25話
オークやらゴブリンやらコボルトやらをたいして苦戦もせずに瞬殺しついに第4層を突破。残るは最深の第5層。
ここまで異変の原因らしきものは無かった。だが魔法使いとしての嗅覚が確かにこの先にあると警鐘を鳴らしている。
自分が無償にイライラしていることに軽く舌打ちをする。
「空気が悪すぎる。あまりここに長居したくないな」
5層へ続く道はこれまでと比べて1.5倍ほど大きくなっているが、逆に魔物がまったく見当たらない。
その原因ももうすぐ分かる。
やがて幾度も見た広場に似たような場所にでた。これまで下に行くほど小さくなっていたが、ここは4層よりも広かった。
その中心に体の上半身だけになった巨大な魔物の死骸が横たわっている。
数十年前に討伐されたソレは、頭にしっぽが付いたオタマジャクシのような形になって尚、頭部はほぼ原型を保っていた。
そしてその鼻先にはボロ布を着た謎の人物が手をかざしていた。
「よぉ。3層目あたりから随分と臭ってたよ。あんたの気配は」
「驚いたな。まさかここに来る人がいるとは。仲間は途中で死んだのかな?」
ボロ布の男は手を黒蛇から離しこちらに向き直ると、心底驚いたかのような反応をする。
「その気配、瘴鬼だな」
「瘴⋯⋯鬼?」
男はくくくと腹を抱えひとしきり笑うと右手でフードを外した。
洞窟内の魔石が放つ光によって照らされた素顔。その右目に当たる部分にはやはり禍々しい角が生えていた。
「もしや、この角と瘴気をかけているのか?これは傑作だ!!」
そこから放たれる想像以上の瘴気に上層から気づいていた俺は、瘴鬼が喋っていること気が付いた。6年前俺たちを襲った手長の瘴気はそこまでの知能を持っていなかった。
だがさほど驚きはない。納得してしまうほどこいつからあふれ出る瘴気は濃すぎていた。
男は1つ咳払いをする。
「では挨拶といこうか。こんにちは、この世界の住人よ。君たちは我々を『瘴鬼』と呼んでいるらしいが、どうかそんな低俗な名で呼ばないで欲しい」
男の右目は周囲の皮膚ごと角に飲み込まれており、恐らく視界は見えていない。角は1度外側へ膨らみ顔の前に戻ってくるような形をしていて、男の不気味さを際立たせている。
「我々は『魔人』。神から力を分け与えられしものだ」
魔人。魔に成った者、あるいは人を捨てた者。
確かにこいつらには鬼よりそっちの方がふさわしい。
「その魔人がこんなところで何をしてる」
「随分と冷静なエルフだ。いいだろう、私を前にして戦意を衰えさせない気力に免じて、少し話してやろう」
(こいつ、耳飾りの変装が通じてないのか?)
魔人は再び黒蛇の頭に触れると、そこから瘴気を流し始めた。
「まずこの場所にいた理由だが、これは単なる実験だ。私は科学者でね。この世界の魔物に我々の力がどのような影響を及ぼすのか。あるいはこの世界の力が我々にどのような影響をもたらすのか。その確認をしていた」
魔人の手からくる力の放流を蛇の死骸は苦もなく飲み込んでいく。やがて大昔に死したはずの骸は力を取り戻したかのように痙攣を起こし始めた。
「そしてこの世界に来た理由だが⋯⋯」
(この『世界』⋯⋯?)
魔人の手は変わらず頭に瘴気を送り続けており、顔に残る左目で俺の顔を観察している。
「とある探し物をしていてな。情報によると、ちょうど君くらいの歳のエルフらしい」
突如、男から放たれる瘴気が膨れ上がる。
一気に力を流された蛇の頭は痙攣を激しくし、まるで生きているかのようにビクンビクンとはね回る。
気づけば魔人の背後に穴が出来ており、奴は既に半分ほどその穴に埋まっていた。
俺は魔人から目線を外し反転。振り返りついさっき来た道を駆け戻る。
「だが君は違ったみたいだ」
痙攣する蛇の口の中。そこで瘴気が渦巻き形を成す。
それは一息で成長し腔内を満たす。石のように固く、まるで魔石のようなそれは蛇の後頭部を貫き、1本の角を作り出した。
「チッ⋯⋯!!」
一般人なら制御をミスれば四肢が爆発するほどの魔力を瞬時に体に巡らせ、全力で身体強化を施す。
口いっぱいにするだけでは飽き足らず後頭部まで貫いた捻れた角を持つ黒蛇の頭。
黒くてでかいオタマジャクシがオタマジャクシ状の鉱石に喰らいついたような可笑しな光景。だがビチビチと首の尻尾を壁や地面に叩きつけながら巨大な顔が迫ってくるのはもはやホラー映像だ。
ここで大技叩き込んで倒してもいいが、こいつを倒す程の威力だと洞窟が持たない。下手に撃ったら俺が生き埋めになる⋯⋯!
「⋯⋯しょうがねぇ」
魔力で強化した体にさらに雷魔法を付与。魔力と雷の二重強化でさらに速度を上げる。
「良い足だが残念なお知らせだ。私は君に興味はなかったが、戦闘好きの同胞が地上に来ているらしい。蛇に食われるか奴に殺されるか、覚悟しておいた方がいいぞ。彼は戦士を見逃すほどお人好しでは無いからな」
穴に飲まれ逃げたと思ったあの魔人が姿を表さず忠告してくる。
「⋯⋯ふん。ほざいてろ」
どうせ上にはハルがいる。どうとでもなるだろうさ。
俺はとにかくこの頭蛇に集中しろ!!!




