44話
突然現れる獣人……どこかで聞いたことがあるな。
確か冒険者にそんな人物がいた気がする。
曖昧な記憶を掘り返していると、周囲の魔力が歪み始めた。
歪みはすぐに大きくなり中心が穴のようにぽっかり開くと、やがてその中心から一人の獣人が姿を表した。
「あん?なんだ生きてやがったか。クソもやし」
錆色の毛とぴょんとたった獣耳。あぁ思い出した。コイツはたしか……
「『運び屋』グリンド、だったか」
ふんと不機嫌そうに鼻を鳴らして『運び屋』は答える。
「あぁそうだ。俺は『運び屋』錆狐のグリンド。高貴なエルフ様に覚えられていたとは、あぁまったく光栄だな」
光栄とは毛ほども思ってなさそうに顔を顰めながら男は狐の獣人だと名乗る。
「『運び屋』……?いえそれよりも、どうしてシンさんがエルフだと?」
「鼻だよ。コイツは獣人でも特に鼻がいいらしい」
初めて会ったのは、というかあの時以外会ったことは無いのだが、半年前だ。例のワイバーン事件の後。その時も今も、俺は変わらず耳飾りで変装をしていた。
別件で王都の外にいた俺にメルヴィスからワイバーンが暴れていると知らせが来てそれを討伐。素材を剥いで行きたかったが時間がなかったので魔石だけとって王都へ帰還。行きつけの素材屋でワイバーンの魔石を売ろうとした俺に路地裏で話しかけてきたのがこの男だ。
グリンドはあの時俺とは別にギルドからの依頼で冒険者たちの救助に行っていたらしく、到着した時にはワイバーンは全滅。当の俺はすぐにその場を離れて、残ったのはワイバーンの死骸だけ。ギルドから正式な依頼を受けたグリンドは当時の状況を詳しく聞くため俺に接触してきたのだ。
「その時にも耳飾りで変装はしてたけど、コイツは俺がエルフだと見破った」
「どれだけ魔力を上手く隠しても、その上手さが逆に不自然になる。お前のは目立たなすぎた。ワイバーンの群れをソロで倒した魔法使いがただの人間なんてありえねぇ」
「獣人の鼻はそこまで感じ取れるものなのですか?」
「さっきも言ったろ。こいつの鼻は特別だ」
「なるほど……ちなみに、どうしてあそこまでシンさんを嫌っているんでしょうか」
「知らんしどうでもいい」
どれだけ嫌われていようとも、実害がなければ好きにしてくれというのがシンのスタイル。
目の前で陰口を言われようとシンは決して動じない。
「知らんし、じゃねぇ……今回も半年前もせっかくの休暇に呼び出され!現場に着いてみればどこぞのモヤシが勝手に討伐して無駄足!!極めつけは、あの時てめぇがギルドとの約束すっぽかしたせいで、俺ぁ余計な使いをギルドの野郎に押し付けられて、散々な目にあって仲間に迷惑かけちまう始末!!これで嫌いにならないでいられるか!?」
「あ?何言ってる。ギルドとの約束事?そんなことした覚えは……」
いや一つだけあった気がする。いやでもあれはギルドからの一方的な押しつけだったし……確かにA級に来てもらうとか言ってたような気がするが……
「わざわざギルド側が用意した昇級試験。それを一介のD級冒険者が無視。監督役にわざわざ呼ばれた冒険者が俺!!分かるか!?てめぇは俺の貴重な休暇を3度も潰したんだぞ!?」
『いや、後半に関しては俺じゃなくギルドの方に文句を言えよ』、といいたかったがあまりの勢いにタイミングを失ってしまった。
「シンさんの昇級試験を……ということは、もしかしてグリンドさんはA級の冒険者?」
「……あぁそうだ。『錆翼の剣』所属『運び屋』グリンド。このモヤシ野郎とつるむ気ならつけろよ嬢ちゃん。コイツは無意識に周りに迷惑を振りまく。程よい距離感を勧めるぜ」
どうやら俺は知らないうちに狐の獣人の不興を買っていたらしい。まぁどうでもいいんだが。
「それより今回はなんでここに来たんだ。また依頼か?」
グリンドは冒険者内では有名な人物で、酒場に行けばいろんな噂を聞ける。A級の冒険者というのも話題の種の一つだが、彼を語るうえで最も重要なのは彼が『運び屋』と呼ばれる由縁。
その便利な力を買われギルドからの高難易度指名依頼を幾度もこなしているらしい。
「……まぁな。ちょっと前に大龍山脈にいってたC級のパーティーがワイバーンの巣でボロ切れを着た不審な人物を見たらしい。そいつに触れられたワイバーンは途端に様子がおかしくなって暴れ出した。パーティーはワイバーンを止めようとしたが力及ばず撤退。大けがしながらギルドに報告して、結果俺に依頼が来たってわけだ」
「手で触れたワイバーンが暴れ出す、ね。その不審者右目から捻じれた角が生えてなかったか?」
「角?聞いてないな。ただ魔力とはちがう不気味な力を感じたらしい。まぁ大けがした冒険者の報告だしあんま信憑性はない。」
周囲に広げていた魔力感知を単龍山脈に集中させる。
さすがに距離があるので大雑把になるがワイバーンの巣らしき場所をサーチ。その一つ、中が何かが暴れまわったように荒らされ、住民がいなくなった一軒家二つ分くらいの洞穴に違和感を覚える。
(ほんの僅かだが、確かに魔力ではない禍々しい気配の残滓を感じる。小さすぎて断定h出来ないが、ほぼ確定といっていいだろう〉
手で触れた魔物が瘴気に呑まれ暴れ出す。俺はその光景を知っている。
冒険者が見たという魔力とは違う異常な力はおそらく瘴気だ。
「ここに来る前すでに巣の方は見てきた。報告には巣に5体のワイバーンがいたらしいんだがお前を襲った二体以外に姿は無かった」
「ワイバーンは一体でもC級パーティーがやっと討伐できるくらい狂暴。3体ともなると危険度は跳ね上がります。すぐに探し出さなければ」
ルシェルの言う通り、3体のワイバーンが山を下りて街を襲えば多くの死傷者が出るだろう。
「そうなんだが手がかりも目撃情報も何もねぇからな。しばらくは様子見になる。ギルドの方もそう判断するはずだ」
「騎士団の方も同じだろうな。すぐにどうこう出来る問題じゃない」
「あぁ。そういや……ほらよ」
話がひと段落したらグリンドが何かを思い題したかのように右腕を振ると、空から丸焦げのワイバーンが落ちてきた。
鱗はほとんどが剥げており、翼もボロボロ。だが中身までは傷ついていない絶妙な手加減。
「回収といてやった。感謝しろ」
空中にいた俺をブレスで攻撃してきたワイバーンだ。『雷哮』でとどめを刺して放置したままだった。
「嫌っている割には律儀だな」
「獲物は倒した奴のモン。常識だ。冒険者やってるならそういう『モラル』ってのを大事にしなきゃなんねぇ。あぁ、お前の正体も言いふらしてねぇから安心しろ。じゃあな」
そう言い残すと再び腕を振り、リングが光り出すとグリンドの姿は消えてしまった。




