19話
火に燃えている村が見えたとき、オークに襲われている少女を見つけた。よく見れば母親らしき人物が首をオークに掴まれている。
大きさから中級のオークと推測。中級ならBランクの魔物だ。村の兵士では太刀打ちできないだろう。
「雷鎚」
上から雷を落としオークを焼き豚して母親と少女を救出。
恐怖か、それともいきなり視界がホワイトアウトしたことで驚いたのか少女は気絶してしまっている。
母親の方は母親の方で限界まで首を絞められたことで、こちらも気を失っている。
「……」
上裸の母親には悪いがこのコートは脱ぎたくないのでそのまま背中で背負う。足は左手だけで何とか抱えて、残った右手で少女を抱え上げる。
「……さてと、生き残りを探すか」
◇
「村長……」
「王都には使いを出した。生きてさえいれば……」
「ここから王都まで早くても一日はかかるんだぞ!!」
「それまでここが魔物に見つからないという保証はない!!」
村長と呼ばれた老人は、興奮した若者に正論を返され押し黙る。
村は突然やってきた魔物に襲われ一瞬で火の海に沈んだ。村長の家は村で一番大きく、中には食料を貯める地下室があったため、なんとか生き残った村人はその地下室なら魔物から隠れられると思い避難したが、中は決して広いとはいえず、天井からうっすらと見える炎の色が村人たちに余計に恐怖を植え付けた。
突如、入り口を閉じていた木蓋が蹴破られた。
「ひッ」
村人たちは悲鳴を上げ、いよいよかと固唾をのんだが、穴から降りてきたのは醜い豚ではなく、背に大人の女を背負い腕には少女を抱えた黒ずくめの男だった。
黒ずくめの少年は人三人分の重さを感じさせない軽やかさで着地し、口を開いた。
「村長はいるか」
「は、はい。私がこの村の村長のムツボイです」
「俺は『魔星』メルヴィス・アーケインの使いだ。この村には魔物退治の任務で来た。まずは彼女が着れるような布かなんかが欲しいんだが」
「メルヴィス様の……!?」
村長のムツボイから人一人を覆える大きな布を受け取り、地面に降ろした女性に纏わせながら、俺は森で二人を助け、生存者がいないか探していたことを伝えた。
「俺はこれから魔物を狩ってくる。夜明け頃には騎士団の奴らも来ると思うから、それまではここで休んでくれ」
「な、なるほど……して、その子はどうしましょうか」
「……」
背中の女性はすでに下ろし寝かせているが、腕の少女は俺の右腕を抱きかかえるように寝ていて、放してくれそうにない。
よっぽどオークが怖かったのか、股らへんが湿っている。あまり言っていいことではないとは思うが、はっきり言って不快なので放してほしい。
「よければ、連れていってあげてはくれないでしょうか。この子は村で一番若い。この村の希望なのです。この中にいるより、あなたの傍にいる方が安全でしょう。どうか……」
魔物は全て狩るつもりだし、ここにいても安全なのは変わらないと思うが、まぁ右手が使えないくらい魔法使いにとってはどうということは無い。
「無理に剥がして泣かれても面倒だしな」
「どうかよろしくお願いします」
◇
村長の家は村の長の家だけあって他の家と比べて一回り大きく、屋根の上に立てば村全体が見渡せる。至る所でオークが村を荒らしているのが分かる。
「にしてもオークばかりだな」
仮とはいえ『魔星』に仕える騎士の一人だ。王都周辺の魔物の分布ぐらいは頭に叩き込んでいる。もちろんこの村の周囲に住む魔物のことも。
だがここら一帯に生息する魔物はゴブリンやウルフ系の魔物だったはず。オークがいるのはもっと南。
こちらが気づかぬうちに住処を変えたか。あるいは……
「なにはともあれ、だ。まずはここを落ち着かせるか」
左手を握りしめ軽く持ち上げる。やがて拳に込めた魔力は雷に変わり、光を放つ。
突如現れた膨大な魔力にオークどもは空を見上げ、それを見た。
雲が月を隠し照らすものがなくなった夜。その闇を照らし出したその光はまさしく星。
魅かれるように光に群がり始めるオークたちは、その光が放つ危険を本能で悟る。
あれは危ない。我らを滅ぼす。はやく殺せ。速く、はやく……
頭上を見上げ走り始めるオークたちは、それゆえ気が付かない。
星のごとく輝く光のその下方。ちょうど自らの胸の高さに頭上の光地同様のものが5つ並んでいることに。
やがて屋根に立つ男はその腕を振り下ろした。まるで見えない机を叩くように。何かを潰すように。
「―――『雷鍾』」
瞬間、轟音とともに光が駆けた。
破裂した5つの球はいくつもの線に枝分かれし、ほんの一瞬で村を駆け巡る。
その様子はまさしく雷。ただ一筋で対象を射抜き直後には次の獲物へ到達している。
地を這う稲光は、瞬きする間もなく一瞬にしてすべての魔物を貫き、やがて残光を残し消え去った。
一秒にも満たない瞬間の事象。残ったのは等しく魔石を貫かれたオークの死骸と、先の轟音と一転した静寂。
魔法使いは村に蔓延るオークの位置をすべて把握し、ただ一つの魔法でその核となる魔石を余すことなく貫いたのだ。
圧倒的魔法制御。果たして、このレベルの魔法使いはこのアルフェスト王国に他にいるのだろうか。
彼の半身とも呼べる白髪の少年ならきっとそう思うことだろう。




