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黒と白  作者: 魚卵の卵とじ
始まり、宿る
39/55

39話

 1週間後。久しぶりに学園に来たシンとハルカ、そしてルシェルの3人はもはや庭と化した泉へ来ていた。


「結局耳飾りが直るまで学園にも任務にもいかせてくれなかったね」


「そうだな。任務がないことはいいが、あそこまで暇だと逆に困る」


 メルヴィスへの報告の後、俺たちに告げられたのはルシェルの件だけではなかった。耳飾りを壊した罰として、直るまでの間学園も含め一切の外出を禁じられていたのだ。


 俺の耳飾りはハルカのと違い変身機能だけが使えなくなっただけ。つまり魔力の制限に関してはなぜか生きていた。普段なら魔力の訓練でもして気を紛らわしていたが、狭い家の中では十分に魔法を使うことも出来なかったことも相まって、ロクな1週間を過ごせなかったのだ。


 そんなわけで、今日は憂さ晴らしかでもするように、早朝から学園に来てこうしていつもの場所でぷかぷかと魚を浮かせているわけだが。


「……」


 泉の端の岩に胡座を書いて座るシンの横で、薄緑の髪をした少女が穴が空きそうなほど彼を凝視していた。

 肩上までの髪と同じ色をした翡翠の瞳は瞬きすら忘れ、一瞬たりとも見逃すまいという強い意志が感じられる。


「……気が散るんだが。あと普通に怖いからせめて瞬きはしろ」


「シンさんが魔法を教えてくれないので見て学ぼうかと」


 ルシェルは誰から聞いたのか、俺たちの家の場所を知っていたようで、あの退屈な1週間ほぼ毎日家に来ては魔法を教えてくれと頼み込んできた。終いにはマーサもお茶を出し、気づいた時には4人で昼食を食べていたこともあった。


 強引に任務につけられた挙句、これ以上の面倒はごめんだったので全て断ったのだが、まだ諦めていなかったらしい。


 ちなみにあの家を知っている奴は限られているので自然と彼女に場所を教えた人物は浮かび上がってくる。


(あの老害め……いつか絶対ぶん殴ってやる……)


 上司への恨みを募らせていると、くぅ〜と体が空腹を訴える。


「久々に外に出れるからって朝ごはん食べずに来たからね。まだ食堂も空いてないだろうし。どうしようか」


「……はぁ。面倒だが一回帰るか?」


「いえ、それには及びません。準備したかいがありました」


 ルシェルは傍に置いていた木編みの籠を持ち上げ、上にかけられていた布をめくった。

 中には色とりどりのサンドイッチがぎっしりと詰め込まれていた。


「おぉ〜。いい匂にがするなとは思ってたけど……これわざわざ持ってきてくれたの?」


「はい。シンさん早く外に出たくてうずうずしているように見えて。今日は朝食も食べず早朝からここに来ると思ったのでこうして用意していたんです。お二人共遠慮せず食べてください」


「じゃあお言葉に甘えて……うん美味しい。兄さんも食べなよ」


「かわりに魔法教えろとか言わないよな」


「……い、言いませんよ」


 言おうとしてたなコイツ。

 目を逸らしなが言うな。分かりやすい。


「せっかく女の子が作ってくれたのにそれは無いんじゃない?だいたい魔法ぐらい教えてあげればいいじゃん。減るもんじゃないんだし」


「そう簡単に言うな。俺の魔法は使い方が特殊で人間に教えるのには向いてないんだよ」


「向いていない、ですか?」


「水魔法の方はエルフの俺が長年の魔力制御の訓練であそこまで極めたもの。超繊細な操作と相当の魔力量を必要になる。そんで雷魔法のほうは……これは水魔法よりも複雑だ」


「え、そうなの?まぁ確かに変な詠唱だなとは思ってたけど」


 俺の雷魔法はいくつかあるが、そのどれもが1つの魔法から分岐したものだ。

 一国の主要都市を墜とすことが可能とされる『極大魔法』。それに分類される雷系大魔法、神判の雷滅槍(ジャルジメルト)。俺はこの魔法に別の解釈を与え、威力の代わりに汎用性と詠唱の超簡略化をしている。『雷哮』、『雷鐘』、『雷鎚』などたった一単語で完全詠唱となる。

 威力の代わりに、なんて言うが元が極大魔法。生半可な雷魔法よりは威力が高い。なんなら余分に魔力を注げばいいだけだし。


 詠唱とは魔法の構成式。イメージによる無詠唱とは逆で言葉にすることで魔法の完成度をあげるもの。完全詠唱に近づくほど魔法は強く、完璧になる。

 だから詠唱は短い方がいい。だがそれは逆にいえば簡単な魔法というわけで、当然長文詠唱の魔法と比べると威力は落ちる。


 そのジレンマを解決するために編み出したのが1つの強力な魔法を分解するという技術だ。


「少しでも元の魔法のイメージに引っ張られれば分解した魔法は使えない。それはもはや『元の魔法』であるからな。こんなこと普通の常人には不可能だ。人間なら余計にな。だから教えても無駄。ずっと見てるのも気が散るからやめてくれ」


