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黒と白  作者: 魚卵の卵とじ
始まり、宿る
41/55

41話

「行くぞ」


「あっ、はい!」


 冒険者ギルドには初めて来るのか、ルシェルは少し気圧されたみたいだ。

 無理もない。ここにいるヤツらの目はどいつもこいつもギラギラしてて居心地がいいとはいえない。


 突然ギルド現れた子供2人。女の方ははこの場にいるには少しひ弱に見える美少女だ。飢えた野獣のように少女へ視線が注がれる。


 だがそれも少しの間だけだった。

 庇うように横の少年から敵意をはらんだ魔力が放たれる。ほんの少し、威圧の意味を込めて出した魔力は、確かに少女から視線を奪い……そして少年自身からも逸らさせた。


「げっ、()()()かよ」


「手ぇ出すとこだったぜ。あぶねぇあぶねぇ」


「にしてもあの野郎が女連れとは珍しい」


 一瞬静まり返った空気が再び喧騒を取り戻す。


「大丈夫か?」


「……だ、大丈夫です。すこし驚きましたが」


 ここのおっさんどもは子供だとみるとすぐに突っかかってくるからな。最初に()()()()()()()あとあと面倒臭い。


 懐かしい記憶を思い出しながら受付へ進む。


「ルシェルは冒険者登録はしてないんだったか。ならそこからだな」


 扉の正面。少し進んだところに受付がある。

 見た限り、彼女は居ないらしい。


 冒険者のランクはGからAの7段階。登録後は例外なく最低ランクであるGから始まり、Dランクまでは依頼の達成数に応じて順に上がっていく。

 DからCそしてそれ以上のランクへは都度昇級試験を受ける必要があり、そこで合格することでランクをあげられる。


 これはCランクから冒険者個人への指名依頼が可能になるからである。

 指名依頼は貴族も利用する制度で、昇級試験には貴族に対する最低限の礼儀やマナーの採点も含まれている。実力以外も問われるということだ。


 そういうこともあり、世間的にはCランク以上が一人前の冒険者とされている。


「シンさんのランクはいくつなんですか?」


「俺は……」


 答えようとした時、背後から声をかけられる。


「お久しぶりですねぇ。シ・ン・さ・ん?」


「げっ……受付にいないと思ったら外に出てたのか……」


 背後にいたのはギルドの制服を着た若い女性だ。シンの紫がかった黒髪とは違う、綺麗な黒の髪。眼鏡の奥には理知的な瞳と泣きぼくろが見える美人。

 彼女の名前はエレイン。冒険者ギルドの受付嬢だ。


「今日という今日は!絶っ対に試験受けてもらいますからね!」


「いや、今日は俺じゃなくてこっちの用事。その話はまた今度」


「そんなこと言ってまたはぐらかすつも、り……あ、アルカード公爵令嬢!?」


「んじゃルシェル。登録はこの人にしてもらえ。俺は依頼を見てくる」


 面倒臭い女をルシェルに押付けシンは、壁際の掲示板へ依頼を見に行くといい逃げ出した。

 残されたルシェルとエレインは相変わらずだなぁと、偶然にも同じ感想をその後ろ姿に抱いていた。


「もう!あの人は……あ。こ、こほん。冒険者ギルド王都支部へようこそ。私はエレイン。受付嬢をしています」


「ルシェル・アルカードです。今日は冒険者登録をしに来ました」


「冒険者登録ですね。ではこちらへどうぞ」


 エレインはすぐに笑顔を取り戻すと、受付嬢としての仕事を始める。

 ルシェルを受付に案内し自身はその裏へ回ると1枚の紙を取り出した。


「この紙に氏名と年齢、魔法が使えるならその属性、どんな武器を使うのかなど出来るだけ記入してください。隠したいのであれば書かなくても大丈夫です。そういった人も一定数いますので」


「分かりました」


 受け取ったペンにインクをつけて用紙へ必要事項を書いていく。

 特に隠す必要も無いので詰まることも無くスラスラと筆を走らせ、すぐに書き終えた。


「はい。ありがとうございます……確認ですが、魔法は風魔法でよろしいですか?」


 ルシェルが魔法を使えないというのは表立って公開している訳では無いが、極秘の情報という訳でもない。人の集まる冒険者ギルド王都支部の受付嬢。その中でも一際真面目で知られるエレインはルシェルのことも知っていた。

 だがそれはもう昔の話だ。


「はい。間違いありません」


「ふふ、失礼しました。ではこちらの情報で冒険者登録をさせていただきますね」


 受付の壁を挟んで紙を受け取ったエレインは、代わりに青銅のプレートをルシェルに手渡した。


「こちらがGランクの冒険者証です。ランクごとに材質が変わり青銅、赤銅、黒銅、銅、銀、金、そして聖銀となります。依頼の達成数が規定数を超えた時こちらで新しい物を用意し、その段階で昇級となります」


