13話
アルカード公爵領には「黒蛇の穴」と呼ばれる、地面に空いた大穴がある。この穴からは常に魔物があふれ出しており、公爵家にはその対応が義務付けられている。その責のためアルカード公爵は各地から冒険者を集め、魔物と戦い街を守ってきた。
ある日アルカード公爵は一人の冒険者と出会った。
彼女は風を纏い宙を舞い、その剣で魔物を切り裂いた。その姿はまるで風の精霊のようで、彼は一目見て恋に落ちた。
仲間からは「翡翠の姫」と呼ばれる彼女は公爵からの求婚を受け入れ家庭を築いた。
そして二人の間に二人の子供を産んだ。
二人は子供たちをとても大事にしたが、母親は魔物と戦うことをやめなかった。
そんな母に憧れて長女も戦いについていくようになった。
そして長女が4歳の時に母親は魔物に敗れて命を失った。
娘は仇を打とうとはhから教わった剣技を磨きさらに魔法を学ぼうとした。だが彼女には魔法は使えなかった。
どれだけ高名な魔法使いに教えを乞えど、彼らはみな力になれないと匙を投げた。
何人も何人も。
誰も彼女の願いを叶えられなかった。
数年が経ち学園に通うことになった。そこの教師にも彼女を救うことは出来なかった。
失望の中である日1人の少年を見つけた。彼女の中の何かが叫んでいた。彼ならば私を救えると。
それは失望の中で聴いた幻想なのかもしれない。でも彼女は少年に縋ることにした。
◇◆◇
「私は生まれたときから魔法が使えず、母からは剣術だけを学びました。ですがそれではダメなんです」
自分の過去をつらつらと述べる彼女の瞳には、確かに強い意志が宿っていた。
「私は母のようになりたい。母のように強くなって、母を殺した魔物に復讐したい。だから私に魔法を教えてほしいのです」
「その魔物がまだ生きてるかも分からないのにか?」
「いいえ。あの魔物はきっと生きています。私には分かる。あの魔物がそう簡単に死ぬとは思えない」
俺とハルはきっと同じ事を思っている。
『似ている』と。
俺たちがメルヴィスの世話になることを決めたのは、じいさんからの手紙だけが決め手ではない。
あの男の部下になれば、王城に入れる。
そして王城、ひいては『星』の部下ともなれば、手に入る情報の量も質も一般人とは画する。
そう。俺たちはあの瘴鬼と呼ばれる謎の魔物の正体を暴き、この世から滅するためにメルヴィスの部下になったのだ。
いまも訓練を欠かさないのは、二度とあの鬼に遅れを取らないため。二度と家族を失わないために、俺は強くなることを選んだ。
「復讐⋯⋯そのために魔法を教えろと」
「はい。もちろん報酬の用意もあります」
「断る」
「え?」
繰り返し言おう。彼女は俺たちと『似ている』。魔物に親を殺されて、心の底から強くなることを望んでいる。 他に似たような境遇のヤツがいたら、きっと二つ返事で彼女の願いに答え魔法を教えるだろう。俺も剣術や勉強なら協力してもいいと思った。
だか、彼女の眼は魔法を復讐の道具としてしか見れていないように思えた。
だからこの女には教えたくなかった。だって俺は知っているから。
木漏れ日の中、光を反射してキラキラと光る魔法はとても美しいということを。
あの人が使う魔法なら人を笑顔にできるということを。
きっと俺にもそんな魔法が使えるようになると、そう言ってくれた魔法使いのことを。
俺も今は復讐するために魔法を磨いているけれど、魔法には人を魅了する美しさがあると知っている
彼女は魔法を知らない。だから『似ている』だけ。決して『同じ』ではない。
「悪いけど他を当たってくれ」
それだけ告げ、俺は背を向けた。




