20話
「彼らは廻る。ただひたすらに。彼らは廻る。悠久を越えて」
村の魔物は殲滅した。あとは村の救助、支援に来る騎士団を待って引き継ぐだけだが、暇だしせっかくなので訓練でもとさらなる魔法を発動させる。
「廻る星々」
村長宅の周囲を埋め尽くすほどの数の水魚が召喚される。一匹のサメのような水魚がぐるりと村長の家を回ると、方向を変えて村の外へ宙を泳いでいく。他の水魚たちもそれに続き夜空に橋を掛ける。
数は止まることなく増えていき、やがて水魚たちは村の外周を巡り始める。
最初に飛び出たサメはぐんぐんと風を切りながら進みあとの魚に追いつく。そうして出来上がった巨大な水魚の輪は、最初は途切れ途切れだったものの、着実に数を増やす魚たちにより隙間は埋められ、そうして完全に村は外と隔絶された。
「詠唱ありでこの程度。まだまだだな」
全盛期の『水星』コルヴェートはこの村の何倍もの大きさの王都を水で作った動物たちを操り魔物から街を守ったという。
省略はしたが完全詠唱時と規模にそう違いはない。無詠唱ではないとはいえエルフの魔法でも届かないかつての師はいったいどれほどの化け物なのか。それを改めて実感する。
魔力の制限がなければ王都を覆うくらいはできるが場所によってムラが出来てしまう。薄い個所を突かれればゴブリンでも抜けられるだろう。
懐かしい人との差を感じていると右手の少女が口を開いた。先の轟音で起こしてしまったらしい。
「……きれい」
綺麗。かつて俺はじいさんの魔法を見て同じ感想を抱いた。いつかはこんな魔法使いになりたいと思っていた。6年前の俺が少女の言葉を聞いたならきっと大喜びしていただろう。
今の俺は俺の魔法を綺麗だとは思わない。
人も魔物も数えきれないほど殺してきた。何かを守るためでなくただ仕事だからと、魔法を使って頭を吹き飛ばしてきた。
じいさんの魔法が輝いて見えたのはきっと誰かのための魔法だったからだ。そんな魔法使いだから俺は憧れた。
なのに俺はその魔法をただ一つの目標のために磨いてきた。ただあの鬼に負けないために。
そう。結局はルシェルと同じだ。殺したいやつを殺すために強くなった。
それでも彼女に魔法を教えようと思ったのは綺麗といった彼女の姿が、かつての自分に重なってしまったからだ。
あの過去たちがあるからこそ今の俺がいる。だから俺は俺の人生を絶対に否定しない。でもあの時の彼女を否定したらかつての俺を否定することになる気がしたのだ。
今少女が綺麗といった魔法も村を守るため魔法ではない。魔力に惹かれて寄ってきた魔物を殺すための魔法だ。
屁理屈かもしれないが魔法が想像を具現化するものである以上、俺がこう思っている限り俺の魔法は変わらない。
俺の魔法に『綺麗』なんて言葉は相応しくない。
◇
水魚を抜けようとしたゴブリンらしき魔物が、魚に喰い潰されるのを遠目から眺める。
時々瀕死ながらもなんとか突破した魔物は雷で狙撃して始末する。
「今のもあなたの魔法?すごい!!」
目覚めた少女は好奇心旺盛だった。起きてからただひたすら魚と雷光が魔物を殺すのを見ていてずっとこの調子だ。
「私も魔法が使えるのよ!たまにお花の声が聞こえるの!!」
魔法は属性魔法と非属性魔法に分けられる。火、水、土、風の基本4属性とそこから派生する雷や氷などの副属性が属性魔法。それ以外の魔法が非属性魔法。代表的なのは重力魔法とか、亜空間魔法だな。
少女のいう植物の声が聞こえるというのは非属性魔法だろう。
「おにいさん、二つも魔法を使えるのね!」
魔力と魔法はよく水とインクに例えられる。無色の魔力に色を足して魔法を使うのだが、その色は生まれたときから決まっており、その魔法は得意魔法とも呼ばれる。
