33話
小鳥は嬉しそうに体を擦り付けて気持ちよさそうにくるくると鳴くと、風を操り姿を変えた。
銀の長髪を背中に流したこの世の者とは思ない美女。きっとこれがこの精霊の本来の姿なのだろう。
『ルシェル。もう一度聞くわ。貴方はどうして魔法を望むの?』
今ならわかる。どうして父が私から魔法を奪ったのか。復讐の道に進まないように、暗い人生を歩ませないようにしてくれていたんだ。
きっとこの精霊もそう思ったからその提案に頷いた。
そして私は思い出した。なぜ魔法を望むのか。私の本当の想いとは何なのか。
あぁそうだ。あの黒髪の少年の魔法を見たとき、そう思ったじゃないか。
「私は……私が魔法を望むのは、復讐のためじゃない」
私の本心はそうじゃない。そうじゃなかったんだ。
私が魔法を使いたいと思う真の理由は、そんな後付けのものじゃない。
「母さんのような、シンさんみたいな魔法使いになりたい。誰かを感動させられる魔法使いになりたい。誰かに綺麗といってもらえるような、そんな魔法を!私は―――!!」
熱くなって言葉を紡ぐ私を精霊は優しく抱き寄せる。
「大丈夫。きっとなれるわ。なんたってあなたは私たちの子なんだもの」
顔は見えないけれどきっと勘違いじゃないだろう。だってそのぬくもりは最後に見た記憶と一緒だから。
「お母さん……!」
「さぁ。もう時間がないわ。彼もどうやらあなたを待っているみたいだし、早く助けてあげなさい」
「お母さん!!」
抱きしめる母の体は形を保つのも限界なようで、端から徐々に風に戻り崩れていく。
その風は髪飾りに吸い込まれていき、精霊とは反対にその輝きを増していく。
「大丈夫よ。貴方は天才で最強なんだもの。あんなクソ鬼なんかでっかい風穴開けて倒しちゃいなさい!」
やがて銀の輝きは視界を塞ぐほど強くなり、暗闇を埋め尽くした。
「おかあ―――」
◇
「っくぉぉぉ!!」
弱点である胸の角に剣を突き刺したまま鬼が暴れ出す。
なりふり構わず刀を振り回し、たまらず俺が離れると、刺さったままの剣を胸から引き抜いた。
戦闘中、死んだ冒険者からくすねていたものだが、おそらく名剣であったであろう剣は鬼武者に踏みつぶされあっけなく寿命を迎えた。
「我が瘴気すら呑み込むその力……驚いた。まさかそんなものを隠していたとは。……だが」
瘴気で傷口を塞ぎながら鬼武者は俺の右腕を観察する。
耳飾りの効力が効力が弱まり、本来の姿に戻った右腕は、6年前初めて黒い魔力を使った時に肘から先が肌色がほとんど見えないほど黒くに染まっていた。
黒い雷の暴走でついたこの傷跡はどんな治療も受け付けず、以来耳飾りの力で隠していた。
あれからいろいろと確かめて分かったことは二つ。
1つはあらゆる魔力を吸収するという性質。そして2つ目は……
「……ッ」
ビリビリ、ズキズキと激痛が右腕を犯す。肌を覆う黒色が蠢いているのが見ないでもわかる。
「そこまで強力な力を今になってようやく使う……どうやら安易に使えない理由があるらしい」
「……どうも人の器には合わない力みたいでな。エルフでも反動なしには使えないらしい」
メルヴィスが言うには、この力はこの世界にいる生物が使うようにはできていない力らしい。
無理に使うとこの力は魔力の入れ物である器を破壊し、最後は死に至る。
魔法・魔力に高い適性を持つエルフでさえこのありさまだ。他の種族だったらこの力を受け入れた時点で廃人になってた可能性もある。
「難儀な力よ。だが良いのか?貴様がどれだけその力を使い我を傷つけようとも、我はいくらでも回復できる」
鬼武者は瘴気を操り胸の傷跡を塞ぎ始めた。ハルカから聞いた話では魔物を喰らって回復したらしいが、大気中の魔素からでも魔力を取り込めるということか。
魔素を魔力とし、魔力から生まれた魔物は体を修復する。まるで魔物。人の形をしながら魔を宿す者たち。魔人とはよく言ったものだ。
「そこまで魔物に似てるとは、つくづく魔人って名前はお前らにぴったりだな」
たしかに、持久戦ならこちらが不利だ。黒い魔力を使わなくても、腕の痛みはしばらく続くし、集中は乱される。だが……
「後先考えずデメリットだらけの借り物を使うほど俺はバカじゃない」
「なに……?」
この戦いにおいて俺はただの前座、舞台を整える端役にすぎない。
お前の敵は俺ではない。お前に相応しい相手は他にいる。
「知ってるか、魔人」
魔法ってのは想像力、つまり想いの力。それが強ければ強いほど、生み出す魔法も強くなる。
「9年間想い続けた奴の魔法は、めちゃくちゃ強いぜ?」
後方で魔力が暴れ出す。
水の魚の円の中。水魚たちの内側で風が集まり、彼女が姿を現す。
風は彼女を取り囲み、翡翠の髪と瞳の涙を優しくなでる。
右手に持つ銀の髪飾りはいつの間にか美しい翡翠の長剣へと姿を変えて、その姿はかつて名を馳せたという翡翠の姫そのもの。
九年前、惜しくも敗れた母の姿を燃料に暗い復讐の道を歩んだ少女はもういない。
そこにいるのは理想の姿を目指す希望への道を歩み始めた一人の魔法使いだった。




