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新たなる異変

「さて新人交流はこのぐれぇにして、仕事すっぞ仕事」


 よく掻きむしられた髪に手櫛を入れながら、辺りを見渡す。いや話題振ったのお前じゃん、という反論をする暇もなく場の空気が引き締まる。


 なし崩し的に澄男(すみお)連合軍とかいうわけのわからない軍団を命名することになってしまったが、今更恥ずかしいからと澄男(すみお)って部分抜いてくれないかなとか考えていたら、横から御玲(みれい)がレク・ホーランに視線を向けた。


「ホーランさんは、この魔生物のスタンピートについて、何か知っていますか」


「それは妖精王襲撃事件についてってことでいいのか」


 そうです、と首を縦に降る。


 俺たちが就職した頃には、既に魔生物のスタンピートが起こっていた。手続きして間もなく、俺たちは事情もよくわからないまま討伐任務に駆り出されたわけだが、そのスタンピートが起こった原因が、隣国の巫市(かんなぎし)で起こった妖精王襲撃事件である。


 妖精王襲撃事件に関しては、久三男(くみお)弥平(みつひら)が既に裏を取っているし、なんなら昨日報告を受けたばかりだ。既に把握している事情を、なんでわざわざ金髪野郎に聞くのか。


 御玲(みれい)の意図が分からなかったが、ボロを出すわけにもいかないので、とりあえず話に乗っておく。


「正直な話、詳しい事情は知らねぇ。なにせ隣の国の話だしな」


巫市(かんなぎし)の情報は得にくいんですか?」


「噂ぐらいしか手に入らん。霊子ネットを漁っても、ブロッキングされてるから立ち入る隙がなくてな」


 髪の毛を掻きむしりながら、面倒くさそうに北の方角に目を向ける。


 霊子ネットってのは、アクセスすると自分が欲しい情報が得られるとかいう目に見えねぇ情報の倉庫みたいなもののことだ。俺はほとんど利用したことがないものの、大概の情報はそこから簡単に手に入れることができるらしい。


 その倉庫を漁っても収穫が噂ぐらいしかないって事実は武市(もののふし)巫市(かんなぎし)が断絶していることを意味する。


 ブロックまでされているみたいだし、どれだけ嫌われているんだ。


「だからその噂を話すことになるが、それでも聞くか? 正直、アホらしい話だぜ」


 顔からオススメは特にしないぞって感じの雰囲気を醸し出す。ここで俺は御玲(みれい)の意図がようやく理解できた。


 確かに聞いたって腹の足しにならないのは火を見るよりも明らかだ。既に弥平(みつひら)久三男(くみお)から聞いて粗方知っているし、そんなことを根掘り葉掘り聞くより目の前のスタンピートをなんとかした方がいい気もする。


 でも俺たちの目的の一つに、巫市(かんなぎし)との国交樹立がある。


 弥平(みつひら)たちの力を信用していないわけじゃない。でも金髪野郎たちから話を聞けるのは、俺たちしかいない。


 たとえロクなこと知らないとしても、蛇足だと捨ててしまうのはもったいないと思うのだ。余計な作業が嫌いな人間の言うことじゃないが。


「まずなんで妖精王襲撃事件だなんて、アホみたいな名前で呼ばれてるのか。理由は、その襲撃してきた奴が自分のことを妖精王だと名乗ったらしいからだ」


 顔色で察したのか、俺の返事を待たず、勝手に話をし始めた。返事をする手間を省けたと思い、そのまま歩きながら話を聞く。


「その妖精王ってヤツは突然巫市(かんなぎし)の上空に現れ、市内を焼き尽くそうとしたらしい。なんでかは知らんが、巫市(かんなぎし)側から放射された霊力余波から推測するに、敵愾心があったのは間違いねぇだろうな」


 御玲(みれい)と顔を見合わせる。巫市(かんなぎし)についてはともかく、霊力余波については請負証から入ってくる情報で詳しくレポートされていた。


 俺は読んでも分からんので、読んで理解したのは御玲(みれい)だが、理解した御玲(みれい)が言うには、霊力余波は内陸部を中心に、巫市(かんなぎし)のみならず武市(もののふし)すらすっぽり収まるぐらいだだっ広い球形範囲で放射されていて、範囲内に入ってしまった山脈や森林に生息していた魔生物が刺激されてしまった、とのことだ。


