30話
突如現れ割り込んだ黒い男と、驕りごと自分を叩き潰した母の仇との戦いが始まる。
互いが最初の1歩を踏み出す。その足は地を強く踏み、体は一瞬で視界から消える。
かろうじて見えるのは空に残る雷の軌跡と瘴気の残滓。
自分よりも格上の戦士が母の仇と互角に戦うのを、当の自分は傷を抑えながら眺めるしか出来ない。
復讐に燃え過ごしてきた9年間の集大成が、こんな醜態で悔しくて涙が出る。
無理を言って騎士団についてきたのに、魔物を一体も倒さず蹲っている自分に腹が立つ。
「焦らなくても大丈夫。あの人は君の思いを無下にはしないよ」
目の前に差し出されたのは今も戦う黒い少年とは真逆の白い外套を着た少年の手だった。
少年も自分の前に鬼と戦っていたが、あの速度についていけず不意打ちを貰っていた。
ちょうどそこに騎士団の援軍が間に合ったのだ。
少年の手を取り体を起こす。
「さっきあの人が言ってたでしょ?思い出せって」
「思い、出す……」
何も分からない。彼が何を言っているのか。何を知っているのか。私が何を忘れているのか。
「僕たちは一応騎士でね。公爵令嬢、君のことは知ってる。どうしてあの鬼を倒したいのかも」
「……」
黒衣の男は傍らに経つ白い少年と違い威力よりも速度で戦うタイプのようで、雷を匠に操り体を高速に動かすことで、あの鬼の猛攻に対処している。
小さな短剣で致命的な一刀を躱し、逆に魔法で攻撃をしている。
自分よりも強い。彼なら、彼らならきっとあの鬼にも勝てるのかもしれない。
「あの人は君にチャンスを与えているんだよ。その手で復讐を成し遂げる機会をね」
「……チャンス」
もしかして私に殺せと、そう言っているのだろうか。たった今ボロボロに敗れた魔法が使えない少女に。
無理だ。今の私にあの戦いに割って入れるほどの勇気も実力もない。
心は折れかかり、それでも復讐心は1ミリも衰えさせてはいないけれど、剣だけでは何も出来ないことを思い知ってしまった。9年間積み重ねてきたことになんの意味も無かったと感じてしまった。
あぁ、魔法があれば。彼の炎のような……あの雷のような魔法があれば、まだ私の心は絶望を知らずに入れたのかもしれない。
今日ほど魔法が使えない自分を恨んだことは無い。
『ルシェル』
ふと、声が聞こえる。
初めて聞く声だけど、不思議と安心する優しい声だ。
『あなたはどうしてそんなに魔法を望むの?』
どうして?そんなの決まっている。母の仇をとるためだ。
あの鬼武者を倒して復讐をするために、あんな魔法が欲しい。
視線の先では1歩も引かず戦う黒い少年の姿。
鬼武者の刀の間合いのさらに内に入り込んだ少年がちょうど眩い光と共に魔法を放つ。
その光は少女の目に焼き付き、釘付けにする。
あんな強い魔法を使える彼が羨ましい。
『そうじゃない。それはあなたの想いじゃないわ』
何を言っているのだろうか。私の事を何も知らないくせに。それともこの声は私が嘘をついているとでもいうのか?
『……ルシェル。思い出して』
またこれだ。思い出す?私が一体何を忘れている!?
私は全てを覚えてる。母の笑顔も、戦う姿も、胸を貫かれた瞬間も―――
「あ、れ?」
「ルシェルさん?」
おかしい。違う。そんなはずない。だって私はあの日屋敷にいたのだから。黒蛇の穴には来ていないのたから。
だからそんなはずないのだ。
母の死ぬ瞬間を覚えている、なんて
◇
「雷を体に流し半強制的に身体強化をかけているのか。魔力との強化と同時に行うとは、凄まじいコントロール。下手をすれば体が弾け飛ぶだろうに」
目の前にいるはずなのに、自分の倍はある図体を一瞬見失いそうになる。こちらの意識の狭間を縫い、意識外へ存在を隠すあの技術。厄介すぎる。だがそれだけなら対策はできる。
殺気を完全に消す?息もつかない攻撃速度?どれも違う。こいつの強さは……!?
「どういう反応速度してやがるっ!!」
消えかかった鬼武者の位置を予測し、裏を取った超至近距離からの『雷哮』を瘴気を纏った刀で払われる。
完全に不意をついたはず。奴の刀も俺への攻撃モーションを始めていた。それを読んだ上の構築の早い雷魔法だぞ……?そこから間に合うのかよ!?
「確かに速い。読みも鋭く筋。だが軽い。決定的、致命的に軽すぎる」
「んなことは俺が一番知ってるッ―――!!」
魔法を当て怯んだところで距離を取ろうとしたところ、初撃を容易く防がれ逆に隙をさらした所にすかさず追撃に来る鬼武者。
ほぼ反射で魔力を動かし魔法を構築……っ!
左肩からの袈裟斬りが命中する寸前、サメの形をした水の塊が体当たりし間一髪で刀を外へ逸らす。
「……っ!」
「ぬっ」
すかさずバックステップで距離をとる。だが簡単に逃がしてくれるような相手では無い。深い踏み込み、上段からの切り下げから間髪入れず刀を持ち替え、今度は切り上げる。
だがそれは想定内。目にも止まらぬ刃の動きも、軌道が読めれば避けるのは容易い。下げた右足で強く地を踏み、上へジャンプ。頭を下向きに天地逆転して鬼武者の上を通り抜ける。
すれ違いざまに顔面に雷を喰らわせ、怯んだところで今度こそ距離をとることに成功する。
(ほんの少しの隙を見せただけで気配を消される。すべての動き出し……隙を見つけた瞬間の反応が早すぎる……)
その上こっちは隙を見せたつもりがないのがさらに厄介だ。
どんな隙でも見逃さないあの嗅覚は紛れもなく強者の証だ。
チラリと構えた短剣を見る。
数回あの刀を防いだだけで、その刀身にはヒビが入っていた。
(ハルのダモクレスと違って、こっちはただの短剣。はなから打ち合えるとは思ってなかったが、予想外に攻撃が重い)
後1回。あの刀を短剣で受けるのはそれが限度だ。




