16話
―――バチンッ
「―――ッ!?」
あと一歩で彼女の核心に触れようとした時、唐突に思考が弾かれた。
魔力を繋げて魔法を構築する危険行為には細心の注意を払っていた。万が一の場合、俺もルシェルも死ぬ可能性があるから。
だがこれは魔力の暴走とは違う。これは拒絶だ。俺という部外者がルシェルの核心に触れることへの明確な拒否反応。
自身の心へ侵入されそうになったことによる無意識の防衛反応?いや、あれほど焦がれた魔法に手が届くかもしれない状況でルシェルが拒絶するとは思えない。ありえないとは言えないが、可能性は低い。
だとしたら、有り得るのは⋯⋯第三者の介入?
「シンさん……?」
俺が手を離したことで異変を察知したルシェルが後ろを振り返る。ルシェルは心配そうに顔を覗き込んでくるが、俺はその表情からやはりルシェル自身の拒否ではないと確信する。
「⋯⋯」
ふと、ここに住む住人が騒がしいことに気が付いた。エルフである俺が何となく勘づくような些細な変化だが、どこかソワソワとした様子だ。
「どうしたの、兄さん」
「……ルシェル。悪いが今日はもう終わりにしよう」
ハルの様子からして異常には気が付いてないようだ。
「もう、ですか……?」
「あぁ。さっきのは相当精神力を使うやり方だからな。今日はもう休んだ方がいい」
不服そうなルシェルを何とか言いくるめようとするが、どうしても納得できないのか、疑問をぶつけてきた。
「何かあったんですか?」
この場所の特殊性を知らないルシェルだが、やはり俺が何かを感じ取った事を気にしている様子だ。
「……まぁいいか」
どうせこれからもここに来ることになるだろうしデメリットもあるが、ルシェルなら大丈夫だろう。
「ルシェル。学園が何で人払いの結界まで張ってここを立ち入り禁止にしているか分かるか?」
「……学園にとって守りたい程重要な何かかあるから、ですか?」
大貴族の令嬢だけあるな。さすがに頭の回転か早い。もしくは元から勘づいていたか。
「当たらずも遠からずってとこだな」
そう。確かにここは学園にとって守らなければいけない重要な場所。たがそれは学園に益があるからでは無い。
「学園がここを守っているのは、学園が被害を受けないためだ」
「こんなに平和な場所から、被害を受けないため⋯⋯?」
ルシェルが言うように、ここは木々に囲まれた小さな泉があるだけの、何の変哲もない平和な森だ。
そしてそれを学園は人払いの結界で守っている。物理的壁ではなく、あくまで人払いという消極的な形で。
「ここにはな、人が近づいちゃいけないヤツらが住んでるんだ」
「近づいては行けない存在?それは⋯⋯」
「精霊。エルフの祖先とも言われる上位存在だ」
◇
「精霊っていうのは人の感情に敏感で簡単に影響を受けてしまう。善意も、悪意もな」
「だから物理的な壁ではなく、わざわざ結界を張って人を遠ざけていたのですね……」
感情を読み取るのに障害物なんて関係ないからな。いくら分厚い壁を建てても精霊はそれ越しに影響を受ける。
そして善意ならまだしも悪意の影響を受けた精霊は簡単に暴れ出す。上位の精霊が見境もなく暴れ出したら、一介の学生はひとたまりもないだろう。
「とはいっても、ここにいるのは下位精霊にも成れない微精霊だけだからな。仮に暴走してもここの教師なら簡単に抑えられるはずだ」
まぁちゃんとした精霊よりも自我の薄い微精霊の方が感受性が高いから危険性は変わらないのだが。
「ここにそんな秘密があったなんて……」
「まぁ僕も兄さんに言われて気が付いたぐらいだしね。普通の人には分からないよ」
「本当ならお前も気付くはずなんだけどな」
エルフなら精霊の気配には敏感のはずだが、ハルが初めて来たときは「ここは居心地いいねぇ」とか言って感動してるだけだった。あとから俺が教えてようやく気付いたのだ。
「兄さんが敏感過ぎるんだよ!普通眠ってる精霊の気配なんて分からないって。それも力の弱い微精霊の気配なんて余計にね!」
「お前が鈍感すぎるんだ。精霊じゃなくても魔力だって気付かないだろ。お前は」
「兄さんこそ、そうやって目に見えないものを見ようとするから目つきが悪くなるんだよ!」
喧嘩かてめぇ……目つきは生まれつきだっていつも言ってんだろうが……⁉