 傍迷惑な話だが、問題は霊力余波の範囲の広大さである。


「今更だけど、巫市(かんなぎし)だけじゃなくて俺らがいる国まですっぽり覆い尽くすって半端ねぇ余波だよな……」


「確か二十三日の午前中だったか……あんときは騒ぎが起きたもんよ。なにせ請負機関の大半のシステムがダウンしたからな。停電も相次いだし」


「あんときはどいつこいつもうるさくてねむれなかったなー……てーでんぐれーでさわぐなよってハナシ」


「いやいや、それは無理だろ。むしろそんな状況でも寝ようとしてたお前の神経がおかしいんだよ」


 眠たそうな半目で、盛大に欠伸をブチかます。自分が少女である自覚もないのか、口から滴ったヨダレを、不自然に下を向いてポンチョで拭き取る。


 二十三日といえば俺たちは諸事情で流川(るせん)分家派の屋敷にいたから、停電だとかパニックだとか、そんなものは感じとれていない。武市(もののふし)全体を覆い尽くすほどだったなら、請負機関だけじゃなく他の場所も停電やらシステムダウンやら、そんなのが頻発していたことだろう。想像してみたが、軽い災害だ。


「人間でそんな余波出せる奴っていないよな……」


「普通はいねぇな。いなくはねぇが」


「どっちだよ」


「言葉の通りよ。普通はいねぇ。でも人間つっても色々あっからな」


「人間に色々もクソもあると思えんが」


「そうでもねぇぜ? たとえば大陸八暴閥(ぼうばつ)とかな」


 一瞬、出かかった言葉が喉の奥で詰まり、危うく咳き込みそうになったのを全力で堪えた。


 暴閥(ぼうばつ)ってのは、この武市(もののふし)各地域を支配している戦闘民族のことだ。


 当然戦闘民族だから強さ―――戦闘能力で大なり小なり地位が決まっているのだが、この世界には、その数ある暴閥(ぼうばつ)の中でも武市(もののふし)創設に関わったと言われている、全ての武力の頂点を極めた最上位暴閥(ぼうばつ)が存在する。


 武市(もののふし)だけじゃない、全人類の中で最強の名をほしいままにしている最上位の戦闘民族。それらこそが、大陸八暴閥(ぼうばつ)である。


 ちなみにその大陸八暴閥の一角が流川(るせん)であり、その本家の当主が俺なのは、もはや詳しく語るまでもない。俺のポーカーフェイスが試されていた。


「大陸八暴閥(ぼうばつ)は人間だとしても人間扱いできたもんじゃねぇ。特に流川(るせん)花筏(はないかだ)はバケモンだ。笹舟(ささふね)水守(すもり)といった、人類最強級の暴閥(ぼうばつ)を従えてんだから、もうトチ狂ってやがるぜ」


「そ、そそそうだねははは」


「どう思うよ新人」


「いやぁ……そう言われてもなぁ……別に興味ねぇし……」


 などと白々しく言ってみる。


 今のところ俺たちはお忍びで請負人をやるつもりなので、正体を明かす気はない。


 なんか変な空気になっているのでフォローが欲しいんだが、御玲(みれい)は何食わぬ顔をしている。主人たる俺をフォローする気はないらしい。一応、メイドなんですけど。


「お前、暴閥(ぼうばつ)出身だろ? 流川(るせん)花筏(はないかだ)っていやぁ暴閥(ぼうばつ)界のレジェンドだぜ? ホントに興味ねぇのか?」


「ね、ねぇよ。俺らは目的があって動いてんだ。そんな武力貴族を崇拝してる暇なんかねぇのさ」


「ふーん、そうかい。まあいいさ。ブルー、お前はどう思う」


 俺たちだけじゃない、ポンチョ女にまで視線を向ける。


「……しょーじきどーでもいい。けど、あんましきぶんよくねーな。もしそのよーせーおーってのが、たいりくはちぼーばつだったとしたら」


 欠伸交じりの声音から一転。少女から放たれたとは思えないほど、低く暗い声音が場の雰囲気を支配した。


 声音から感じた暗黒の感情。よくみると眠たそうな半目からは光が失われていた。


流川(るせん)はともかく、花筏(はないかだ)はありえねぇだろ。あの国、元々は花筏(はないかだ)の傘下の勢力が興した国だし」


「……どっちでもいい。オレにはかんけーない」


 流川(るせん)もですよ。俺らもそんなつもりないですよ。むしろ国交樹立を望んでますよ。そう言いたい思いをグッと堪える。


 なんだか誤解されている気がするし、ポンチョ女は思うところがあるみたいだし、流川(るせん)が悪役みたいな目で見るの、やめてほしい。言えないけど一応、目の前に本家の当主がいるんで。


