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黒と白  作者: 魚卵の卵とじ
始まり、宿る
24/55

24話

「いくらあんなこと言われたからって、あれはやりすぎじゃない?衛兵長さん伸びてたよ」


「俺はそんな単細胞に見えるのか?」


「うん。たまに」


「お前……いいぞ、久しぶりに喧嘩買ってやるよ。せいぜい体温めておけよ」


「次こそは僕に勝てるといいね兄さん」


 ⋯⋯言いやがる。実際負け越してるので反論できないのだが。


 ともかくさっきのはさっさと話を終わらせたかったから彼にに犠牲になってもらっただけだ。俺をお前の兵士たちと一緒にするなという意思表示にすぎない。


 公爵家の屋敷を出てすぐ目の前にすり鉢状に広がる巨大な戦場と、その中心にある地下へ続く大穴が見えた。


「……あれが黒蛇の穴」


 でかい。想像よりも。これを巣穴にしてた黒蛇ってやつはいったいどんな大きさしてたんだ……?


「もしかしてビビってる?変わってあげようか?」


「お前こそ変わらなくていいのか?他の奴ら巻き込まないようにするの苦手だろ?」


 まぁハルが地下に行った所でこいつの火力に巣が耐えられるか疑問だが。


 すり鉢の縁に立つとその惨状がよく見える。一つの軍として訓練された兵士たちも、様々な経験を積みここへ来た冒険者たちも、須らく魔物の数に翻弄されている。まさしくカオスという言葉がふさわしい状況だった。


「……さて、準備はいいかい?兄さん」


「あぁ。とっとと終わらせるぞ」


 襟をぐいと引っ張り鼻まで覆う。

 そんな俺をちらりと見たハルは白い外套の中から腰に差した剣を抜く。自身の髪と同じく白い刀身を持つ長剣を構えたハルはその剣に魔力を込めていく。

 長剣はその力に答えるように輝きを増し、純白の光で纏った炎を内から照らす。

 戦場に輝く光は戦う戦士の目を惹きつける。


「ダモクレス」


 ハルの持つ剣の銘は煌剣ダモクレス。素材からオーダーメイドの魔剣だ。

 ハルは光を受け勢いを強めた炎の剣を高く掲げると、一気に振り下ろした。


 剣から炎が吐き出されその勢いに吞まれまいと戦士たちは左右に避けていく。

 やがて炎は進路上の障害(まもの)をすべて焼き尽くし炎の道を作りだす。


 道が出来上がった直後、その道を一つの影が駆け抜ける。高い魔法抵抗を持つ黒い外套で身を守り、黒い影は強引に炎の道を進んでいく。

 その速度は常人では目にも映らぬほどで、高い襟で口を覆い空気を確保しなければ呼吸もままならない。


 やがて穴の縁に差し掛かるが勢いを止めずに跳躍し、そのまま穴の闇に呑まれたのだった。


 ◇


 一戸建ての建物が10個ほど入りそうな直径の大穴を、闇に紛れ矢のように進んでいく。


 最初に感じたのは異常なほど濃い魔力。

 まるほど。これ程の魔力が巣の中を満たしているのなら常に魔物が溢れているのも納得だ。


「っ!」


 オークが振りかぶった大斧で俺を叩き潰そうとするのを寸前で避ける。

 足は止めず、即座に雷で反撃。ピンポイントで魔石を撃ち抜かれたオークは自分が死んだことにも気づかず俺を追おうとするが体が反応せず倒れ伏した。


 最近の村の襲撃ははここの魔物が異常発生し、地上で仕留めきれなかった奴らが獲物を求めてた結果だろう。

 本来ならできるだけ倒して数を減らした方がいいんだろうが、どうせ上で消し炭にされる運命なのだからここでの消耗は無駄なだけだ。


「俺の仕事は最下層までいって異常の調査。魔物はハルに任せればいい」


 今度は20体ほどのゴブリンの群れ。

 衝突寸前で跳躍し飛び越える。


 そんな調子でしばらく進むと開けた空間に出た。

 黒蛇の穴は5つの部屋とそれを結ぶ通路で構成されるダンジョンで、第四層までは深くなるにつれ部屋は小さくなっていく。

 つまりこの部屋で一層目。


「通路の入口は⋯⋯あそこか」


 窪んだ空間を見下ろす形で崖の上に出てきた俺の正面の壁、その下方に次の通路の入口を確認。

 だが部屋は魔物で満たされていて着地の隙間もない。


「よっ⋯⋯」


壁に沿うように階段があるが無視して崖の縁を蹴り躊躇うことなく身を投げ出す。

 入口の前にはサイクロプスが2体。大きな体を活かして入口を塞いでいるが、侵入者には気づいていない。


 俺はサイクロプスの肩に着地。その反動で曲げた足でそのまま地面へ跳躍。一気に背後を取ったサイクロプスには雷撃でトドメを刺し、その確認もせずに再び走り出す。


「あと4部屋」


 ◇


「おいあんた、なんだ今の!?すっげぇな!!」


 兄さんを見届け自分も戦いへ出ようとすり鉢の中へ入った僕は冒険者達から予想外の歓待を受けていた。


「えっと、怪我がなくて良かったです」


 相変わらず細かい魔法制御は苦手で、少しでも改善するために王都1番の鍛冶師に作らせた煌剣を使い大きな被害が出ないようにしたのだが、どうやらみんな上手く避けてくれたみたいだ。


 そもそも、人や建物を縫うような魔法は緻密な計算があってのもので、とても実戦向きでは無い。それを一瞬でやってしまう兄はどれだけインチキなのか。それを当の本人は誇るほどでもないと言うことがいじらしく思う。


「ともかく、僕は穴の近くにいる魔物を殲滅します」


「あぁ、俺たちも手伝うぜ!」


「あ、すいません。僕1人じゃないと全力出せなくて⋯⋯なので皆さんはこのまま外周で僕が倒し損ねた魔物をお願いします」


「は?」


 呆気に取られる冒険者の男性を彼の仲間に託し僕は穴へ向かう。

 穴から魔物は湧き出しているので、当然中心へ向かうほどその数は多くなる。


 煌剣ダモクレスは、とある魔物を倒す際に特別な方法を用いる事で採取できる鉱石から作られている。

 魔物の名はクリスタルワイバーン。鉱石を好んで食するその魔物の体には取り入れた鉱石が生えており、その質は不純物が極限まで取り除かれ自然に生えているものとは比べ物にならないほどに良質。


 ダモクレスの素材になった鉱石は魔封石といい、魔法を封じ込める特殊な鉱石だ。僕はその鉱石に、6年間でなんとか制御することに成功したあの白い炎を封じ込め、さらにそれクリスタルワイバーンに食わせた。


 最後にクリスタルワイバーンを倒し良質な鉱石にした魔封石で鍛造した剣がこのダモクレスだ。


「グギャァァァ」


 魔封石はそこに込められた魔力を使うことが出来るという性質を持つ。つまりダモクレスはあの白い炎を扱えるのである。

 特別制御が難しいあの白い炎を剣に纏わせられるだけでだいぶ扱いやすくなる。先のように炎の斬撃を飛ばせば道を作れるように。


 穴に向けて斬撃を放ち射線上の魔物を一掃する。

 ゴブリンやコボルトなどの弱い魔物は炭すら燃え尽き、オークやオーガはその厚い皮膚のせいで余計に苦しみながら灰になる。


 白い炎は全てを灰燼に帰す。灰すら残さずその存在を焼却する、太陽の炎だ。



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