47話
『アルフェスト王国山の大きさランキング』みたいなものがあったらテレス山は間違いなくトップ5に入るほど大きさがある。もちろん一位は大龍山脈だ。
麓は馬車でも一周に10日は確実にかかる。当然馬の休憩時や夜間は走れないし、馬の具合によってはもっと時間がかかることもある。
その大きさはシンたちが平原を駆けはじめ1日と少しでうっすらとその影が見え始めたことからも分かるだろう。
いまシンたちはそのテレス山の山頂にあるという湖に向けて山登り中である。
「さすがに道が悪いな」
月明かりがあるとはいえ、こうも木が生い茂っていてはさして効果は無い。
あまりの悪路にいつものスピードが出せずにいたシンは木の枝を飛び移ることを選んだ。
ルシェルはそのさらに上。生い茂る木の上を風魔法を使い飛行している。
シンはまっすぐ山頂へ先導するルシェルの魔力を目印に、迷路のような山中を駆けあがっていた。
「空飛べるってのは便利だな……」
ちなみにハルカは足元に起こした爆発を利用した空中移動を用いてルシェルと同じく空を飛び先に山頂へ向かっている。
これは別に景色に興味があるというハルカが二人を置き去りにしたというわけではなく、山の麓に近づいた時にシンが感じた違和感に理由があった。
『なんか、変な感じがする』
『変な感じ?珍しいね。兄さんがそんな曖昧なこと言うの』
『異変と関係がありそうですか?』
『たぶんな』
たとえるなら魔力で作られた領域に足を踏み入れたような感覚。内と外で完全にエリアを区切る結界と違い、これはその『なにか』もしくは『何者か』の魔力が及んでいる範囲にすぎず、さらにはだいぶ抑えられた状態であること。そしてこの魔力には敵意も悪意も感じられなかったことから、人一倍(エルフの中でも特に)魔力に敏感なシンでもこんな曖昧な感想になったのである。
この感覚はすでにハルカ以上の魔力感知が出来るようになったルシェルでもまったく感じれないほど些細な違和感で、テレス山全域を覆う魔力量と、それをここまで隠す事が出来る『ナニカ』を警戒してハルカを先行させ山頂へ向かっているということだ。
「シンさん!もうすぐ山頂です」
空を隠す枝と葉の上からのルシェルの警告通り、すぐに視界が開け次に飛び移る枝がなくなった。
「……っと。どうだハル」
「うーん。その何かが山頂にあれば僕でも分かると思うんだけど特に何も感じないね」
たどり着いた場所には視界一杯に広がる大きな湖。完全に山頂というわけではなく、山の途中をなにかがくり抜いたような横穴が貫通しており、その空洞の中に水がたまったような形をしている。
巨大な横穴の俺たちが上ってきた側と反対側からちょうど月が覗いており、湖面に反射している。
「シンさん。あれ」
洞窟の中の湖で2つの影が踊っていた。
1つは藍色の髪をした儚げの笑みを浮かべる少女。
もう1つは月白色のケラケラと笑いながら相手の手を取る少女。
2人の少女は水面に映る月のなかを舞台にして夢中になって踊っていた。
「月の妖精と湖の精霊」
「綺麗……」
テレス山を覆うねっとりとした魔力がこの場所だけ浄化されたような錯覚すら覚える。
俺たちの存在に気づく気配もなく、いや気づいていて無視しているのか彼女たちは笑いあって舞踏を踏む。
絵にすれば世界中の美術家が大金はたいて欲するほどの光景だ。
「でも、なんだか弱々しい。きっとテレス山を覆っている魔力のせいだ」
この魔力は毒のようなものだ。短時間なら問題ないが長く触れれば体を蝕む。
物理的な肉体を持つ存在にとっては弱い毒だが、彼女たちのような体の過半数以上が魔力でできている存在にとっては劇毒になりうる。
「ならどうしてここから離れないのでしょう。テレス山から離れれば魔力の影響は受けないはずなのに」
「単純な話だ。ここが気に入ってるんだよ」
風の精霊が空を飛ぶことが好きなように、水の精霊が海に多く住むように。
この場所は月が良く見え湖も澄んでいる。あの二人にとってはかけがえのない場所なんだろう。
「もう帰るぞ」
2人の力はもう限界に近い。おそらく、もって1日。早ければ今晩中に消えるだろう。
最後の瞬間に観客は不要だろう。
きっと彼女達も2人きりを望んでいるはずだ。
それから山を降りた俺たちは麓の村の村長に無理を言って部屋を貸してもらい走り続けて疲れた体を休めた。
翌日の午後。再び山を登り湖へ向かったが、やはりそこにはあの少女たちの姿はなく、気配もまったく感じられなかった。
「やっぱいないか。ん?」
湖の中からテレス山を覆っているものとは別の魔力を感じる。
この魔力は……
「シンさん?」
俺が湖に足を踏み入れながら魔法を使うと、周囲の水は俺を避けるように上空に浮かび上がり湖の水すべてが地面から離れる頃には、計4つの胸びれをもつ巨大な魚が出来上がる。
とりあえず巨大魚は適当に浮かばせておき、俺は中へ進む。
湖の一番深い場所。そこに一固まりになった水球があった。
これは俺がわざと残した訳でなく、まるで意思があるかのように魔法に反し、内側に何かを包んでいた。
「湖の精霊が遺した水……中にあるのは……」
水の中に手を突っ込み中にあるものを引き抜く。
「その感じ、魔石?いや……」
「霊核だな」
妖精族は精霊に力を奪われたことで肉体を得た。だが過半数が魔力で構成される半端な体には依り代、核が必要だった。それが霊核。魔物の魔石と似たような役割の綺麗な石ころだ。
大きさはその妖精の強さによるが、この霊核は手のひらにギリギリ収まらないくらい大きい。
そして核を遺す妖精族に対して精霊は消える時に何も残さない。
ルシェルとシルフィのように確かな関係値があり精霊がその気であれば、精霊の遺贈物として生まれ変わるのだが、今回はそうじゃない。
それでも死んだ後もこうして親友を守り続けた意思は凄まじいとしか言いようがないが。
「精霊の魔力が霊核を守っていたのはこの魔力からでしょうか」
「おそらくな……ッ!?」
「この魔力……!!」
穴の向こう側。俺たちが通ってきた道と反対側から突如強烈な魔力が現れた。
テレス山を覆っている魔力と同じ。このねっとりとした魔力をもっと重くした重厚な血の気配……!
「……動かない。いや、戦闘中か……?」
魔力感知を広げれば、一番強い気配の周囲に別の魔力を感じる。
数は多い。だがほとんどが瀕死状態。まともな反応は10もない。
「この魔力は……」
それらの魔力から距離を置いて戦場を観察しながら支援をしている見覚えのある反応が一つ。
「様子を見に行く」
戦場へ走り出した黒い男の顔はなぜだか嬉しそうで、そのことに彼自身気づくことはなかった。