「でもそういや、その妖精王の怒りを収めたのが、巫女装束を着た少女だったとかなんとか、そんな噂を聞いたな」


 一人居た堪れなさに苛まれていると、金髪野郎の発言が、俺の胸の中に賑わっていた全ての憂いを振り払う。そして、いち早くその発言に反応した奴が一人。


「その噂を詳しく聞かせてください」


 我がメイド、御玲(みれい)である。


 大陸の大半を余波で覆い尽くせる化け物の怒りを、たった一人で収められる巫女装束を着た少女。弥平(みつひら)久三男(くみお)ですら、その正体を掴ませない潜伏能力は異常だ。少しでも情報が得られるなら、知っておきたい。昨日の宴会では否定したけど、もしかしたら花筏(はないかだ)の連中かもしれないし。


「その妖精王ってヤツはやたらめったら強くて、戦えば巫市(かんなぎし)の連中総がかりでも敵わない。滅亡を危惧した連中だったが、そこに現れたのが、その巫女……とかなんとか。正直眉唾だな」


「噂だからですか」


「それもあるが、巫女ってところがこじつけ感半端ないんだよ。妖精王とかいう化け物を退けられるのは巫女しかいない、的な」


「信望した者が都合よく捏造した情報とも言えなくもない、ですか」


「それに巫女が突然現れて国を救うってのも、展開としておかしい。そんな都合の良い話があると思うか?」


「証拠があればその限りではありませんが、確かに御伽噺としか思えませんね。現時点では」


「その証拠を探そうにも、相手方からはブロックされてて探りようがない。結局のところ、真実は国境を超えた先ってわけよ」


 北の方角を指さす。


 ここからもっと北の方にあるらしい、巫市(かんなぎし)。隣同士だというのに、その距離は物理的にも精神的にも遠く、その目で様相を見ることすら叶わない。わかってはいたけど、やっぱり噂で確信に迫るなんて甘すぎる話か。


 俺は自分の心臓に手を当てる。


 正直これはただの直感だし、根拠など何一つないが、久三男(くみお)弥平(みつひら)から得た話、そして金髪野郎が言っていた話。それら全て嘘偽りのない真実のような気がする。巫女装束を着た少女はよく分からないけど、俺たちが内心否定しているだけで、割と身近にいる人物なのかもしれないとも思えてきた。


 何故そう思えるのか。例えば俺の心臓に宿る禍々しい怪物、``天災竜王``ゼヴルエーレ。


 自分の目でその存在を目の当たりにし、その力を感じなければ、数億もの時の中、心臓の状態で地下深くずっと眠っていたなんて絶対に信じはしなかった。そんなのただの御伽噺だと、絶対に切って捨てていたはずだ。


 でも、その御伽噺は実話であり、御伽噺にしか出てこないような伝説級の(ドラゴン)もまた、確かに存在した。


 魂という形で数億もの間生きながらえ、クソ親父のクソみたいな野望の一環として、俺の心臓に植えつけられたのだ。


 この世に絶対ありえないことなどありはしない。ありえないと思っても、それはただ単に自分が知らないってだけの話なのだ。


 そのためにも裏づけを取る必要がある。幸い、俺にはそれだけの手段があった。


「レク!」


 みんなが声の発生源に意識を向ける。気がつけばポンチョ女の袖からちらちらと頭の部分だけ見せていた百足が、全身を外に出して巨大化していた。


 きりきりと口元から鳴る金切音。さっきまで眠たそうにしていたはずのポンチョ女の険しい目つき。全方位から敵をいつでも迎撃できるぞと言わんばかりの、明らかな臨戦態勢である。


