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黒と白  作者: 魚卵の卵とじ
始まり、宿る
31/55

31話

 おかしい。頭に、記憶に歪みがある。知らないはずの光景を、なぜ私は覚えている?


「ルシェルさん?ルシェ……!」


 気づけば辺りは暗闇に包まれていた。

 周りの音が遠のいて、白い少年の声も徐々に届かなくなる。


『思い出して。ルシェル』


「何を……私は何を忘れているの……?」


 分からない。自分の記憶は正しいと思っていた。でも、この声もあの黒い少年も、私になにかを思い出させようとする。


『本当は手を貸すつもりはなかったけれど……』


 私の前に風が集まり、やがて小さな小鳥が姿を現す。

 風を編んだような小鳥はクルルと鳴くと、その翼を動かし暗闇の中へ飛んでいってしまった。


『着いてきて』


 声に導かれるように私は立ち上がり、小鳥へ続いて暗闇へ身を投じた。




 先は変わらず暗闇で、小鳥の放つ翡翠の輝きを導にして1歩ずつ進んでいく。

 やがて私の体くらいある泡が足元から浮かび上がった。


『触れてみて』


「……?」


 言われるがまま手で泡に触れる。


 微かな衝撃で泡は簡単に割れるが、その割れ方は奇妙で、ガラスの破片のようにバラバラになり、それが消えるでもなく中に浮いている。


『これはあなたの記憶。()()()()()の思い出よ』


「あなたたち?」


『それも、きっともうすぐ分かるわ』


 パタパタと小さな翼を動かし私の肩に乗った小鳥は頬ずりをすると、風を解き消えてしまう。

 触れた小鳥の肌は、風の鳥にしては妙に熱がこもっていたような気がして、思わず触れた箇所に手を当ててみるが、既に風に流されてしまっていた。


 残されたのはガラスの破片だけ。キラキラと銀色に光るそれらは鏡のように私の顔を写している。


 破片はゆっくりと広がり、漂うひとつの破片が私の胸に触れる。


「……っ、頭に、『記憶』が流れ込んでくる」


 その破片は最も外側にある記憶。一番新しい記憶だった。


 学園で双子の兄弟に出会ったこと。事情を話し、手を貸してもらおうと思ったこと。

 そして、彼の魔法に圧倒されたこと。


「……そういうことですか。泡の破片は記憶の断片。これで記憶を遡れ、と」


 自分がいったい何を忘れているのか。それを確かめるには、この破片に触れていけばいい。

 あの小鳥はそのために私をここへ連れてきたのだ。


 強い印象を保存する泡の破片は、きっと中心に近づくほどより大きく大事な記憶のはずだ。

 その中には母の死に関することもあるだろう。嫌なことも思い出すかもしれない。


「……怖い」


 これまでの自分が間違っていたのか、復讐に駆り立てられた私の9年間は正しくなかったのか。もしそうなら、ここまで私を支えてきた復讐心は揺らいでしまう。

 それにきっと私は耐えられない。


「……けど、知りたい。私の過去に何があったのか。私の本当の想いはなんなのか、知りたいんです」


 ◇


「ルシェルさん!?」


 突然意識を失ったルシェルの表情はどこか苦しげで放っておける様子では無い。


「グルルル……」


「レッドウルフ……兄さんと一緒に出てきた魔物か……」


 だが、既に周囲は穴から出てきた魔物により囲まれてしまっている。レッドウルフにハイオーク、サイクロプスなど、ゴブリンのような雑魚に混じってBランクの魔物も多くいる。


「あまり魔力は使いたくないんだけど……」


 左手で煌剣を軽くふるい、炎で魔物を一掃する。

 鬼武者との戦いでいつも以上に魔力を使いすぎた。最後のとどめをさすためにも強い魔法が必要になる。無駄使いはしたくない。


 魔力を渋りながら魔物を倒していると、ハルカとルシェルの周りに水の魚が泳ぎ始めた。


廻る星々(アステル・ハーデ)……」


 水魚は2人の周囲を囲むよう回り始め、魚のドームを形成する。

 獲物に近づこうとした魔物たちは水魚に触れようとした腕を千切られ動きを止める。


 廻る星々(アステル・ハーデ)は、高圧縮・超回転を加えられた無数の小さな水の塊が集まって魚の形を形成する魔法。

 安易に触れようとすれば簡単に体を吹き飛ばされる。


「雑魚は構うなってことね」


 鬼武者との攻防を続けながら緻密な魔法を展開した兄の真意を汲み、ハルカも魔法の構築を始める。


 その様子を横目で見ながら、縦横無尽に動き回ることでシンは何とか鬼武者の攻撃を避けていた。


「……ちょこまかと。逃げてばかりでは面白くない。そもそもまともな剣も持てない魔法使いなら後方にいるべきだ。これなら貴様よりもあの女の方がまだマシというもの」


 散々の言われようだか、剣を持たない魔法使いが後衛に徹するのは戦術としては基本中の基本だろう。


 だが、残念ながら俺は正確には魔法使いでは無い。


「フッ!」


 挑発に乗った形で、鬼武者の攻撃を避けるではなく、ヒビの入った短剣で迎え撃つ。

 当然ボロボロの短剣ごときでは魔物を喰らい力が増した鬼武者の膂力に耐えきれず、刀身は粉々に砕け散った。

 だが、刀の軌道は僅かに逸れた。最後にしっかりと仕事はしてくれたようだ。


「終いだ。強者の皮を被る弱者よ」


「―――俺が剣を使えないって誰が言ったよ」


 黒い外套の下。隠していた左の手にはいつの間にか1本の長剣が握られていた。

 右手に残った短剣の柄を鬼武者の顔面目掛け投げつける。


「なにっ!?」


「角、だろ。てめぇらの弱点はッ!」


 長剣に自壊寸前まで魔力を込めて、胸の中心、もはや鎧の一部のような突起物目掛けて思いっきり突き刺す。


 先までの攻防で、俺はそれとなく角へ攻撃を仕掛け、鬼武者の反応を伺っていた。

 アイツの纏う瘴気は濃すぎるあまり、俺の咄嗟の魔法は簡単に弾かれてしまう。だが胸に放った魔法には、瘴気ではなく刀で弾いていた。恐らく弱点を守るための本能。


「ッガァ!?」


「予想的中だな。お前ら魔人はただの魔物と似てるが魔物じゃない。魔力じゃなくて瘴気から生まれた存在。そして、魔物にとっての魔石……それがこの角。そうだろ?」


「っ!その、魔力は!?」


 鬼武者の胸に突き刺した長剣は、魔力で強化したところでほぼ鎧と化した太い角には刺さるはずなかった。


 ならどうして刺さったのか。答えは単純。剣を強化したのはただの魔力ではなかったから。


 右腕を中心に黒い魔力が溢れ出す。

 おおよそ人が出すものとは格が違う、異質な魔力。


 その威力に右耳の耳飾りが微かに震えだし、変装が解ける。


 顔にかかっていた霧とエルフの長い耳がフードの中で現れ、裾から見える右手は肌色から黒へ変色していく。


 まるで悪魔の手。この右腕に宿った黒い魔力は、あらゆる魔力的エネルギーを吸収し飲み込む。


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