「確かCランクからは試験を受けるんですよね」


「はい。基本的に冒険者側の希望で試験を実施し、ギルドから認められた場合にのみランクが上がります……稀に、本っ当に稀ですが、『面倒臭い』からといって試験を受けようとしない人がいます。その場合はギルド側で強制的に試験を用意しますのでそのつもりで」


 ついさっき会ったばかりだが、ルシェルは遠い目をする彼女が誰のことを言っているのかすぐに分かった。

 身の丈に合わない依頼に無茶に挑もうとして命を捨てに行くような馬鹿を防ぐため、危険な依頼にランクによる制限があり、その分報酬も跳ね上がる。そのため冒険者にとってランクの高さは実力を示し名声を得られることは当然、得られる報酬が低ランク帯とは天と地ほどの差があるので、『高い方がいい』というのは共通認識だ。それを面倒だからで断る人は彼しかいないだろう。


「じゃあもしかして、シンさんのランクって……」


「……Dです。ありえますか?1人で飛竜の群れすら討伐できる魔法使いがDランクですよ?ギルドとしては実力にあったランクについて欲しいっていうのに……!いくら言っても受けようとせず!!せっかくAランクの冒険者さんを呼んで試験を準備したのに顔すら見せなかったんですよ!?」


「……あはは」


 美人の顔を歪ませてぷんぷんと怒る年上の女性を見ながら、あの人らしいなとルシェルは思った。


 飛竜、別名ワイバーンとは真なる龍のなり損ないと呼ばれる魔物で、本物の龍と比べるとその戦闘力は比べるまでもなく弱い。だが腐っても竜。鱗は剣も魔法も弾くほど固く牙は鋼鉄すら容易く貫く。空を縦横無尽に動き回る大型の魔物というだけで厄介なうえ、やけに好戦的。

 一体でもCランクの冒険者がパーティを組んでようやく倒せるレベルの魔物だ。


 それをソロで討伐できる魔法使いはDランクで収まる存在ではない。


 それでも上のランクを目指さないのは本当に面倒だからだろう。

 指名依頼なんて、強制的な仕事の請負だ。相手が貴族なら尚更断れない。


(ハルカさんからは貴族とは出来るだけ関わりたくないと聞きましたが、本当だったんですね)


「ルシェルさんはシンさんとパーティを組むのですか?それなら貴方からもぜひ!彼に言ってやってください!」


「パーティという訳ではありませんが、了解しました、私もシンさんはもっと評価されるべきだと思います」


 ギルド職員として優秀な冒険者は実力にあったランクについて欲しいエレインと、尊敬する魔法使いが他人から評価されないのは許せないルシェルはすぐに意気投合した。



 その後、エレインから冒険者の説明を受けたルシェルはシンと合流するため掲示板の方へ向かった。

 その途中。背後から1人の男が声をかける。


「やぁルシェル嬢。こんなところで奇遇だね」


「……!貴方は、ウルリッヒ・ナイデル……何の用ですか」


 そこに居たのはナイデル侯爵の長男ウルリッヒだった。

 ウルリッヒは男にしては長めの金髪をサラリと手で払い1歩ルシェルに近づいた。


「受付で初心者用の説明を受けているのを見かけてね。よかったら僕のパーティに入らないかい?」


 彼の背後にはパーティメンバーと思われる三人の女がいた。

 美人と言う訳では無いが顔は整っており。いずれも露出が多い装備をしている。そして首元には奴隷紋と呼ばれる刻印が刻まれていた。

 顔はやつれ目元には隈ができている。髪も肌も女性とは思えないほど荒れていた。


「……奴隷を買うのはあなたの勝手ですが、見たところあまり良い扱いをしていないみたいですね」


 ナイデル家は遊び人の家系。常に女を侍らせ時には視線を憚ることなくそういった行為をすることもあるという。だが侯爵の地位は重く、財力も権力も並大抵のものでは刃向かえない。


