦ってきた吸血鬼の戦闘思考的勘!!)


「『雷―――!」


「ふっ!!」


 茨の鞭でのすり潰し、それを雷で破ろうとした俺の()()()()血の大鎌が襲いかかる。


(俺の雷が直線的な動きしかしないことを知って視界を潰してから背後に……ッ)


「っ『双極(ディオスクロイ)』!!」


 魔力、魔法、スピード、パワー。

 そういったいわゆるステータス上の総合値ではほぼ互角。


 しかし、吸血鬼には戦闘経験からくる研ぎ澄まされた先読みがある。

 その時点で俺は後手。速度が上回っていようが彼女の先読みに捕まれば意味が無い。


(ったく、あの武者鬼といい先手を取るのが上手い。最近こんなんばっかだな)


 あの魔人も頭のおかしいとしか言いようがない反応速度と歩行術でこちらの動き出しを上回り強制的に後手を強いてきた。

 そして吸血鬼は単純な読みで俺を封じようとする。


 どれだけ全速力で走ろうとも、彼女の読みの内では勝ち目はない。


「だったら……全速を越える」

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