10話
「戻りました~。俺の肉は……な、なにこれ。血?」
まるで赤い絨毯だった。岩肌がむき出しだったあの床の半分ほどが赤に染まっていた。
あれだけ騒いでいた仲間の声も一つも聞こえない。
壁際にはガラクタのように何かが積まれた山が二つ。位置はちょうど対面。
よく見れば血はその山の一つを中心に広がっていた。
いやでも目に入る。
目に入ってしまう。
血の海の中心にあるそれらは、死体。頭がないただの肉塊。
「う、おぇ」
ついさっきまで仲間だったもののなれ果てに、嘔吐が止まらない。
「お、戻ってきた」
血に染まっていない側の山の傍。そこに肉を頬張る場違いな子供がいた。右耳に着けた耳飾りが風に吹かれて揺れている。
子どもの周りには魚の形をした何かが、まるで守るように、彼を中心にして宙を飛び円を描いていた。
◇
「こ、これ、君が?」
「まぁ、うん。やり過ぎたとは思ってる」
反省はしてる。一刻も早く肉を食いたくてやり過ぎた。
「な、なんで…こんなこと?」
「仕事だよ。あんたらが人をさらって売るのと一緒」
ごくんと最後の肉を飲み込む。酒は苦手なので魔法で水を出して口直し。
「俺の任務はここの山賊を潰すこと。あんたで最後だ」
「へ―――」
待機させておいた水魚を、男の頭に飛ばして気絶させる。
「さてと。残した6人は……放置でいいか。あとは騎士団に任せて帰ろ」
◇
あくびを噛み殺しながら、瞑想する。
結局帰れたのは明け方だった。城近くの屋敷に戻ってマーサが作ってくれていた飯をかき込んで、2、3時間寝た。
本当はもっと寝ていたかったが、いまの俺は一応学生の身。サボろうとも考えた、というか3度寝ぐらいはしたが、マーサにたたき起こされた。
王国が誇るメリストン学園。俺とハルカは二年前からここに通っている。
この学園は魔法や剣術、果てには礼儀作法まで幅広く学べる5年制の学び舎で、入学試験さえ受かれば基本的に誰でも入る事が出来るが、主に貴族から圧倒的な人気がある。
ここを卒業すれば騎士団への入団がほぼ確定となったり、貴族が子供を入学させ将来の関係づくりに役立てたり。
そんな思惑から多くの貴族がここへの入学を望んでいる。
なぜ俺たちが学園に通っているかだが、6年前にメルヴィスから預かったじいさんの手紙が原因だ。
基本的に好きなことをすればいいとあったが、唯一学園には絶対に通うように書かれていた。
なんでも俺の人間関係が心配らしい。なぜか名指しだった。
風が吹き、右耳の耳飾りが揺れる。
木々の隙間から差す光が気持ちよく、軽く伸びをして横になる。
瞑想をやめた瞬間、目の前を舞っていた無数の水魚がその形を失い、泉へと落ちるのをただ眺める。
小さな泉とそれを囲む森。
どこかあの森を思い出させるここは、学園の敷地の端にある誰も寄り付かない俺のサボり場だ。
「またサボったね。兄さん」
校舎がある方から歩いてきたのは、あきれた表情の我が弟。
顔は同じはずなのにこうも印象が違うのはなぜなのか。
「あんな授業を受けるより、自分で訓練してたほうがマシだ」
頭の後ろで手を組んで枕を作る。
ここに通う学生は自分の将来に向けて好きな授業を選べる。
俺は魔法系の授業だけをとって、そのほとんどをこうしてサボっているのだ。
ちなみにハルはまじめに受けている。
「そんなんだから二年生にもなって友達の一人もいないんだよ。哀れな兄さん」
「別にいいだろ。あんな回りくどいやつらとは話したくもない」
先にも説明したが、この学園には多くの貴族が通っている。
その貴族どもときたら、会話するのにも長い挨拶をして、滑稽な見栄の張り合いをして、さらには影で怪しい動きをするときた。
入学して半年のころの俺はあまりのめんどくささに辟易し、こうして学園生活のほとんどをここで過ごしている。
「気持ちは分かるけど、いい人もいっぱいいるよ。友達紹介しよっか?」
ハルカはそんな貴族たちとも積極的に交流をして友達と呼んでいる。
あんな奴らのどこがいいのか。小指の先ほども理解できない。
「口を開けば人の悪口を言う友達はいなくていい」
「あぁ、ドレクさんのこと?あれは、まぁ……くく」
「何笑ってんだよ」
「いや、だって兄さん、あの時……ぷ、くく」
ハルが言うあの時。
俺はただ一言聞き返しただけで、決して何もしていない。何なら一歩も動いてないし、魔力すら動かさなかった。
ただ聞き返しただけ。たったそれだけで俺は貴族の女子から嫌われているらしい。




