22話
黒蛇の穴はかつてSランク認定された魔物『黒蛇』の死骸から魔力が溢れ出し、その魔力が溜まることによって魔物が際限なく生まれるA級ダンジョンである
また数年に一度魔物の発生が爆発的に増加するタイミングがあり、およそ12年周期で訪れるそれはアルカード公爵領や冒険者たちにとってひとつの一大イベントとなっている。
その黒蛇の穴に現在、異常が起こっていた。
「報告!魔物の増加、依然収まる気配がありません!」
会議室は騒然となる。何せ以前の魔物災害から9年。それだけでは異常とまでは無いが、例年より少し早い。加えて魔物の勢いも強すぎる。。
そんな異常事態を前に、門の責務を負うハイリンヒ・アルカードは苦悩していた。
「如何しましょう。ハイリンヒ様」
「⋯⋯うむ」
ハイリンヒは自慢の髭を撫でながら頭をフル回転させる。
彼は戦士では無くあくまで一貴族に過ぎない。だが公爵家として上等な教育を受けてきた彼の頭の回転は早かった。
「恐らく今後も魔物は増えるだろう。今のうちに城へ報告する。今回の異常性と応援の要請だ。また冒険者ギルドにも正式に依頼を出し冒険者を集めよ」
はっ。と答えた衛兵は即座に部屋を後にする。
その姿を自慢の髭をいじりながらハイリンヒは眺めていた。
(場合によっては『星』に来ていただくことになる。それほどまでに今回の魔物災害スタンピードは様子がおかしい)
事の始まりは数日前。
急激に増えた魔物に多くの被害を受けたことで調査が始まった。
最初はすぐに落ち着くだろうと高を括り冒険者ギルドにはそれとなく冒険者を焚きつけるようにと指示を出すに留めた。
だがそれ以降も数は増え続け、冒険者も公爵家の衛兵にも少なくない被害が出てしまい、これ以上は不味いということで、公爵領冒険者ギルドのギルド長を始めとした有力者を集めて話し合いをしているという訳だ。
「ハイリンヒ様。ここは近隣の貴族にも応援を要請する方が良いのでは?」
「⋯⋯うむ」
公爵家ともなれば政治に深く関わることの多い大貴族だ。当然政敵も増えるし、注意しなければならないことも多い。
下手に貸しを作ろうものならどんな要求が帰ってくるか分かったものじゃない。
黒蛇の穴という脅威から国をを守るという責務を負った公爵家が、自分の力では守りきれないから力を貸してくれなんて言ったら、チャンスとばかりに恩を売りつけられるだろう。
なんにせよ、状況を見つつ国からの応援を待ってから。そう言おうと口を開いた矢先、再び会議室の部屋が開けられた。
「ほ、報告!」
「今度はなんだ」
扉を開けたのは先程の兵士だ。何か想定外の事でも起こったか。
「お、王城からの使者を名乗るものが⋯⋯」
「馬鹿を言うな!まだ伝令も出していないのだぞ!?」
衛兵長が声を荒らげる。確かに普通に考えればおかしい。まるでこの状況を予想していたか、どこかで見ているかのようだ。
だが貴族の事情に疎い彼なら知らないのも仕方あるまい。
このようなことが出来る存在がこの国にいることを。
「構わん。通せ」
「ハイリンヒ様!いくらなんでも怪しすぎます!!」
国を守るという責務は城に仕える騎士も同じ。彼らは城のため、王のため、自らの力の及ぶ限り人々を守り、そうして国を守っている。
だがたった4人、その存在を許された彼らに課される責務は、正しく文字通りの国守り。
国の非常事態をいち早く察知し騎士を動かし、時には自ら出て対処する。
そう、たった今のように。
兵士に連れられ入ってきたのは黒の外套を纏う男と白の外套を纏う男。
顔は高い襟とフードで隠しているが背格好から恐らく少年と言える歳。
あまりの若さに思わず、娘もそのくらいの歳だったかと感傷に浸っているうちに、黒い方の少年が懐から1枚の手紙を出しこう言った。
「『魔星』メルヴィス・アーケインの使いだ。黒蛇の穴の異常に関して対処を命じられて来た」
◇
村を襲った魔物を殲滅した2日後、学園の休みを利用し惰眠を貪っていた俺を叩き起したのは例の夜空の小鳥だった。
どうせまたどこかの村が襲われてるから走って行ってこいとかだろう。だが今なら俺じゃなくてもハルがいる。無視しても大丈夫。さぁ寝るぞ。
カッカッカッカッカッ⋯⋯カカカカカカカカカッッ―――
「―――痛ってぇな!!?禿げるわ!?」
クソ鳥がっ!!
そんなこんなでメルヴィスに呼び出された俺とハルは城にやって来ていた。
「で、朝からなんだよ」
「もう昼だよ兄さん」
うるせぇ。俺にとってはまだ朝だ。
「⋯⋯シン。2日前の任務覚えているな」
金髪を後ろでまとめメガネを掛け書類に何かを書いているメルヴィスは、俺たちに一瞬も目を向けず話を切り出した。
「まぁ2日前だしな。当然覚えてるが」
「昨日ハルカにも行ってもらったが、あれから王都の周辺で同じような被害が起きている。既に10件は超えているな」
「⋯⋯は?」
ハルにも確認するがうんと頷いている。同時期に10か所以上の村が魔物に襲われた?
ほぼ同時と言っいてもいいタイミング。決して偶然とは思えない。
「幸い、兆候に気づいて対処出来たが、このままでは埒が明かない」
こいつはどんな魔法を使っているのか、この国のどこでもリアルタイムで監視している。
それを使って魔物の動きを察知して騎士団を派遣していたらしい。
いやな予感がする。
とてつもない無茶を押し付けられる気がする。
「お前達には原因を対処してもらう」
「⋯⋯原因?」
なんで休みの日にこんな仕事をしなきゃならんのか。
これだから公務員は⋯⋯
「黒蛇の穴。そこで魔物災害が起きている」




