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黒と白  作者: 魚卵の卵とじ
始まり、宿る
40/55

40話

 円状の王都。その中心には白亜の城がそびえ立っている。

 北側を除く城の周辺は王都に住む者たちの住宅や店などが立ち並び、国の中心らしい賑わいを見せているが、その逆に北側だけが唯一その喧騒から逃れられる場所であった。


 城下町から見て反対側の城の裏側には湖があり、そのさらに向こうには小さな森があった。壁があったりする訳では無いが王都の住民は昔から近づこうとはせず、どこか神聖視されていた場所。


 かつて森に隠れるほどの小さな塔があったその場所に俺たちは来ていた。


「……王都にこんなところがあったなんて」


「……」


 次の休日にシンはルシェルに魔法を教えることになった。

 今はその寄り道だ。


 シンとハルカは口を開かない。


 森の中に現れた広場。そこには無造作まとめられた瓦礫と1本の木が生えていた。

 ここはかつての古びた塔があった場所。そして自分の無力さと父の亡骸が眠る場所。


「ただいま。じいさん」


 中心の木の根元に摘んできた花を添える。


 6年前、魔人を退けた俺とハルカはここに墓を立てた。墓と言っても瓦礫を避けて中心に木を植えただけたが、変に石の墓を立てるよりかはこの場所にもあっている。


 屈み込んで木へ話しかけるシンの姿をルシェルとハルカは見守っていた。


「……」


「……ここはね、僕たちの家だった場所なんだ」


 シンの珍しい姿を眺めながらここはどこだろう、あそこに眠るのは誰だろうと疑問をもったルシェルを察してハルカが過去を打ち明け始める。


「あの木の下には僕たちの育ての親で、師匠が眠ってる。6年前僕たちはあの人を失った。君と同じようにね」


 2人が拾われたこと。自分と同じく親を失ったこと。それらの過去はルシェルとって初耳の事ばかりだった。


「あの……聞いてもいいでしょうか」


「うん」


 ルシェルは以前から考えていたことをハルカに話す。


「もしかして、お二人の師匠というのは、『水星』コルヴェート様でしょうか」


「へぇ。どうしてわかったの?」


「……シンさんの水魔法が、父から聞いていたコルヴェート様の魔法と似ていると思ったので。それと今の話も」


 確かにシンのよく使う水の魔法『廻る星々(アステル・ハーデ)』は『水星』から受け継いだものだ。そしてそれは『水星』の代名詞といってもいい魔法。生前の活躍はもう何十年も前のことで、今の世代で彼の魔法を見た者は少ないだろう。

 魔物が蔓延る世界で、『水星』と呼ばれた魔法使いまで死ぬ世の中だ。彼を知るものはごく限られた数しかいない。おそらく公爵が見たというのも子供の頃の話だろう。


「僕はあまり魔法の扱いが得意じゃなくておじさんの魔法は継げなかった。でも兄さんは属性も同じでおじさんの教えとも相性が良かったからどんどん技を覚えていったんだ」


 そして突然訪れたあの魔人と父の死。

 自分よりも父に懐いていた兄は6年経ったいまでも心のどこかであの日のことを引き摺っているとハルカは告げた。


「……少し意外です。シンさんは他人にはあまり興味ないのかと思っていました」


「それは合ってる。兄さん『赤の他人』にはとことん無関心だけど、家族はすごい大切にしてたから」


 唯我独尊、とは少し違うが、人との関わりを持とうとしない孤高を貫くような彼の在り方はすごく孤独に見えた


「『水星』の魔法を受け継いだシンさんから魔法を学べる。私はたぶんこの国で1番幸運です」


「そうだね。こんなチャンスは二度とない……だからちゃんと強くなって、兄さんのこと支えてね」


 ハルカは何となく感じていた。これから先の将来、兄は何度も死闘をくぐり抜ける。時には本当に死にかけて、もしかしたら死んでしまうかもしれない。


 だからこそ自分は壁でありたいと思う。一番近くで彼を真正面から叩き潰す高く分厚い壁に。兄はあの日ここで無力に打ちひしがれ強さを求めた。ならば弟としてその手助けをしよう。


 兄の精神と技は磨かれ強くなる。だけどいつかは摩耗し折れてしまう日もあるだろう。そんな時に自分は手を差し伸ばさない。それは壁の役割ではないから。


 だから彼を支えるのは僕じゃない。

 常人では務まらない。兄の強さは普通じゃ収まらない。

 でも彼女なら、大精霊すら味方する彼女なら、きっとどんな状況でも兄のそばに居てくれる。


「……はい」


 ちょうどシンも立ち上がりこちらへ振り向く。

 追悼は終わったようだ。


「ハルはいいのか?」


「日頃の愚痴を聞いてもらおうとしたけど、兄さんに聞かれたくないしまた今度にする」


「……俺に文句があるなら聞いてやるよ」


「あそうだ。僕ちょっと調べ物あるから城に行くね。2人とも気をつけて」


 調べ物というからには城の図書館にでも行くのだろう。あそこは国中から貴重な本を集めているから何かを調べるのにはうってつけの場所だ。

 背を向けて去っていくハルカを見送りルシェルに話しかける。


「悪い。待たせた」


「いえ。お気になさらず」


「……?まぁいい。んじゃ、行くか」


 今日はもともとルシェルに魔法を教える予定だ。墓参りも終わった事だしさっさと行くか。


 ◇


「……」


 目の前には茶色いとんがり屋根の大きな建物。その入口は両開きのこれまた大きな扉があり、中からはガヤガヤと騒ぎ声が聞こえてくる。


「シンさん?」


「……いやなんでもない」


 ここに『シン』として来るのは……半年ぶりか。『クロ』としてはルシェルの件で来たがそれはノーカン。


 当分顔を見せなかったからいったいどれくらいの小言を()()に浴びせられるのか。

 あぁ、面倒事の予感がする。


 悪い予想は当たるもの。しかしここにいても仕方がないと、体の倍はある両扉を押し開ける。

 キィと軋む音は一瞬で喧騒に掻き消された。

 ここは冒険者ギルド。受付には冒険者の登録をしている新人冒険者らしい少年。どんな依頼を受けようかと壁に貼り付けられた紙を見ているベテランの冒険者。はてには酒場で宴会をしている……これはただのおっさんだな。


 荒くれ者の巣窟である。


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