 金髪野郎も無言で反応し、全方位を警戒する。


「どこからだ」


「にじのほーこー。ぜんのーどはごひゃくこーはん」


「高いな。種類は」


「ませーぶつじゃない」


「何?」


「ませーぶつじゃないなにか。むきぶつ? むーちゃん」


 いつぞやの巨大百足は金切音を打ち鳴らす。ポンチョ女は首を縦に降り、金髪野郎はマジでか、と肩を竦める。


「新人。腕っ節には自信あるよな?」


「まあそこそこは」


「謙遜すんなよ、そこそこどころじゃねぇだろ」


「バレてんのかやっぱり。その口ぶりからしてヤバいやつか?」


「俺の経験からして、よく分からんやつは大体ヤバい」


「下手したら勝てないかもしれんと?」


「いや、別の面倒事が舞い込んでくるってこと」


「冗談じゃないぜ。ちなみに敵意はあるのか?」


「こういうときは敵対を前提に態勢を整える」


「うし、分かった。ならブチのめすか」


 指を鳴らしながら二人の間を割って入る。御玲(みれい)は俺たちの背後を警戒し、澄連(すみれん)どもも周囲の警戒を厳とする。


 全員ふざけながらであるが、その態度を批判しようとする奴はいない。みんな分かっているのだ。ぬいぐるみの姿に似つかない、膨大な霊圧が滲んでいることに。


「きた」


 ポンチョ女が上の方を指さす。


 無限に立ち並ぶスラム地味た住居区画のアパートの屋上に立つ、謎の人型の何か。ソイツは俺たちをみるやいなや、平然と地面に飛び降りてきた。


 揺れる地面。辺りの建物がぐらりと大きく揺れるが、この程度の揺れで足元がぐらつくほど、俺たちの体幹は弱くない。百足を飼い慣らす少女のみ百足に支えられていたが、それを話題にする暇などなかった。


「なんだこりゃあ……」


 俺たちの目の前に現れたのは、所々が朽ち果てたロボットだった。


 図体がやたらでかく、身長は金髪野郎の倍以上。ぱっと見苔だらけの仮面を装着した大男だが、その身体は筋肉隆々としている。


 実際に筋肉でできているわけじゃなく、全てがなにかしらの鋼鉄でできているのが丸分かりの身体だ。いわゆる装甲というやつである。


 元々は白い外見をしていたのだろうが、土や苔がこびりついて全身が茶色く変色してしまっていた。よくみると関節部分がボロボロだし、おそらく土の中にでも埋まっていたのだろう。


 仮面の隙間から赤い光が垣間見えた。俺たちを見下すそのロボットは一瞬舐めるように見渡すと、己の頭上に何枚かの魔法陣を繰り出した。


「チッ、分かってたがやっぱこうなるか!!」


 右手に火の球を錬成する。


 毎度お馴染み、俺の必殺技たる煉旺焔星(れんおうえんせい)。全てを焼き尽くす恒星のごとき火球で、魔法を使う前にぶっ壊す。


「くらいやが」


「むーちゃん!」


 煉旺焔星(れんおうえんせい)を投げようとした瞬間、巨大百足が前に出て、口から赤い光線を吐き出した。あまりに唐突の破壊光線に俺の右手は迷子になってしまう。


「あ、あの百足……光線吐けんのか……百足とは……」


「霊力で空を飛んだり、火の球無限に撃てる人間も大概だと思いますが」


「う、うるさいよ。流石の俺も口から光線は……」


「確か以前、口から炎吐いていたような……」


「あーあー!! そんなことない、そんな事実は確認されていません!!」


「新人、強いのは分かってるが今は集中しろ!! 慢心すんな!!」


「さーせん……」


 なんで俺が謝ってるんだ。元はと言えば御玲(みれい)が。


「属性光線っすね、懐かしいっす。ありゃあ大破したっしょ」


 慢心するなと言われたばかりだというのに、呑気に両手を頭に組んで無警戒に近づく。舞う砂塵の中、俺も粉々に砕け散っただろうと思ったが、それはやっぱり慢心だったと思い知る。


