27話
「っ!!まずい……」
鬼との間にも多くの魔物が割り込み、すかさず白炎の斬撃で一掃するが気付いた時にはもう遅かった。溢れ出した魔物に紛れた鬼の姿を見失ってしまう。
(あの歩法はただ速いだけじゃない。意識の隙間を縫って気づいた時にはもう目の前にいるんだ。だから隙をつかれて後手に回る……)
俊足の歩法とこちらの意識の隙を見逃さない勘。そして攻撃の瞬間気配も殺気もまるで感じさせないのも危険だ。カオスと化した戦場であの気配の無さを発揮されれば位置の特定はまず不可能。
先に魔物を片そうにも、その隙を狙われて終わる……
むやみに動けず、煌剣を構えたまま近づく魔物を魔法で雑に焼き殺し、意識は鬼に集中する。
(五感に頼ってるから気配を掴めないんだ。エルフならエルフらしく、魔法で勝負しろ)
エルフにとって一番敏感なのは魔力の変化。あの鬼を捉えられるとしたらこれしかない……!
目を閉じ、周囲を魔力で満たしていく。
兄さんならここら一帯を覆っても全部把握できるだろうけど、僕はそんな器用じゃない。
満たすのはあの鬼の刀の間合いの外。自身を中心とした直径4メートルでいい。
運悪く元から範囲内にいたゴブリンが、隙だらけの獲物に食らいつこうとしたレッドウルフが、振りかぶったオークの手斧が、その白い魔力に触れた瞬間蒸発して消える。
(誰かさんのようにピンポイントで、なんて芸当は無理だけど……)
この4メートルの円の内は、白い魔力を限界まで凝縮したことで耐性を持たない弱い魔物なら触れただけで蒸発するほどの熱を持つ。
これほどの魔力なら鬼武者の瘴気も剥がして本体にダメージを与えられるはず。そしてあの鬼が僕を刀で斬るためには絶対にこの中に入ってくる。
戦場全体から気配を探るのではなく、限られた範囲に限定し魔力で満たすこと触れた瘴気を感じ取る
防御であり攻撃。死角は無い。
だが僕は知っている。この技の対処法を。なぜなら兄さんにしてやられたから……!
そして速度を活かして接近戦を仕掛ける戦い方は兄さんと近い。
だからこそ、次にどう来るか予想がつく。
後方、魔力で瘴気を感知―――
「そう来ると思ったよッ!!」
本来間に合うはずのない速度で左後方へ大きく振り向く。振りかぶられた刀はすでに頭の上。だが予想通り。僕の剣が届きずらい左後方からのスピードごり押し。
「……ッ!!」
だが鬼に対して正面を向くというよりも右足が前の半身になる形で向き直ったことで、振り下ろされた刀は体の左を通り地面に突き刺さる。
展開していた魔力は感知した段階で煌剣に込め終わっている。期待に応えるよう愛剣が白く輝きだす……!
「『白陽の―――
振り向いた時の遠心力も加えた右手の剣が鬼の胴を捉える。
―――煌炎』ッ!!」
「―――!!!」
太陽のごとき白炎が戦場の半分を埋め尽くした。
巻き込まれた魔物は数知れず。地面すら溶かすほどの火炎はすべてを飲み込んだ。
◇
背を見せ逃げていく魔物の群れに雷で道を作り出し、その間を一瞬で駆け抜ける。
後ろの蛇頭は俺しか見てないようで、のろまな魔物を轢き潰し追ってくる。
もう少しで地上へ届くというところで天井がかすかに揺れた。天井の向こうからは覚えのある強大な魔力を感じる。
「……」
俺と蛇頭から逃げる多くの魔物。ハルにとって雑魚なんていないようなものだが、気になるのは第5層で魔人の言葉にあった二人目の魔人。
俺と近い年のエルフ。あまりいい予感はしない。
もし奴らの標的がハルのことなら、俺もこんな蛇頭の相手を終わらせて助けに行くべきだ。
フードを深くかぶり直し、さらに加速。
第4層からさらに同じような展開の鬼ごっこを続け、ついに第1層に到達。
半球状の部屋の大きさは、魔鉱で照らされても天井が見えないほど。横幅も十分。
足は止めず詠唱を続ける。
「それは楔。罪人を捕らえる光の鎖。誰も逃れられない神の法廷」
最下層からやってきた巨大な蛇頭とどう考えてもその獲物の俺から逃げようと上へ続く階段を登ろうとする魔物を、身に纏う雷で吹き飛ばしながら壁に沿うように設けられた螺旋階段を駆け上がる。
詠唱とともに大人の身長ほどの直径を持つ光の玉が5つ、部屋の上空に現れる。
「神の雷はその罪を罰し、その矛は罪人を滅する」
さらにその上空。最初はか細かった雷が何十にも重なり、やがて光の玉すら霞むほどの巨大な槍を形成する。
ついに魔物の波を掻き分け崖上に到達。飛び出すように通路へ出て、着地の寸前に体を反転。後ろ向きで着地し手をついて勢いを殺す。
どういう力かは知らないが、俺を追うために壁をよじ登ろうとした蛇頭はしかし、空中に浮かぶ5つ光の玉が棘のように伸びて体に突き刺さり、空に縫い留められその動きを止める。
「Quraraaaaaaaa!!」
「罪を数え、神に懺悔し、ただ祈るがいい」
雷の矛がその輝きを増し、棘に捕らえられた蛇頭はその輝きを仰ぎ見ることしかできない。
やがて神の裁きが下される。
「―――『神判の雷滅槍』!!」
槍が落ち、その極光は罪人のすべてを罪とともに焼き滅ぼす。
「gyaaaaaaaaaa―――」
悲鳴は雷に遮られ、その光は蛇頭だけでなく周りの魔物も巻き込んで爆発する。
いくらあの鱗でも守り切れまい。瘴気の再生も無意味だ。
やがて極光が晴れたとき、その跡に残ったのはかつてSランクの魔物として恐れられた怪物の鱗数枚だった。
「……ふぅ」
纏う雷を解除、身体強化も解いたことで一気に疲労感が訪れる。
「雷まで体に使うと負担がすごいんだよな……」
微細な雷を身体に流し、無理やり強化を施す技術。扱いが難しい雷魔法をここまで昇華出来たのは、ひとえにじいさんから教えられた訓練方法のおかげである。
「⋯⋯魔人、か。改めて考えてもよく分からない奴らだったが、おかげで連中の目的は分かった」
魔人が言うには地上にも仲間が来ているらしい。
厄介な敵だが、もうそろそろ後発の騎士団も着くはずだ。まともに動けば戦力としては十分なはず。
なのになぜだか嫌な予感が止まない。
こういう時の勘はよく当たるものだ。
「面倒なことにならなきゃいいが⋯⋯」




