21話
「……というように、多属性使いでも得意属性はあり、そちらの方が同じ量の魔力でも高い効果が発揮される」
教師が言い終わると同時に授業の終わりを知らせる鐘が鳴った。教師が眼鏡の位置を直し一礼して教室を後にすると、教室は一気に騒がしくなる。
腹が減ったと食堂へ行く者。授業の復習をする者。友人と雑談するもの。
そんな級友たちの様子を後ろの席から眺めていると、一人の男子生徒が女子生徒に話しかけた。
「やぁ。ルシェル嬢。一緒にランチでもどうかな?」
金の髪を手で払う男は、ナイデル侯爵家の令息。確か名前はウルリッヒだったか。
どうやら彼はルシェルさんを食事に誘っているらしい。彼のこのような光景はこの二年でいくども見かけている。
ナイデル家は女好きで有名で、彼も無事その血を受け継いでいるようだ。
「すいません。お昼は用事があるので」
「では、その用事僕もお供しよう。二人の方が速く終わるだろう?」
一応学園は「身分を気にせず誰もが平等に接する場」として貴族の爵位は考慮しない決まりがあるのだが、公爵家の娘相手にここまで厚かましくいくのは一種の才能ではないだろうか。
「不要です。失礼します」
さすがに不快だったのか、それともナイデル家の噂を思い出したのかルシェルさんはきっぱりと断り、そそくさと教室を後にした。
対してウルリッヒ君の方はというと……
「チッ……あの女、公爵令嬢だからと調子に乗りやがって」
うーん。兄さんじゃないが貴族のドロドロにはあまり関わりたくないな。
「……ていうか、今日兄さんがいないことルシェルさんに言うの忘れてた」
用事というのは兄さんとの魔法の練習のことだろう。任務で兄さんがいないため練習ができないことを伝えていなかった。
僕もいそいで教室を出て、泉へ向かう前に食堂で買った日替わりサンドイッチを口に入れながら彼女を追った
◇
「えっ……休み、ですか?」
泉で合流しルシェルさんに事情を話す。
「うん。家の用事でね。明日には来ると思うよ」
昨日と今日でまともに訓練もできずに不満そうな顔になるルシェルさん。
ルシェルさんにとって魔法が使えるようになることは至上命題だ。いきなり兄さんが来なくなってはバックレたのかと思うだろう。ただでさえ兄さんは最初反対していたのだから余計に。
「ちゃんと面倒は見るよ。兄さんは」
兄さんは仕事は最後までやるタイプの人種だ。たとえ報酬がない個人的な頼みだとしても途中で放り出すことなんてしない。
「目つきも口も悪いけど、ああみえて結構面倒見いいんだよ」
「……分かりました」
彼女は納得してくれたのか、ため息をつき端に横たわる倒木に座る。
何も言わずただじっと泉を眺める彼女の瞳にはいったいなにが写っているのか。
このままそっとしておきたい所だが、そうはいかない事情が僕にもがある。
昨日の夜、夕飯の際に兄さんとルシェルさんのことについて話して、いくつか彼女に確認したいことが出来た。
本当は全部兄さんに任せるつもりだったけど、しょうがない。
「ねぇルシェルさん。一つ聞いてもいいかな」
「なんでしょう」
はじめて彼女が話かけてきた時のように、今度は僕が彼女の隣に座る。
「君のお母さんが最後に戦った戦場に、君はいたかい?」
予想外の質問だったのだろう。ルシェルさんは少し驚いたように目を見開いたがすぐに目をつぶった。
「いえ。あの日は体調を崩しており戦いには行っていないんです」
以前彼女自身も言っていたが、アルカード公爵令嬢はよく母親と戦場に行くというのは貴族間ではそれなりに知られている話らしい。だが肝心の当時は戦いには参加しなかったようだ。
「……そっか。悪いね。答えにくい質問しちゃって」
「……構いません。けどどうしてそんな質問を?」
「うーん」
兄さんは彼女が魔法を使えない理由に心当たりがあるみたいだった。
そんな兄さんが言うには、彼女の当時の記憶を無理に刺激するのは避けたほうがいいらしい。
母親を失うというのは相当なトラウマだ。下手に刺激をして彼女の地雷を踏みぬけば精神が荒れてしまうかもしれない。
彼女の心の結界のことは兄さんから聞いているが、それがトラウマから守るためのものなのか、それ以外のものなのか。直接触れていない僕には分からないが、あまりズケズケと踏み入っていいものでもないだろう。
頭で結論を出した僕はとりあえず誤魔化すことにした。
彼女の目をまっすぐ見つめ返しにっこりと笑う。
「なんてことのない、ただの世間話だよ」
「……嘘ですよね」
おかしいな。他の子に嘘つくときはこれで何とかなったのだが。
◇
夕刻。授業がすべて終わり荷物をぶら下げ帰路につく。
ふんふんと鼻歌を歌いながら我が家を目指し歩いていると、茶色いレンガのとんがり屋根を持つひと際大きな建物から黒ずくめの不審者な男が出てくるのを見つけた。
フードを襟と目深にかぶったフードで顔を隠す男を小走りで追いかける。
「やぁ兄さん。不審者活動するにはまだ明るいんじゃない?」
「誰が不審者だ。あとせっかく顔隠してんだから兄さんって呼ぶな」
一切攻撃の気配を感じさせず顔面目掛けて飛んできた小さなサメを間一髪で燃やす。
見慣れた物よりサイズは小さいがその威力を知ってるがゆえに、顔がぐちゃぐちゃになる寸前だったことに冷や汗が出る。
「そっちこそ、人目があるのに堂々と弟を殺そうとしないでよ!危うく死ぬかと思った……」
兄さんは人がいないことを確認するとさらに人気のない路地に入る。僕が追って路地に入ったときには外套を脱いだいつもの姿の兄さんがいた。
「今帰り?兄さんにしては遅かったんじゃない?」
「昼には王都にいたんだが、ちょっとな」
「冒険者ギルドにはどうして?久しぶりに依頼でも受けるの?」
「ただの聞き込みだよ……それより、ルシェルはなんて?聞いたんだろ?」
なるほど。先ほど冒険者ギルドから出てきたのはルシェルさん関連か。兄さんも何か情報を得たらしい。
「現場にはいなかったって。体調を崩して屋敷で休んでたみたい」
それから僕たちはお互いに今日の出来事を共有した。