「こいつ、ひぞくせーがきいてない!」


 ポンチョ女が叫ぶ。


 巨大百足が詠唱時間を見計らって赤い光線を放ち、地面に押しつけられ爆破されたと思われたロボット。


 だがしかし、実際のところほとんど無傷。光線で舞い上がった砂塵を振り払い、カエルの目前に聳え立つ。


「おいカエル、お前!!」


「大丈夫っすよ、予想はしてたっすから」


 自分の胴より遥かに細長い足をバネに、空中に向かって跳ね上がる。


 その跳躍力は、やはり蛙なだけはある。俺たちの身長なんぞ優に超え、ロボットの身長すらも超える大ジャンプ。もはや空を飛んでいると言っても誰もが信じるとあろう絵面で、その巨大ながま口を開けた。


「だったら溶かすってのはどうすかね!!」


 奴の口から放たれた、茶色い液体。それが巨大ロボットの右肩に降り注ぐと、まるでバーベキューで肉を焼いているような音とともに、煙を上げて装甲が溶けだした。


 ロボットだから痛覚などない。しかし、右肩から上腹部にかけて装甲はただれていき、メカメカしい中身が露わになっていく。


「なるほど、強酸には耐性がないのか」


「見たか北支部監督官さんよ!! これがオレの技、``胃液砲弾``だ!!」


「……きったねえ」


 ポンチョ女の痛烈な罵倒もなんのその。空中で自由落下しながら、褒めてくれと言わんばかりの熱視線を浴びせる。


 カエル総隊長の得意技``胃液砲弾``は、文字通り胃液を吐く技だ。


 なんで胃液が茶色をしているのかとかはあえて触れないでおくが、コイツの胃液はとにかく強力。基本的に溶かせないものはなく、なんでもかんでもドロッドロに溶かしてしまう。


 今まで何度も目にしてきたが、いつ見ても見慣れない汚い技だ。いわばゲロである。慣れたくても慣れられるものじゃない。


「よし、いざってときの安全策はわかった。とはいえ長引くと近所迷惑だしな」


 さっきまで様子見に徹していた金髪野郎が動く。


「おいお前、素手じゃ」


 防具という防具もなし。剣は持っているが、腰に携えたまま装備しようともしない。巨大百足がいるから前に出る必要なんてないはずなのに、金髪野郎からは何故か闘志が湧いて出ていた。


 首を鳴らしながら、装甲が溶けていくロボットに歩み寄る。


「お前じゃなくてレクさんだ。目上のもんは敬えって言ったろ? それと新人、お前は確かに強ぇが、何もお前らやむーさんだけが強えってわけじゃねぇんだぜ?」


 ロボットの左肩の肩パッドが開いた。魔法陣が何枚も重なり猛回転し始めるや否や、肩パッドから白い球体が錬成されていく。


 肌で感じる球体からの霊圧。間違いない、左肩に霊力が集束している。コイツもあの百足みたく、破壊光線を放つつもりなのだ。


「おっと、こりゃ早めにケリつけっか」


 右拳を強く握り締める。


 魔法陣を展開する様子もなければ、霊力を集めるつもりもない。ただ右手の拳を握りしめただけ。まるで、ただ単純に右ストレートをブチかますが如く。


「しッ」


 地面が、カチ割れた。一気にロボットへ距離を詰め、間合いに踏み込んだのだ。


 踏みこみの力は尋常じゃない。俺や御玲(みれい)とかが踏み込んだときと同じくらい、地面に蜘蛛の巣状のヒビが盛大に刻まれる。地面がカチ割れたのとほぼ同じタイミングで、甲高くも鈍い、耳障りな爆音が鳴り響いた。


