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黒と白  作者: 魚卵の卵とじ
始まり、宿る
35/55

35話

『俺がいる限り今のお前に負けは無い』


 少年の滲み出る絶対的な自信か彼女のことを評価しているのかよく分からないその言葉は、しっかりと彼女の頭に焼き付いていた。


「……信じます」


 再びルシェルが前に出る。

 武者もまたすでに体勢を立て直し、鬱陶しい魚を切り捨てて彼女へ向かい踏み出していた。


 あまり早くは無い踏み込み。だが次の瞬間武者の体がブレて気づいた時には目の前に黒い壁のような肉体が迫る。


「キィィェェッ!!」


 刀は完全に彼女を捉えた。

 しかしその間、僅かな隙間に体をねじ込ませ黒い少年が滑り込む。

 手の先で、今まで以上に小さく圧縮された水魚が無数に重なった水の球をr両手で支え武者の刀を左方へ弾き飛ばす。


「それはもう見切ってる」


「なっ―――」


 少年の伸ばした左腕。その下で深く踏み込み、腰だめに剣を構えたルシェルがガラ空きの体に神速に乗せた剣を突き出す。


「はぁぁっ……!!」


 風を螺旋状に巡らせ敵を穿つ。

 思い出した記憶の中で幾度も見てきた母の技。


 拙いながらも魔法を使い、武者の腹、突き出た突起のような角の下あたりを貫き、風圧はその背後で吹き荒れる。


「ガッ……」


「攻撃が通った……!!」


 ルシェルの剣は武者の腹を深く貫いた。生半可な攻撃は容易く弾く分厚い瘴気の壁だけでなく、鎧と一体化し硬質化した肉体すら貫通するあたり、さすがの精霊の遺贈物(フェアリーギフト)といったところか。


「ぬ、ぉぉおおお!!」


 鬼武者はさらに瘴気を滾らせ傷を塞ぐと、間髪入れずに攻撃を再開する。


「くっ……」


 ルシェルも持ち前の剣技と取り戻したばかりの魔法を駆使し猛攻を凌ぐ。

 だが、剣士としては武者の方が一歩上なのか、徐々に捌ききれなくなるところを水魚でカバーし二人の均衡を保つ。


 剣を交わす二人の体は、ルシェルは言わずもがな、鬼武者の方もだんだんとその体に傷を受け始めるが、やはりあの瘴気で塞がれてしまい、ルシェルにやや焦りが見え始めた。


 そのルシェルの姿を離れたところで観察しつつ、何時でもフォローに入れるように警戒しながら俺は準備を整える。


「どれだけルシェルの剣が強力だろうと、あの瘴気を剥がさなきゃ勝負にならない。だったら、やることは一つだろ……!」


 右の袖を捲りあげ、黒い魔力を高めていく。

 肉体の内の内。精神の領域で何かが割れるような音をどこか遠くで聴きながら、軋み出す右腕を何とか制御する。


 その異質な気配と植え付けられた記憶(トラウマ)から即座に危険だと判断した鬼武者が、ルシェルから俺へと標的を変える。


 それは正解だ。なぜならコレはお前らにとって天敵。魔法を弾く自慢の鎧すら飲み込む闇なのだから。

 

そしてそれ故に、そう来るだろう予想が着く……!!


「見えているぞ!魔法使ァァイ!!」


 その背後。鬼を追おうとする彼女に視線を向ける。



―――『任せろ』


『信じます』―――



 一瞬のアイコンタクト。それで十分。


「『廻る星々(アステル・ハーデ)―――


 俺は二人の剣士が切り結ぶ場所から少し離れた場所にいる。

 正確にはより外側に近い場所に。


 俺の意思に応えるように、戦場を囲んでいた水魚達が輪を外れ周囲に集まり出す。

 そして創り出すのは新たな魔法。


 ―――双極ディオスクロイ』」


 現れるのは二つの魚影。鋭い牙。太い尾びれ。自身より2回り近い巨体の鬼武者と同程度の巨大な水魚。


「鮫と鯱!?貴様、全力ではなかったか……!!」


 俺という戦士を無理やり分類するならば剣も魔法も使う魔剣士。だがその本領はやはり魔法。本職の前衛であるルシェルやハルカすら凌ぐ強者と馬鹿正直に付き合うつもりは無い。


 鮫は胴に喰らいつきその動きを止め、これまでの水魚と比べ物にならないほどの怪力で鬼武者を抑え込み、その強靭な体にヒビを創り出す。

 鯱はより獰猛に右腕に狙いを定めその腕を刀ごと噛みちぎると、ゆるりとカーブを描いてさらに武者の背後から首に噛み付く。



「重いっ……だが、たかが水の塊、貴様もろとも……!!」


 鬼武者は瘴気を集め双魚を押し返し始める。


 たかが水の塊。どれだけ圧縮し固めようと、魔法である限りあの瘴気の餌食になる。だがそれでいい。どうせはなから纏めて吹き飛ばすつもりなのだから……!!


「『雷哮』……『黒纏(コクテン)』!!」


 いまだ数歩の間を空けて足を止める鬼武者に向かい、殴るように打ち出した右腕は、本来の紫電と引き換えに黒く染まった極雷をうち放つ。


「―――ッ!!」


 双魚と魔人はまとめて黒い極光に呑み込まれる。

 双魚は内包する魔力を瘴気と黒い魔力に削り取られ消滅。魔人は双魚を突破しようと絞り出した瘴気を跡形もなく剥がされ、腕で胸を隠すがそれも徐々に雷により穿たれていく。


 そして俺の右腕にはかつてないほどの激痛が襲う。黒い痣がぐるぐると蠢き細い腕を容赦なく侵していく。


 霞む意識の終わり際。黒い魔力が晴れ現れるのは身体中ボロボロになった魔人。そしてその背後、俺を信じその瞬間を待ち、ただ魔力を高めていた彼女の姿。


「回復を―――いやっ!?」


 身を守る瘴気は根こそぎ奪い取った。いま回復にまわれば体はガラ空き……!!


「ぶっ飛ばせっ!!」


 翡翠の姫が加速する。



 地を抉る1歩目。


 空を蹴る2歩目。


 3歩目なんて必要ない。だってその背にはもう、翼があるのだから。


「『お母さん』。力を貸して」


 足は地をわずかに離れ、大嵐と化した姫は神速を伴い宙を駆け抜ける。


大嵐纏いし鳳翼(シル・イグニス)―――!!」


 神速を超えた突きはやがて巨大な鳥となり地面を抉り取りながら身を守る瘴気を剝ぎ取られた武者に向突き刺さる。風を編んだ大鳥はそこで終わらず、さらに翼を強く撃ち魔人の体にその剣先(くちばし)を押し込む。


 胸に突き刺さった剣を私は払い抜いた。


「飛べ」


 もう一度翼を動かした風は、上へ向け急カーブを描き、仇敵を遥か上空へ突き上げた。


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