28話
「⋯⋯やったか?」
至近距離での全力だ。せめて瀕死くらいになってもらわないと割に合わない。
振り切った斬撃は空に向かい扇状に白炎を撒き散らした。パラパラと舞い散る火花は、それでも触れた魔物に炎を移し、戦場を炎に包み込む。
まるで空に大きな線香花火があるような幻想的な風景だが、そんな光景はひとつの悲鳴で掻き消された。
「ぎゃっ―――」
続いて何かを咀嚼するような音が炎に隠れて聞こえてくる。
くちゃくちゃ、パキパキ⋯⋯ボキボキ。
徐々にそれは噛み砕く音に代わり、落ち着いたかと思うとまた次の悲鳴が聞こえ、咀嚼が始まる。
「何が起こってる⋯⋯!?」
繰り返すこと3回。ようやく咀嚼音が聞こえなくなった時、鼓膜を震わすほどの大咆哮が戦場の炎を描き消した。
「guraaaaaaaaaaaaaa―――!!!」
「くっ―――!?」
五月蝿すぎて音源の特定ができない!?
(これは⋯⋯!?)
思い出すのは6年前の運命の日。かつての家を襲った手長の鬼の最後の咆哮。
精神を揺さぶり何らかの汚染をする間接攻撃。
そして同時に⋯⋯
「ここからが本気ってことかね」
左耳を抑え煌剣を構えて周囲を警戒する内に咆哮が止む。
だが音がよく拾えない。どうやら右耳をやられたらしい。
「⋯⋯魔力。凄まじい力よ。腐りきった瘴気とは違う。呼吸するだけで力が湧いてくる」
やがて武者が姿を現した。
先程攻撃した左半身は鎧ではなく、グズグズの肉の塊がかろうじて形を留めているかのような気色悪さ。
そして1番目立つ胸の角。元は刃のように細く凝縮されたクリスタルが胸の中心からスラリと伸びたものだったはずだが、今や見る影もなく、胸全体から生えた太い突起のようなものに変わっていた。
長さが変わっていない代わりに根元の太さが何倍にも増したことで、全体の雰囲気も洗練された武士から、どっしりと構えた武将という雰囲気に変わっている。
「⋯⋯いや胸の角だけじゃない。体全体が大きくなってる?」
「何度も獲物を喰らってきたが、ここまで美味なものは初めてだ。質のいい魔力をふんだんに得て育った魔物だったのだろう」
9年前の戦いで回復するのに時間がかかったときいて再生能力の存在は警戒していたが、ここまでの強化は予想外だ。
「さて、仕切り直しといこう。『白き子』よ」
体だけじゃない。内から放たれる瘴気もその濃さが段違いに濃くなってる。
「その体じゃ、自慢のスピードも出せないんじゃない?」
「試してみるか?」
1歩、武者が踏み出す。
やはりさっきまでとは踏み出しが若干遅い。これなら―――
「っ!?」
たしかに、速度は遅くなっている。だが、歩法は技術。体が大きくなったからといってそうそう使えなくなるものでは無い。
その真髄は相手の視線。踏み出した足を敵が警戒し注目した時、逆の足に全力を込めて一気に距離詰める0歩目の加速。一歩目を意識した時点でこの加速には追いつけない。
スピードを警戒したものほど最初の足に注目し、意識すればするほど速度の差にハマっていく。
「―――がっは」
ガードしようとした右手ごと粉砕し、鳩尾に拳が突き刺さる。
魔物を喰らい強化された脚力で吹き飛ばされたハルカは、10メートル以上地面を転がる。
「⋯⋯っ、ぁ」
肺の空気を吐き出し、えずきながらもハルカは何とか膝をついて鬼と向き直る。
「安心せよ『白き子』よ。元よりお前を殺すつもりは無い。我ではその力を扱いきれんからな」
武者はゆっくりと近づくが、遠方からいくつもの魔法が飛びその背中に当たる。
火も風も礫もハルカの炎と比べると見劣りするが、それでも魔物相手なら十分な威力。だが瘴気を纏う武者には痛みすら感じさせない。
いつもなら武者も気にしなかっただろう攻撃を、しかして彼は無視できなかった。
「そこまでです」
声をかけたのは1人の少女だった。翡翠の髪を肩上で揃え、細身の長剣を正面に構える整った顔を持つ少女は、黒蛇の穴に出現するどんな魔物よりも恐ろしい鬼武者を前にしても1歩も引かず、その瞳に暗い炎を宿していた。
そして気づけば白い鎧と青いマントを着た戦士たちが、すり鉢状の戦場を囲むように並んでいた。
『白き子』より劣るが皆が手練の戦士。それでも鬼は1番弱い目の前の少女から目を離せなかった。




