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黒と白  作者: 魚卵の卵とじ
始まり、宿る
23/55

23話

 魔物災害(スタンピード)。ダンジョンならどんな場所でも可能性がある災害だ。

 だが黒蛇の穴ともなると意味が変わってくる。史上数える程しか存在しないSランクの魔物。何十年も前に討伐されたものの、あまりの大きさからその体を解体することが出来ず、なくなく死骸をその巣の中に置き去りにした。


 けれど想定外なことに、死してもなお放たれた魔力は大蛇の巣に充満し、魔物が誕生したことでダンジョンと化してしまったのだ。


 その穴からは絶えず魔物が溢れ出し、およそ12年に一度はその数が急激に増える時期がある。

 魔物災害(スタンピード)と言えばダンジョンから魔物が溢れることを指すが、このダンジョンに至ってはそんなことは日常茶飯事。故にこの場所にとっての魔物災害(スタンピード)とは10年に一度の大災害のことを指すのである。


「その手紙にも書いてあると思うが、俺たちは黒蛇の穴に入って今回の異常を調べるために来た」


「嘘をつくな!!貴様らのような子供が『魔星』の遣い?信用ならん!!」


「⋯⋯はぁ」


 こういうのは6年でもう慣れたから今更なんとも思わないが、さすがに公爵様がこんなバカだとは思いたくない。


「衛兵長。少し落ち着け」


「し、しかし!」


 髭を生やしたでかい男が言うと衛兵長とやらは大人しくなった。

 どうやら彼がアルカード公爵のようだ。


 公爵は兵士から俺が渡した手紙を受け取ると、封を空け読み始める。

 少し経ち顔を上げた彼は意を決したかのような覚悟の決まった顔で口を開いた。


「クロ殿とシロ殿。噂には聞いている。メルヴィス様が秘密裏に育て上げた腕利きの魔法使いとな」


 流石に公爵にもなれば登城する機会も多い。俺たちの噂も耳に入っているらしい。


「話が早くて助かる」


「だが1つ確認がしたい」


「……慎重だな」


 まぁこんな見るからに怪しい不審者をすぐに信用する人物なら侯爵なんてやっていないか。


「本当にたった2人で穴に入るつもりなのか?あそこはA級ダンジョンだ。A級冒険者のパーティでも第3層が限界の地獄だ」


「いや、正確には俺だけだ」


「⋯⋯は?1人?で、では、シロ殿はいったいなんのために?」


「僕は地上で戦います。さっき見かけましたが地上も大分ギリギリですよね」


 もちろん最初は2人で行くつもりだったが、地上で戦っている人たちは皆満身創痍の様子だった。おそらく俺たちが原因を見つけて解決するまで耐えることはできない。そもそも巣の中に原因があるとも限らないしな。

 そこでハルが地上に残ることになったのだ


「ふざけるのも大概にしろ……!!」


 ここで衛兵長と呼ばれた男がついにブチ切れた。

 ドンと手を突き立ち上がってこちらへ向かってくる。


「我々は命がけで戦っているのだ……!!ここは遊び感覚で来ていい場所ではない!!そのうえ一人で穴に入るだと……⁉」


 衛兵長はそのまま俺の目の前に来ると眦を吊り上げ怒鳴りつける。物理的上から目線。最近の兵士はこれが流行ってんのか?


「大人しく家に帰って父親の仕事でも手伝っていろっ!!」


「あっそれ地雷―――」


 瞬間的に俺は魔力を体に流し身体強化を施した右足で男の脇腹を蹴り飛ばした。

 男はなすすべもなく吹き飛ばされ左の壁とさらにその向こうの壁まで破壊しようやく止まった。


「ちょっと!!手出すの速いよ!!」


「出したのは足だバカ」


 ハルが何か言っているが適当に流して俺は公爵を見る。

 顔は隠してるし耳飾りの効果で霧がかかったように見えているはずだが、それでも公爵は正確に俺の目を見ていた。その眼は猛禽類のように鋭く、俺の実力を測っているようだ。


「聞くが公爵。あんたらにはこんなことしている余裕があったのか?」


 言外にそんな余裕があるなら帰ってもいいんだぞと脅す。俺の今の立場は魔星の遣い。公爵といえど星直属の部下には強く出れまい。そもそも俺たちは貴族ではないし正体がばれてもその上下関係に縛られない。


「……いいだろう」


 公爵は顎の髭を撫でながら頷くのだった。


 ◇


 黒と白の二人が部屋を出ていくのを見送った公爵はほうと息を吐く。


「公爵。あの者たちは何者なのですか」


「……彼らはメルヴィス様の個人的な部下だ。正式な騎士ではないが騎士としての身分を認められている」


「あんな子供が……」


「お前たちも見ただろうが、年を取ったとはいえかつて騎士団で一部隊の隊長を務めた衛兵長を一撃で吹き飛ばすほどの実力者だ。下に見ていい相手ではない」


 城では彼らの噂をよく聞いた。6年前突如城に現れた彼らは次々にメルヴィス様からの任務をこなし、その存在を示してきた。


 だがそのどれもシロという少年の情報ばかりだった。

 シロは魔物の殲滅を主に担っており、炎の魔法を使う。その威力は絶大で、見渡す限りの草原を一瞬で焼け野原にしてしまうほど。

しかしその一方であのクロという少年の情報は驚くほど少なかった。

 せいぜいが水の魔法を使うのだろうという、確証のない曖昧なもの。


 それゆえ彼らの噂を知る騎士たちはクロのことは不気味とだけで、より目立った活躍の多いシロの方が危険と思っているが、それはきっと間違いだ。

 クロの情報が少ないのは目撃者がいないから。つまりその悉くを殺す、もしくは口止めをしているということ。

 つまりシロと違い人相手の任務を主にしているということ。


「人と魔物の違いは何だと思う?」


「知能、でしょうか」


 知能。確かに明確な違いだろう。だが魔物の中にも人間と同じような考え方をする魔物もいる。伝説の龍種は人語も話すという。


 人と魔物の最大の違い。それは会話。もしくは対話というべきか。

 人族、森人族、獣人族、果てには精霊や妖精まで。人は種族を介して会話をする。たとえ最初は敵同士でも、対話を重ね親交を深める事が出来る。


 ―――同時に欺き裏切ることも。


 人相手に経験を積んだクロはきっとそういった武器の扱いにも慣れている。

 会話で情報を引き出し用が終わったら容赦なく殺すクロと、どんな敵もその炎で一掃するシロ。


 同じ人間にとって警戒すべきはどちらか。それは明白だった。


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