 結局教師みたいな事をしてしまったが、これで納得してもらてえただろう。俺が魔法を教えないのはただ面倒くさいからだけでは無いのだ。


「……凄いです。そんな技術はきっと大陸でもシンさんくらいしか出来ないと思います……けど、だからこそ貴方の魔法が学びたい。貴方がダメと言うのなら見て盗みます」


「……」


 絶望とはこの事か。

 魔法使いは心が折れたらそこまでだ。戦場で空想を形にできない魔法使いはただの肉壁に成り下がる。つまりここが戦場だったら俺は死んだも同然ということだ。


「……思ったんだけどさ、ルシェルさんが兄さんの任務に着いていくのは確定なんでしょ?」


「そうだな。メルヴィスがそう決めて手続き諸々やったわけだし」


「ならさ半端な魔法使って足引っ張られる方が面倒じゃない?」


 まずい。流れが嫌な方に行ってる。これは早急に止めなければ。


「……ルシェルには戦わせなければいい」


「……!いえ、それは無理です!」


 ハルカの考えを読み取ったルシェルが意味の分からん反論をする。

 

 シンという男は面倒臭がりだ。仕事も極力早く終わらせたいし、手間がかからないように立ち回るのが得意。回転のいい頭の思考は魔法関連が6割、その他4割はいかに仕事を減らせるかを考えていると言ってもいい。


「つまりさ、魔法を教えたほうが手間が減るんじゃない?」


 自分を絶対に曲げず、どんな状況でも心を折らない魔法使いは強いと、かつての水星は言った。その言葉を忠実に守り、決して折れない芯をもったこの魔法使いは、だが人の話を聞かない訳では無い。

 正しいと思えば納得するし、自分が間違っていたなら素直に謝る。思考と分析を重ねより良い手段を探そうとするのだ。だからこの男を頷かせるには正論をぶつければいい。


「それは……そう、なんだが」


 長年の付き合い。双子として育ったハルカにはそれが分かっていた。その上で彼女に手を貸したのだ。


 シンは悩んだ。

 目先の面倒か、長期的な厄介事か。


 魔法を教えれば少なくとも全く役に立たないということは無くなる。けれどそのレベルまで行くには相当の時間を要することも事実。


 ルシェルの目からはこのチャンスを逃すまいという強い意志を感じる。ここで断っても諦めるつもりは無さそうだ。


「はぁ」


 ひょいとサンドイッチをつまみ口に入れる。

 薄切りの肉とシャキシャキ野菜。濃いめのソースがちょうどいい。


「一生面倒見てられないからな。期間を設ける」


「では……!!」


「半年だ。半年で俺の魔法を叩き込む。それ以上は教えないし、ついて来れないと思うなら今のうちに諦めろ」


 見た目のままの自身と同じ年とはいえエルフが培った魔法をたった半年で学ぶ。どう考えても無謀の領域。人間とエルフでは魔法に関する知識も感性も違う。


 普通ならそれを知った段階で心が折れる。そうなったら魔法使いとしては終わりだ。諦めた人間をシンは甲斐甲斐しく世話しない。


 だが逆に考えれば、そこさえ乗り越えれば一流の魔法使いを目指すものにとってはメリットの塊なのである。

 そして当然今のルシェルがそんなことで諦めるわけがない。


「分かりました。半年間でシンさんの認める魔法使いになってみせます。ご指導のほど、よろしくお願いします」


「やったね、ルシェルさん!」


 シンは面倒くさがりだが、受けた仕事はまじめにこなす。


 こうしてかつて水星の弟子だった魔法使いは、一人の少女の師匠となった。


知り合って間もないルシェルがシンたちのために朝イチから朝食を用意できた理由は、マーサからそうなるだろうと伝えられていたからです。

マーサは人に壁を作りがちなシンにようやくハルカ以外の友人が出来たことに内心めちゃくちゃ喜んでいます。こっそり空にいるじいさんに泣いて報告するぐらい喜んでいます。

マーサはシンの壁を乗り越えたルシェルのこと高く評価しているのでシンには内緒で好みの味付けを教えていたり……

現状恋心を抱いているわけではありませんが(そんなことよりとにかく魔法を……!のテンション)、なんとかして魔法を教えてもらうためにまずは胃袋を掴もうとしたのです。

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