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黒と白  作者: 魚卵の卵とじ
始まり、宿る
43/55

43話

 人は凡人の天才に分けられる。


 凡人とは誰かが居なきゃ何もなし得ないようなヤツ。1を2に、2を3にするように、誰かの跡を辿ることしか出来ないヤツのこと。


 天才とは誰もなし得ないことを成し遂げるヤツ。0を1にしたり、1をAにしてみたり。凡人とは違う思考回路を持ってるヤツのこと。


 だが天才だからといって誰の助けも借りずにソレをなせるとは限らない。凡人の集合知を借り、そこに少しの発想を加えて『天才』と成ることもある。


 凡人は様々であり、天才もまた様々。

 だが俺が思うに、天才とは『自分で思考出来るヤツ』のことだと思う。これはあくまで思考の話なので、剣の天才、魔法の天才とかはまた別の話だ。


 まぁ何が言いたいかと言うと、「ルシェルは天才だった」ということだ。


 ◆


 緋色大猿。この龍の森の猿系魔物の頂点。人の5倍はある巨体と分厚い皮。ひと撫でで木を切り倒す鋭さを持つ長い爪。なによりもこの魔物を危険たらしめているのはその巨躯を十全に生かすことの出来る膂力。


 俺がこの森の調査依頼を訓練用として受けてきたのは、魔物の中でも猿系の魔物は人間に似た体と知能を持っているからだった。魔物との戦闘経験と同時に対人の経験も積ませようとしたのだ。


 しかしこの大猿は明らかに人間に似ているじゃあ済まないほどの敵。本来はコイツの相手をさせるつもりはなく、あってもまだ先のつもりだった。


「ふっ!!」


 殴りかかった緋色大猿の右腕が切り飛ばされる。

 腕の内に上手く入り込みカウンターでの攻撃。ひらりと攻撃を交わしたその身のこなしは風のように軽やかであり優雅。


 緋色大猿は左腕で反撃するが、ルシェルの身を守るように纏った風が攻撃を受け流し、回転の流れに乗るようにルシェルの体がひらりと回る。


 魔物の胸にあるのは心臓ではなく、そこにあるのは魔物を魔物たらしめている魔石だけ。


「―――風よ、吹け(シル・フルス)


 とはいえ魔石と心臓は同じ役割をもつ。すなわち生命の源。そんな魔石を失えば魔物は死ぬ。


「ガァッッーーー!!」


 緋色大猿の胸に直径10cmほどの穴が出来る。

 攻撃といえるのはわずか2度。戦闘時間およそ5分。


 魔法を習い始めて


 ―――約2ヶ月。


「……一応Aランクの魔物なんだがな」


 緋色大猿単体としてはC上位。Bに限りなく近い程度。

 しかし、緋色大猿は一夫多妻で多くの取り巻きをもつ。その生態から100匹近い集団まとめてAランクの魔物とされている。それを2ヶ月の訓練で瞬殺とは。才能の塊だな。


 ちなみに、その取り巻きは巣に入った瞬間に『雷鐘』で殲滅し俺の椅子となっている。


「お疲れ、でいいのか分からんけど、まぁお疲れ」


「ありがとうございます。ただ……本当は廻る星々(アステル・ハーデ)のように魔力で形作ろうと思ったのですが……やはり上手くいきませんでした」


「それは魔法の性質みたいなもんで、水の魔法だから出来たっていう理由はある」


 廻る星々(アステル・ハーデ)はまず拳大の水玉をグッと凝縮する。それを無数に作り強引に集めて初めて一匹の水魚が作られる。

 有形であり無形でもある水だからこそここまで形が作りやすいのだ。


 風魔法でもできないことは無さそうなんだが、適性がない俺には分からない問題だ。


「魔力を圧縮するまではいいんですがそれを無数に、で躓いてしまって。なので方向性を変えて常に体に風を纏わせて戦おうと思いました。攻撃力は劣りますが、その方が格段に扱いやすいので」


「正解だな」


 いくら俺が教えようと、彼女には出来るものと出来ないものがある。

 出来ないものに拘らず、そして俺の真似に留まらず、教えられたことを自分なりの解釈に落とし込み再現する。そこには俺の教えに縛られない『自分の考え』があった。


 ルシェルは紛れもなく天才側の人間だった。


「んじゃ、売れそうな素材を剥いでさっさと……ん?」


「シンさん?」


 研ぎ澄まされた魔力感知が、大猿の巣である洞窟の外から強い気配が近づいてくるのを感じ取る。


「空から……ワイバーンか」


 大龍山脈にはワイバーンの巣がある。だが自分から麓に降りてくることは無いはず。

 半年前あのときは馬鹿な冒険者がちょっかい出して怒ったワイバーンが森に出たらしいが、今回もその類か……?


