11話
べつに貴族が死ぬほど嫌いというわけではない。向こうから嫌われているからと言って特段実害があったわけではないし、あの回りくどい話し方も貴族にとっては必須のスキルということも分かってる。
ハルが言うようにいいやつもいることは知っている。だから別に嫌いってわけではない。この関係をあえて言葉に表すならば、「何とも思ってない」。これに尽きる。
プラスもマイナスもない。究極の赤の他人の関係。
いくら嫌われていようと、俺は何も思わない。名前も覚えていない、好きでも嫌いでもない相手からの評価なんて気にしててもしょうがない。
だから、向こうから関わってこない限り、俺も特に何もしない。これで俺の学園生活は孤独で、平穏に終わると考えていた。
この時までは。
いつもどおり、泉のほとりで静かに瞑想をする。水の魔法で無数の魚を作り出し、群れをつくるよう操作する。
やがて数百近くまで増えた水魚たちを泉の上で円を描くように動かす。
本気ならもっと数を増やせるのだが、今は右耳に着けた耳飾りのせいで3割ほどの魔力しか出せないようになっている。
これは枷でもあり、俺とハルを守る便利な道具だ。
これは姿隠しの耳輪という魔道具だ。
名前の通り、多少であるが姿を変える事が出来たり、顔に霧がかかったように見せて相手から認識されづらくなる。この前の任務もこの力を使って子供の数を誤魔化していた。
そして今もこの耳飾りを使って、エルフ特有の尖った耳を隠し、右腕の黒い傷も隠している。
これだけならばただの便利道具なのだが、あの老害から渡されたこれはそんな都合のいいものじゃなかった。
もとの耳飾りの能力に加えて、規定以上の魔力を吸収するという謎のクソ仕様がついていた。
これを職人に作らせた張本人が言うには人間社会に紛れる以上、不意な事故で「ドカン」といかないように、らしい。どうもになにか別の意図があるようにしか思えないが。
「そんな間抜けするわけねぇだろ」
そんなわけで俺とハルは学園に通っている間全力を出せない。
耳の縁を金具が挟み込むように固定されており、一見簡単に外せそうだが、接着剤でもついているのかと疑うほど、いくら引っ張ってもびくともしない。
魔力の出力を制限されているので、魔力を限界まで絞り出して魔力量を増やすような訓練もそもそも魔力量が多く一日かけても終わらないほどであまり現実的ではなく、やれることと言ったら魔力制御の訓練くらい。
だから学園にいる間はこうして水を動かし訓練をしていた。
これはじいさんから教えられた訓練方法。水で形を形成し、それを保ち動かす。形が複雑で数が多いほど、難易度が上がっていき制御が上手くなるという寸法だ。なかなか理にかなったいい訓練だと思う。
瞑想を続けていると、誰かが近づいてくる気配を感じる。
ここに来るのは俺以外にはハルカだけ。当然その気配はハルカのものだ。
「お、やってるね」
ハルカが声を掛けながら姿を現した。
俺は体制は崩さず、目だけを開ける。
「ハル。ここがどういう場所か覚えてるか」
「うん。もちろん」
「じゃあなんで……」
この泉は少し特別な場所。ゆえに学園側はこの森に結界を張り、生徒の立ち入りを禁じている。
俺とハルカはここの特殊性に気づいて、そのうえで大丈夫と判断したからここにいる。
俺が感じた気配は2つ。うち一つはハルカで確定。問題は……
「―――そいつをここに連れてきた」
ハルカの後ろには一人の女生徒が立っていた。