 それは、もはや一瞬。


「警戒するに越したことはないとはいえ、流石に脆すぎやしねぇか?」


 肩パッドから集束した霊力弾を放つ暇もないまま、ロボットは跡形もなく粉々に打ち砕かれたのだった。殺意が高かった割に、呆気ない最期である。


「まーたワンパンかよー」


「むしろそれがベストだろ。むーさんが苦戦するレベルとか、勘弁だぜ」


 ちぇー、と唇を尖らせて百足の胴体にぼふんと横になるポンチョ女。


 どうやら見慣れた光景らしいが、俺は硬直していた。澄連(すみれん)どもは顎に手を当て感心し、御玲(みれい)は当然と言わんばかりにゆっくりと息を吐く。


澄男(すみお)さん、気になるんならレク・ホーランの全能度、測ってみたらどうっす?」


「お前ら、コイツの全能度知ってんのか?」


「あなたが昨日寝ていた間、私が測ったんです。全能度五百と聞いた時点で、予想はしていましたけれど」


 急いで請負証を開き、全能度測定モードにして照準を合わせる。測定が終わると同時、またも「ファ!?」と間抜けな声をあげてしまった。


「物理攻能度と物理抗能度が百二十五!? コイツ、物理攻撃と防御だけなら百二十オーバーかよ!?」


「だけならって、ハッキリ言ってくれるじゃねぇか。まあ事実だから反論できねぇけども」


 腰に手を当て半ば満足げに、半ば不満げにため息をつく。


 百二十なんて御玲(みれい)はおろか、俺より高い。澄連(すみれん)どもは完全なる人外だからノーカンにしても、ほぼ人外の域に片足突っ込んでやがる。


 人外に至りかけている奴と人外そのものと人外に至ったバケモンなんて、俺の身の回りの連中しかいないもんだと思っていた。少なくとも俺ら流川(るせん)とタメ張れる連中くらいなもんだと、勝手に思っていたからだ。


 そりゃあこれから強い奴も出てくるだろうなとは予想していたけど、流石に早すぎる。正直、信じられない。


 俺に似て防具も装備していないし、武器も持ってこそすれあんまり使おうともしないのは不思議だなと思っていたが、答えは簡単なことだった。


 防具も武器も、フィジカルが強すぎて使わなかっただけなのだ。


 思わず苦笑いを浮かべてしまう。俺に慢心するなとか言っておきながら、内心は自信たっぷりだったわけだ。騙されたみたいで少し癪だが、こればかりは認めざる得ない。


「つーわけで、強いのはお前らだけじゃねぇから調子に乗ったりすんなよ。特に新人」


「お、おう。まさかここまで強ぇとは思ってなかったぜ」


「やっぱ下に見てたな……まあ入りたての新人は大概そうだが、俺ってそんな弱っちくみえんのかね、ブルー?」


「うーん。どっちかてーとチャラい?」


「あー、金髪だからか」


「ふくそーがきぞくくせー」


「別に意識してるわけじゃねぇんだけどな。持ち合わせがあんまねぇだけで」


「ほそい」


「鍛えてるからな。無駄な贅肉がないって言ってくれ」


 もはや罵倒か何かだが、金髪野郎自身も満更じゃないらしい。多少なりとも自覚はあるのだろう。俺から見てもポンチョ女と同じ印象を抱いていたし。


「んで、盛り上がってるところ悪いんだが……とりあえず本題。このロボットは何なんだ?」


 金髪野郎の強さも分かったところで、話を引き戻す。


 疑問を抱く暇もなく殺意を垂れ流してきたので、そのままブッ壊してしまったが、結局このロボットはなんだったのか。


 明らかに魔生物じゃないし、妖精王襲撃事件によって起こっているスタンピートとは無関係のはずだ。


 そもそもなんでこんなスラム街地味た都会の外れに、こんな殺意マシマシのロボットがうろついていたのかって話である。


 俺らじゃなかったら支部連中では太刀打ちできないことを考えると、このロボットも決して弱いわけじゃない。魔生物のスタンピートとは別に、もし他にも似たようなのがうろついているともなれば、結構な脅威になる。


 武装からして完全に相手をぶっ殺すために作られたって感じだし、他にもいるとしたら厄介だ。たとえば上位機種とか。


「分からん」


 色々と予想を立ててみたが、金髪野郎の答えは簡素だった。今日初めて見たし、流石の金髪野郎も知っているわけもない。


「ただこれは支部に持ち帰って本部に転送する必要はあるだろうな。本部からの分析結果が出るまで、ひとまず保留だ」


 懐からビニール袋を取り出し、手袋をはめて地面に散らばったパーツ群を拾い始める。俺らやポンチョ女に視線を向けると、手袋とビニール袋を一方的に手渡してきた。


「お前らも手伝えよ?」


 ですよね。知ってた。


 めんどくせぇし、そんなの誰か一人がやったらいいじゃんという不満を押し殺し、渋々舗装された地面に散らばったパーツを、一時間かけて拾い集めたのだった。

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