 あまり評価は良くない。かくいうルシェルも彼、ひいてはナイデル家には良い印象を持っていなかった。


「大きな仕事の帰りでね。彼女達のことは気にしないでくれ。それよりも……」


 ウルリッヒはさらに一歩近づくと、ルシェルの髪に飾られた銀の装飾へ手を伸ばした。


「なかなか綺麗な髪飾りだ。ルシェル嬢の髪の薄い緑にとてもよく似合っている」


「……っ、やめっ」


 三人の奴隷に同情している隙に、ウルリッヒの手が髪飾りへ触れる。

 2人の母の形見。何よりも大事な宝物に。


 もっとも大事な物を汚されそうになる危機に、体よりも先に魔力が反応する。

 意志とは反対に魔力が暴走を始める。


「―――っぁぐ!」


 もう限界というところで勢いよく飛んできた何かがウルリッヒの手を弾き飛ばした。


「それの価値も知らない奴が、それに気安く触んじゃねぇ」


 魔力が暴走しかけた瞬間、背後から聞きなれた声と共に腕が回され視界が優しく塞がれる。


「落ち着け。魔力は感情だ。焦れば焦るほど押さえられなくなる」


 声と手から感じる暖かい魔力に導かれ、深呼吸をながら波立った感情と魔力を制御する。

 次第にルシェルは平静を取り戻し、荒れる魔力も落ち着きを取り戻す。


「魔法使いは常に冷静じゃなきゃいけない。気をつけなきゃ取り返しがつかなくなるぞ。今のお前の魔力は常人のそれとは訳が違うんだ」


「すいませんシンさん……ありがとうございます」


 なんだなんだと様子を見ていた周りの荒くれ者たちも、シンが出てきたことで終わりを悟り食事に戻ったり依頼を探し出したりと元の日常に戻る。


 もともと冒険者ギルドは喧嘩が起こりやすい場所だ。経験がある者なら「またか」と受け入れ安い。


「き、貴様ァ……僕にこんなことして許されると思ってるのか!?」


 床にうずくまり手を抱えるウルリッヒ。背後の奴隷が回復系の魔法を使えるようで早くしろと怒鳴りつける。


「お前が何者かは知らないしどうでもいい。これ以上怪我したくないなら関わってくるな」


 腕がミンチにならなかったことに感謝するんだなと言い残し、ルシェルの手を取りギルドを後にする。


「ま、まて!!貴様、シンと言ったな、その名前にその顔。さてはハルカの兄だな!?覚えていろ、僕に手を出したこと後悔させてやる!!」


 俺はコイツを知らないが、向こうはハルカを知っているらしい。ハルは交友関係がやたら広いから知り合いか。年齢的には学園の生徒かもしれない。まぁその辺は俺にはどうでもいい。


「お前がハルをどうにかできるとは思わないが……」


 シンのその目をルシェルは初めて見た。

 普段から目つきも口調も悪いが、それが彼の普通なのだと、短い付き合いで理解していた。その粗野な見た目と裏腹に思考は冷静で、何があっても『自分』を曲ることはない。他人に興味を持たず、恨みも妬み敵意すらも持たない。

 それがルシェルが彼に持つ印象だった。


「俺の家族に手を出すのなら次は容赦なく殺す。手だけで済むと思うな。塵も残さず消してやるよ」


 ルシェルとって耳飾りがそうであるように、『家族』こそシンにとっての逆鱗。

 それにてを出すというならば誰であっても殺すという殺意。


 シンの他人に対するメーターは基本ゼロから動くことは無い。自ら関わりに行くことは少ないし、多少の関係値があろうとも『他人』の位置から動くことは無い。そのメーターが一瞬、マイナスへ振り切れた。


 表情が大きく変わったわけではない。せいぜい目を細めた程度。魔力すら微塵も揺らがず、暴走なんて三流のやることはもってのほか。


 たが、この瞬間のシンの瞳には明らかな敵意が宿っていた。


 ◆


「リーダー。あの紫髪何もんなんすか」


 シンとルシェルがギルドを去った後、酒場で一部始終を見ていたとある新入りがパーティのリーダーに尋ねた。


「あいつはシン。D級だ」


「へぇ俺よりも年下っぽいのにDっすか。すごいっすねぇ」


「……」


「リーダー?どうしたんすか、弱みでも握られなみたいな顔して」


「弱み……まぁ似たようなもんだ。ここにいるヤツら、ほとんどあいつに命を救われてんだからな」


 リーダーは分厚い肉の塊にかぶりつに、酒で乱暴に流す。


「半年前、ワイバーン10匹に壊滅しかけた俺たちの前にふらっと現れて逆に殲滅。ワイバーン共が巻き起こす突風とアイツの魔法からついた二つ名は《嵐帝(テンペスト)》」


「あぁ。前に話題になったやつっすね……って二つ名!?」


 二つ名とはギルドが実力を認めたBランク以上の冒険者に送られる異名のこと。下級冒険者の憧れであり、ステータスである。


「D級じゃないんすか!?」


「そうだ。あんな化け物がなんでD級に留まってるのかは知らんが、ギルドはアイツをB級以上の実力者と認めている」


 リーダーはあの時の光景を思い出し、苦虫を噛み潰すような表情をした。


「あの歳で……すごいっすね」


「あんまりアイツにちょっかい出すなよ?お前も見ただろ、あの目つき。ありゃ相当殺ってる奴の目だ」


「……確かに。見てる俺まで背筋が凍ったす」


 2人の冒険者はそれぞれの思い描く嫌な光景を押し流すように酒を飲んだ。


ランクに関して

冒険者のランクに関して「ランク」と「級」が使われていますが、ギルド的にはランクが正式名称。


ただ魔物にもランクがありそれと区別するため「級」を使う冒険者も多いです。(「級」は冒険者に対してのみ使われます)


なぜ2つ名がC級ではなくB級以上なのか

DからCへの昇格試験は比較的簡単でC級冒険者は有象無象含め最も多いです。なので彼らをさらに選別したB級からとりわけ目立つ成果を残した人に二つ名を送っているのです

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