「ワイバーン!?どうして……!」


「分からん。ひとまず……ルシェル剣貸せ」


 ワイバーンの鱗は硬い。俺の短剣じゃすこし厳しい。

 ルシェルから剣を受けとり体に魔力を流す。地面を軽くつま先で蹴り具合を確認し、外套の襟を伸ばし口元まで覆う。


「ワイバーンの素材は高く売れる。嬉しい収入だな」


 身体強化による超加速で一気に洞窟から飛び出し、その勢いで木の枝を使い上空へ飛ぶ。


 森を飛び出し開けた視界は、すぐに青空に染められるが、その中に1つの黒点が存在した。

 黒点と俺は互いに速度を緩めず距離を詰める。


「『廻る星々(アステル・ハーデ)』」


 4匹の水魚を展開。即座に射出。


 2匹は左右の翼の付け根に上手くぶつかり、翼をひしゃげさせる。翼を折られた飛竜はバランスを崩す。

 次の水魚は真正面からワイバーンと激突。強度を控えめにした水魚はワイバーンの顔面を上に逸らすに留まり、飛沫となって宙へ消える。


 一瞬でワイバーンは無力化され致命的な隙を晒す。


「貴重な素材だ。あんまり傷は付けたくない」


 腰だめに構えた剣を魔力で覆い強度を補う。さらに、薄く圧縮した水の膜をその上に重ね、ブレードのように刃の周りで回転させる。


「その首、貰うぜーーーッ」


 水魚とぶつかり無理やり上を向かされた長い首に切りかかろうとしたそのとき、不意に大龍山脈の方から飛んできた大火炎に包まれた。


「シンさんーーーッ!?」


 遥か下方でルシェルの声が聞こえる。


 まったく、この程度の炎じゃあ俺に傷一つつくわけないのに。いったい俺がこれまで誰を相手に訓練してきたと思ってる。


アイツ(ハル)に比べりゃ温い炎だぜ」


 本来マグマに匹敵する温度のワイバーンのブレスがたった一枚の水の壁を破れず蒸気を上げるに留まった。

 自身ととどめを刺し最後の水魚に咥えさせたワイバーンの死骸をさらに包み込む水の膜。水魚ではなく、高速に流動する完全な水の膜が大きなドームを作り出し彼らを守ったのだ。


 ワイバーンを加える水魚に剣を刺して固定させ、空いた右腕を後ろに引く。その先に木に隠れた森を照らすほどの雷球が現れる。


「いっぺん卵から出直してこい!『雷哮』!!」


 ビームのような極光が山脈の上空を飛んでいたもう1匹のワイバーンを呑み込み、その背後の山脈まで削り取った。


 ◆


「ワイバーン2匹を相手に無傷……不意打ちのブレスも受け流し、遠く離れたワイバーンを一撃で……攻防一体の水の魔法と超火力の雷魔法……すごい」


 どちらも今のルシェルでは制御できないほど高度に編まれた魔法。

 多属性使い(エレメンタル)は一人で複数の属性扱えるというだけで強力だが、その反面、属性を切り替えての高速戦闘は難しいと聞く。


 だが空から落ちる紫黒の師匠にはそんな様子を全く感じられなかった。それを成すのはエルフの特性故か


「違う……あれはシンさんが今まで培ってきた技術。決して種族の才能だけではなく、地道な訓練を続けた結果」


 シンという魔法使いのレベルを思い知る。どれだけ高みにいるのか。そしてそこに至るまでどれだけの努力をしてきたのか。


 そんな感想を抱きながら空中から落下してくるシンと水魚の姿を見ていると、ふと思い出す。

 シンは風魔法で飛べるわけでも、ハルカのように炎の爆発で無理やり飛ぶこともできないのだ。


「さ、さすがにあの高さはシンさんでも……!」


 つまり着地はルシェル任せ。最初からそのつもりで飛び出したのだ。

 風域を作り、受け止めようとした時、背後から声がかけられる。


「チッ。ギルドのやつ、あの野郎ががいるなら俺必要なかっただろ」


「……っ!?」


 突如背後に現れた気配に体中の警報がなりひびく。


「あぁ、悪い。驚かせたな。バトる気はないから嬢ちゃんはアイツを受け止めてやれ」


 振り返った先には、錆色の毛とぴょんとたった耳をもつ男の獣人がいた。

 冒険者らしい身軽な格好と右手には何やら怪しい光を放つリングを嵌めている。


(確かに敵意は感じないけど……)


「ん?助けないのか?そりゃいい。アイツがぺしゃんこになるのは面白そうだ」


 ガハハと笑う獣人はシンと面識があるようで、どうもシンを嫌っているらしい。


「……」


 敵意は感じられないのでひとまず獣人の事は無視してもいいと判断。自由落下をしているシンの着地を助けに行く。


「シンさん……!」


 急いで風で簡易的なベットを作り落ちてきた師匠を受け止める。


「……ギリギリだな。次はもうちと上で受け止めてくれ」


「す、すいません……いえそれよりも急に獣人の男性が現れて」


「急に獣人が現れた?」


 あれどっかで聞いた話だなと言いながら無事着地したシンを見届け、先の獣人のことを説明しようと振り向く。


「あれ?」


 そこには既に誰もいなかった。


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