2話
そいつは急に現れた。額には捻じれた二つの角を持ち、体からは禍々しいオーラを放っていた。成人男性の二倍はある大きな体躯と地面につくほど長い手を持つ、鬼のような魔物だった。
異変を感じたじいさんが、俺たちを塔の中に閉じ込め一人で戦いに行った。
じいさんは水の魔法を駆使し、森に向かって鬼を吹き飛ばした。
「城から人が来るはずじゃ。それまで決して塔から出てはならんぞ」
そういったじいさんは鬼を追って森に向かった。
そして殺された。ものすごい勢いで何かが塔にぶつかったと思ったら、壁に穴が開いていて、その瓦礫の上にじいさんが倒れていた。
体は一見何ともないようで、けれど明らかに折れてはいけない方に胴体が折れ曲がっている。
「お、おじさんが……!た、助けに行かないと!!」
「ダメです!!すぐに城から応援が来ます!!絶対に行ってはいけません!!」
ハルが泣きそうになりながら助けに行こうとして、マーサに止められている。
マーサの手には塔に常備してある回復薬が握られていた。ハルには行くなといっておきながら、自分は助けに行くつもりなのだろう。
壁に空いた穴から見える庭にはいつの間にか鬼が立っていて、じいさんを足で転がし遊んでいた。じいさんの魔法を受けせいか、左腕がなく、体にもえぐれている個所がいくつかある。
だが、そんな状態でもその鬼は、まるで楽しんでいるかのように笑いながら、残った右腕ををふらふらと揺らしている。
「ハル。お前はマーサを守ってろ」
「シン様!!」
マーサの手が俺を止めようとするが、それをすり抜け、扉を開けて飛びだす。目的はじいいさんの回収。戦うつもりは無い。この国には死者すらもよみがえらせる治癒師がいると聞いたことがある。まだ、何とかなるかもしれない。
「グガガ」
飛び出した勢いをそのままに、右手から雷を出し牽制する。効き目がないことは分かってる。だからこその雷。だからこその目くらまし。
威力よりも爆発するよう構築した雷が奴の顔面で炸裂する。
爆風を右手で防ぎ、魔力で強化した足で鬼の脇腹を蹴り飛ばす。
「その足…どけろっ!!!」
渾身の蹴りに対し鬼は無防備。まるで鋼鉄の壁を蹴ったような感触で、むしろ足の方にダメージが来る。
視界の悪い中奴が笑っているのを感じる。
「分かってんだよ、てめぇが硬いのはッ!!」
山すら簡単に消し飛ばすようなじいさんの魔法を受けて、分かりやすい傷は左腕だけ。俺の蹴りではびくともしないのは予想済み。
俺の背後。俺が飛び出した部屋の扉付近に待機していたそれを射出する。
「吹っ飛べ!!!」
それは水球。ついさっき奴の左腕をもぎ取った、王国随一の水の魔法使いの技。
水球を圧縮し高速回転をくわえることで、対象をえぐり取る直伝の技。
じいさんのに比べれば威力は低いが、吹き飛ばす分には十分だ。
もとからやりあう気はない。奴をじいさんから引き離せればそれでいい。
水球を顔面に食らった鬼。大きく吹き飛ばされることは無く、軽くよろめいただけ。それでもほんの一瞬だけ、足が離れた。
その隙に俺は素早くじいさんを背負いながら、おまけに雷撃を食らわせ、先ほどまで隠れていた部屋に戻ろうと走り出す。
塔には結界が張ってある。その中に入れればあとは応援とやらを待てばいい。
瞬間―――
鼓膜が破れたと錯覚しそうなほどの大咆哮とプレッシャーが背中に突き刺さる。
そして思い知った。自分がどれだけ浅はかだったのかを。
(じいさんを回収して塔に戻るつもりだった。そうすれば終わりだと思ってた。甘かった。焦ってた!!冷静だと思ってた!!!)
背中からあの禍々しいオーラがお触れ出しているのを感じる。最初に見たときから、あれは魔力なんかではないと感じていた。あれはただ奴の禍々しさが表出しているだけかと思った。
奴がそれを解放したことで、そのオーラがどういうものなのかを、本能的に悟る。
あいつからは魔力を感じない。代わりにあるのはあの瘴気だけ。
だからじいさんの魔法でも致命傷を与えられなかった。どれだけ雷を打ち込んでもおそらく火傷すらしない。
あの瘴気の本質は
魔力を弾く