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黒と白  作者: 魚卵の卵とじ
始まり、宿る
17/55

17話

「あの、一つ聞いてもいいですか」


 魔力を滾らせ喧嘩する気満々の俺たちを、不思議そうな顔をするルシェルが止める。


「……はぁ。どうした?」


「お二人が悪人ではないというのは分かりますが、精霊は心の本質を見破ると聞きます。私たちはここにいても大丈夫なんでしょうか」


 まぁ当然の疑問か。特にルシェルは昨日ここに来たときは、精霊から見たら復讐しか考えていない極悪人だからな。

 いつ精霊たちが暴走するか不安なのだろう。


「まだ二日目とはいえ、ここまで何もないなら認めてくれたってことじゃないか?」


「僕たちの方もそんな感じだからあんまり気にしなくてもいいと思うよ」


 俺たちが精霊に悪影響を与えることは無いと言い切れるのは、人間よりも精霊に詳しいのと、精霊に対して悪感情を抱いていないからだ。


 精霊は特に自身に対する感情に敏感で、強い感情ほど抗うすべもなく飲み込まれていく。

 逆に言ってしまうと、精霊を引き寄せるほどの感情を抱かなければ、悪感情を向けても問題ないということになる。ルシェルの場合、精霊に対してではなく特定の「魔物」に対しての感情だった。それに私生活では犯罪者というわけでもなく、ただの優等生だ。

 精霊は心の本質を見抜いていると自分が与える影響を心配しているルシェルだが、逆に自分が無害であると証明しているのだ。まぁ、微精霊たちがルシェルに止まり木のごとくまとわりついているのには別の理由がありそうだが。


 精霊という存在は、妖精族と違い完全に魔力によって体を構成している。そして魔力にはその者の想いや感情が少なからず込められているものだ。

 エルフが精霊の気配に敏感なのは、魔力を感じる力、つまり感情を読み取る力が強いからなのだ。


 俺たちがエルフというのはあまり表に出したくない。エルフは見た目はいいし魔法使いとして優秀な戦力になる。売ってよし育ってよしで、人攫いや奴隷相から狙われやすいのだ。

 だから極力正体は隠す。耳飾りもそういった意味でメルヴィスから支給されたものだ。


 その辺の事情を考慮して、ハルは俺たちがここにいていい理由を曖昧に伝えたのだろう。


「精霊に認められたって言っても、相手は微精霊だからな。何か大きな見返りがあるわけでもない。しいて言うならここにいてもいい許可ってとこか」


「なるほど……そもそも、私たちが人払いの結界に影響を受けないのはどうしてなんでしょう?」


「それに関しては俺達と一緒にいるからだ。俺たちは魔力量が多いからここの結界ぐらいならあまり影響を受けないんだよ」


「昨日と今日。ルシェルさんがここに入れたのは僕と一緒にいたからだね」


 俺よりもハルカの方が魔力量がはるかに多い。おそらく意識しなくてもハルの周りにいれば誰でもここに入れると思う。ただ……


(さっきの感触はただの防衛反応じゃなくて第三者からの妨害だ。誰かが結界を張ってルシェルの心を守っている。もしくは、隠している……か)


 その結界は相当な魔力が込められていた。ルシェルが人払いの結界を無視できたのはその影響かもしれない。


「とにかく、今日中止するのは微精霊の気配がおかしかったからだ。微精霊のためにもお前の体調のためにも、今日はここまでにする」


 俺すら弾く魔力を込めた結界と、人間の身で異様に微精霊から好かれる体質。彼女の体にはどうも秘密があるようだ。

 明らかに藪蛇なので心の結界の方には触れたくはないが、魔法を使えるようにするには結界をどうにかしなければいけない。一応手は無くはないのだが、俺の身を削るのであまりやりたくはない。


 俺の孤独で平和な学園生活は、気づいたら顔面から面倒事に突っ込んでしまったらしい。


 ◇


 王城を中心としたほぼ正円上の王都。その南西にメリストン学園があり、さらにその東側に簡素な住宅街がある。何の変哲もない一軒家の一つが6年前から俺たちの新しい家となっている。


 俺の目の前には窓枠に止まる一匹の小鳥がいた。小鳥はまるで星空を凝縮したかのように、闇色の中に星が散らばっている。

 マーサの作った夕食を食べて自分の部屋で休んでいたら急に部屋の中に現れたコイツはその嘴に一枚の手紙を挟んでいた。


 これはメルヴィスからの伝達だ。俺たちに仕事を与える際、メルヴィスはこうして使い魔の小鳥に手紙を持たせて細かい指示を出す。


 小鳥から手紙を受け取り中を見る。


 どうやら王都から南に一日ほど馬車を走らせた場所にある村が魔物に襲われているらしい。

 魔物の殲滅に必要な人数を騎士団で編成するより俺が行った方が速いからさっさと行ってこい(要約)らしい。


「……相変わらず人使いが荒いこって」


 窓からちらりと外を見るが、街はすでに夜に沈んでいる。


 メルヴィス・アーケインとはこういう男だ。最初こそ慣れないながらも敬語で話していたが、「貴族でもない者の不格好な礼儀は見苦しいだけだ」とのことで、それからは俺も遠慮なく口の悪さを披露させてもらっている。


 手早く着替え、腰のベルトに短剣を差す。壁のフックにかけてあった黒い外套を羽織り、全身をすっぽりと覆い、最後に口元を隠すようにボタンを閉める。任務に行くときはいつもこの格好だ。


 準備ができ、部屋を出たところでマーサにあった。何も知らない人から見たらただの不審者だが、6年目となるとマーサも見慣れたのか、いつもの仏頂面を崩さなかった。


「任務ですか?いつものことながら、メルヴィス様もいきなりですね」


「あぁ。多分帰りは明日の昼……いや、夜くらいになると思う」


「かしこまりました」


 軽く報告しながら玄関のドアノブに手を掛けたときマーサから呼び止められた。


「これを」


 渡されたのは小さな袋。中を覗いてみると小さな丸パンが二つと干し肉が二枚。

 行って帰ってくるくらいなら飯は食わなくてもいいと思ったが、まめなメイドだな。


「ありがとうマーサ。行ってくる」


「お気をつけて」


 フードで完全に顔を覆いドアを開ける。マーサの見送りを受け、俺は夜の街に溶け込んだ。

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