38話
黒蛇の穴での戦いから3日後。俺たちは王都に帰還し、メルヴィスに報告に来ていた。
目覚めてから公爵とも話し合い、魔物災害の原因と、瘴鬼あらため2体の魔人を確認したこと。それから奴らの発言などを1度整理してから、自らも城へ報告するという公爵の言葉に甘え、共に馬車で帰ってきた。
「もともと瘴気というのは仮称だったが、『魔人』とは……それに加え複数の世界の存在を匂わす発言。はぁ、まるで神話のようだな」
場所はメルヴィスの執務室。
メンバーは執務机に座るメルヴィスと机を挟み彼と向かい合うように立つシンとハルカ。そして備え付けのソファに腰掛けるアルカード公爵とその隣に座るルシェルの5人。
メルヴィスの言う神話とは大陸に広く伝わるこの世界の成り立ちが記されたものだ。
神々は昔、世界を管理する遊戯を始めた。
ある時一柱の神が倒れ、彼が管理していた世界が滅びかける。
それを憐れんだ知り合いの神が二つの世界を管理することになった。
最終的に色々あり二つの世界はひとつに纏まり今のこの世界が出来た。
簡単に言うとこんな話だ。
「話は分かった。魔人については神話と照らし合わせ調べておこう。陛下にも私から報告しておく。それとアルカード公。今回の魔物災害を良く治めてくれた。後に報酬を渡す。消耗品や備品の補充に当ててくれ」
「ありがとうございます。ただ、今回は彼らの働き無くしてこうはいかなかったでしょう。改めて二人にも感謝を」
ソファから立ち上がり深々と頭を下げる公爵とルシェルに軽く頷く。
大貴族の当主と娘がここまでするのは滅多なことでは無い。きっと他の騎士がこの光景を見たらまた嫌味を言われるんだろうなと、どこか他人ごとにシンは考える。
「……」
背後の机から変な威圧を感じる。
「シン。ハルカ。貴様ら耳飾りを壊したようだな」
「うっ」
「あれは貴様らの為にこの国一の魔道具職人が手作りしたものだ。当然費用もお前たちの給料で賄えるものでは無い。あろうことか素顔まで晒すとは……どうしようもない間抜けだな。即座に事情を読み取り配慮をしてくれた公爵に感謝するんだな」
つらつらと説教を始めるメルヴィスの目は伏せられておりそこから感情を読み取ることは出来ず、薄く漏れる魔力も普段と変化は無い。にもかかわらずひしひしと伝わる静かな「怒」に冷や汗が出る。
実際、戦いの後俺たちの治療を見てくれた公爵は、俺たちが正体を隠そうとしていることを察して関係者に厳重な箝口令を敷いた。
「……不可抗力だ」
「不可抗力?ハルカはともかく、貴様が最初からその気ならば、あの程度の相手耳飾りの制限内で勝てたたはずだ。右腕も使わずな」
確かに、勝てたか否かでいうとギリギリ勝てたと思う。だがそれもハルカが無事ならばの話だ。俺が地上に戻った時点でハルは負傷し、あの魔人と切り結ぶのは難しかった。
つまり最初にヘマをしたハルカのせいである。
ジトっと隣に立つハルを睨む。……目ぇ逸らしやがった。
「大方、彼女の事情を知りその手で敵を討たせようとしたのだろうが、こうなることは想定済みだったのだろうな?」
「……」
「ルシェル嬢。こちらへ」
「……!はいっ」
唐突に名前を呼ばれたルシェルはやや緊張しながらも俺の隣に来て立ち止まる。
「貴様らは私が何度言おうとその力を使い、その度に厄介事を連れてくるだろう。できることなら常に見張ってやりたいがそうはいかない。よって、私の代わりに彼女に監視を頼もうと思う」
「は?」
「はい!?」
「……へ?」
「お前たちの任務に同行させる。身分としては見習い騎士。実力は将来性も考えて及第点。お前たちの事情も多少なり知り、公爵家の支援も受けられる。監視にはうってつけだ」
なに言ってんだこの老害は……!?
「これは罰だ。お前たちに拒否権は無い。だがルシェル嬢。君は私の部下では無い。君にだけはその権利がある」
メルヴィスはようやく瞼をあげ、急展開に狼狽するルシェルを見つめる。
「せ、せめて公爵と相談させてあげたほうが」
「黙れ」
「ハイ」
ハルカは撃沈。
老害とはえてして自分の意見を曲げす、かといって他人の意見は聞きもしない。超自己中心的なクソ野郎だ。
「兄さんも何か言ってよ……」
「断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ断れ……」
「既に神頼み、いやルシェルさん頼みしてる……!」
俺はというと既になかば諦めている。
何せ『魔星』からの直接の提案。いくら大貴族といえども断りずらい。なにより見習いとはいえ騎士になれるのだ。将来は約束されたようなもの。断るものなど居ないだろう。
「わ、私が決めてもいいのでしょうか」
「もちろん断っても構わない。その場合はこのバカ二人のことは他言無用と約束してもらうが他にペナルティもない。君の自由だ」
「自由……」
ルシェルは背後に立つ父の顔を見た。
アルカード公爵は自分で決めろというように頷く。
「では……その提案、是非受けさせてください」
「いいだろう。もろもろの手続きはこちらでしておく。慣れるまではシンにつくといい」
「なぜ俺」
「黙れ」
こうして老害による問答無用の制裁が下された。結果として俺だけが怒られ、俺だけに罰が課された。
元はといえばハルのせいなのに、たかが耳飾りが壊れたくらいでなぜこうなったのか。
「……納得できん」