そしてその得意魔法は一つだけ。つまり基本的に一人一つの魔法しか使うことができないのだ。
だが物事には例外がつきもので、まれに複数の属性魔法を使える者がいる。そういうやつを多属性使いといい、雷と水の二つの属性を使える俺もその一人というわけだ。
ちなみに非属性魔法の使い手にエレメンタルはいないらしい。なんでも器の容量があるとかなんとか。
「おにいさんすごいわ!!」
「……」
にしても口が止まらないな。なんだこのガキは……目の前で母親が殺されかけて、もうすぐ自分も、って経験をした後でよくこんな興奮してられる……
「おにいさん、名前は?あたしはリルラ!」
「……クロだ」
◇
適当に少女の問いに答えているうちに夜明けがやってきたが、騎士団が到着したのは昼頃だった。
騎士たちは軍馬に乗り、そのうち3匹には荷車がつながれていた。
先頭を走っていた騎士が村長宅に着いたので、俺も屋根から降りる。少女はいつの間にか眠っていた。
「おぉ。クロ殿でしたか」
「あんたか。今村長を呼んでくる」
この男とは以前あったことがある。魔物に対処しきれなかった彼らを別任務の帰りで偶然通りかかった俺が助けたのだ。
騎士団が到着したことを村長に伝えに行くと、さすがに眠っていたようだがすぐに飛び起きて地下から出てきた。
それから村長は騎士とこれからのことを話し合った。
彼らには王都に移住するか、村を復興するか選択肢がある。どちらを選ぶにせよ騎士たちが支援をするだろうが、村の壊れ具合からするに多くの住人が移住を望むはずだ。
何もかもがやり直しの選択肢。村人たちにはとても辛い経験になるだろう。
「彼らなら大丈夫でしょう。もちろん我々も支えますが……」
あくびを噛み殺しているうちに話し合いが終わったのかいつの間にか村長が消えていた。ほかの村人と話しに行ったのだろう。
「あぁ、あんたは知ってるんだったか」
王都にはこういった被害で家を失った人や、親がいない子供を住まわせる孤児院がある。公にはコルヴェートのじいさんが建てたものをメルヴィスが引き継いだとされているが、実際には引き継いだのは俺だ。
孤児院として子供を受け入れ、大人はその運営をさせるために雇う。もちろん新たな生活へ旅立つ奴は見送るし、途中で見放すようなことはするつもりはない。
大人に払う給料も、孤児院の運営に関わる費用も当然メルヴィスから払われる俺の給料から引かれている。
「他の騎士はあなたのことを嫌っているようですが、あなたのことを知らないだけです。私は……」
「……俺は誰かに尊敬されるような聖人じゃない」
口には出さないが際どいことも結構やってる。孤児院のことを広めないのもその方が俺とハルが動きやすいからだ。
地位も名誉も興味ない。間接的とはいえ貴族の争いに関わる可能性があるのだ。面倒ごとを避ける。第一優先はこれに尽きる。
「俺を持ち上げるのは勝手だが、その期待に応えるつもりは無いぞ」
俺は俺のために動く。
俺はフードを深くかぶり村を去った。
非属性魔法は属性魔法よりも規格が大きいので複数の魔法を習得することは不可能です。
複数の属性を操れるエレメンタルにも得意魔法はあり、魔力を垂れ流した際に薄く光る色の方がそれにあたります。シンの場合は雷魔法が得意魔法に当たり、エレメンタルの魔法は得意魔法の方が同じ魔力を込めた際にわずかですが高い効果を発揮します。
本来水と雷ではどちらが得意魔法かに関わらず雷の方が高い威力を出しやすいのですが、常人では発狂物の訓練で培った魔力制御と水星の水魔法を継いだおかげでシンの水魔法は雷魔法に匹敵する威力を持ちます




