新人研修?
翌日。みんなで騒ぐだけ騒いで疲れて寝落ちした俺は朝十時に御玲に叩き起こされた。
半分寝ながら一時間かけて支度を整え、クソ眠いから向こうで二度寝でもするかなどと考えながら支部に来ると、そんな俺らを出迎えたのは、自称新人請負人監督役のレク・ホーラン、名付けて金髪野郎だった。
「……まだいかねぇぞ。とりあえずテラスの席で二度寝すんだからよ」
相手は目上の請負人。いわゆるセンパイとかいう奴だが、俺にとってセンパイなんてものは``高々俺より数年先に始めただけの偉そうな奴``程度の認識でしかない。
今すぐ任務に行こうぜ、みたいな雰囲気を醸し出してやがる金髪野郎に対し、盛大な欠伸で返した。
「二度寝だぁ? お前、もう十一時過ぎてんぞ」
「十時に起こされて眠いんだよ。俺の起床時間は主に九時以降だからさ」
「なら大丈夫じゃねぇか」
「自然起床だったらな。横のコイツに叩き起こされたんだよ」
「自然起床に任せたら、昼まで寝てるじゃないですか。当然のことをしたまでですよ」
不満げな表情で俺を見てくる。俺は今まで自然起床でしか起きたことなんてほとんどない。
一応、高校生時代は母さんに起こされてこそいたが、学校についたらそのまま屋上に行って昼まで寝て過ごし、昼休みになった頃合いで教室に入っていたくらいだ。
だからこそ誰かに起こされるってのはあまり好きじゃない。俺がいつ起きるか、それくらい俺が決めるべきだと思っているし、誰かに決められるものでもないとすら思っている。だって寝る時間は個人の自由なわけだし。
「ダメだ。今すぐ行くぞ。御玲……つったか? お前もそれでいいか?」
「構いません。むしろそのつもりです」
「待て待て待て待て……」
眠いと言っているのに、二人は勝手に話を進めていく。金髪野郎の目尻が険しくなった。
「お前、昼勤勢だろ?」
「チューキンゼイ?」
「……朝から夕方まで働くつもりでここにきたんだろ? だったら眠いとか言ってんじゃねぇ。昼に働くってんなら昼間はピシッとして、夕方になったら溜め込んだ疲れを一気に癒す。怠惰は請負人の天敵だ。今すぐ生活サイクルを仕事に合わせろ」
「はぁ? なんでそんな余計な作業しなきゃなんねぇの?」
「だから朝から昼まで働きに来てるからだろ? 遊びじゃねぇんだぜ新人。昼勤勢にとって今が仕事をする時間だ。仕事の時間はピシッとする。ダラダラしない。ガキじゃねぇんだから」
俺は盛大にため息を吐き、無造作に髪の毛をかきむしった。
朝っぱらから眠いってのになんなんだコイツ。説教か。ざけんじゃねぇぞ、眠いっつってんだろうが。
ああもうめんどくせぇこんなんなら昼まで寝とけばよかったわなんで朝っぱらから説教されなきゃならんのか俺がいつ起きていつ寝ようが俺の勝手じゃんそこまで束縛する権利テメェらにないよねなんでそこまで合わせる必要があるのか皆目わからんのだがはぁ眠い眠い上にこの始末どうしてくれんだかねぇホント。
「そんなに昼が嫌なら夜勤でもいいぜ?」
明らかに気怠そうな目で俺を見てくる金髪野郎の言葉に、無意識に霊力が漏れ出ていたことに気づく。
ヤキンゼイ? とかなり低めの声音で毎度お馴染みの問いかけに返すが、目の前のキザ野郎は動じる気配はない。
「俺は北支部の中でも数少ねぇオールラウンダーでな。お前が夜に働くのがいいってんなら、今日からしばらく夜勤に回ることもできる。そんなに眠いってんなら無理強いしねぇし、好きなだけ寝てもらって構わねぇが、テラスで寝られると他の奴らの邪魔だ。寝るんなら家に帰りな」
刹那、胸の奥底が一気に沸騰した。邪魔になるから家に帰って寝てろ。その言葉が、凄まじく、堪らんほどに癪に触ったからだ。
確かに眠いから二度寝したいとは言ったが、何も昼から夕方まで一日中ガーゴーガーゴー寝てたいって言っているんじゃなくて、一時間かそこら仮眠したいって意味なのに、なんで夜に働くとかそんな意味のわからん方向に話が進むのか。
そもそも一言も昼に働く気はないなんて言った覚えないし、もし夜に働く気なら昼に来るわけがない。仮眠とる奴くらいそこらのどっかにいくらでもいるだろうし、なんで俺だけに言うのか。さっきから話がまるで噛み合ってない気しかしない。
「で? どうすんだ。そろそろ俺もブルー連れていかなきゃならねぇんだが?」
親指で自分の背後を指し示すと、北支部のロビーの隅っこで、むーさんこと百足野郎に囲まれて雑魚寝ブチかましている奴がいた。俺は顔を顰める。
「アイツも寝てんじゃん」
「あれは悪い例。今から強制的に連行するところ」
「アイツもそのチューキンゼイ?」
「まあな。基本金がなくならない限り寝て過ごしてばっかの奴だけど」
「アイツにもヤキンゼイになれとかなんとか言えよ」
「アイツは昼とか夜とか関係ねぇし、金がなくなればピシッと働くぜ? 要はメリハリだ。働く気になったアイツはお前みたいにダラダラ昼まで二度寝ブチかましたりしねぇよ」
「じゃあ今は働く気がないってこと? ならなんで強制連行なんかすんの? ほっときゃいいじゃん」
「今は緊急事態だからだよ。お前、請負証のアラーム読んでないのか?」
また話が噛み合わない。アラームとか知らんし。
「請負機関本部から届く連絡事項のことですよ。機関則に、一日最低一回は確認するようにって記載があります」
御玲が誰にも聴こえなくらいの小さい声で耳打ちしてくれる。
そういえばそんなのが書いてあったような、なかったような。正直興味なくて忘れていた。
「……とりあえずアラームは読んどけ。重要事項の連絡が来たりするから」
「へーい……」
「今読め今!! 後回しにすんな!!」
めんどくさいし気が向いたときに読んどこ、と思った矢先の怒号。思わず舌打ちをブチかます。
眠気がまだほんのり残っているってときのデカい声は堪える。御玲が右腕を瞬時に掴んでなかったら確実に顔面グーパンまっしぐらだ。
「……あー……アラームね、アラーム……」
御玲にチラッチラと視線を送ってみるが、まさかの無視。明後日の方向を向いて、こっちを向こうとしない。
肩を竦めた。それくらい自分でやれってか。
「……隣国で発生した妖精王襲撃事件の霊力余波により周辺地域に生息する魔生物のスタンピートが発生中。請負人各員は、これに対処されたし。なお、期間中は全ての請負人が常時任務受注状態となり、狩猟数と魔生物種に応じて報酬が発生する。逆に狩猟数が一定に満たない場合、職務怠慢と判断し減俸処分または請負証の停止処分!?」
「……マジで知らなかったのか……」
額に手を当て、ここにきてめちゃくちゃデカいため息をつかれた。
いや、確かに妖精王とかなんとかよくわからん奴が隣国―――巫市にやってきて、事件が起きたってのは知っていたし、それでスタンピートが起きていたことも知っていた。
でも正直そんなのは特に大したことない程度に捉えていた。むしろ妖精王襲撃事件の方が重要視していたほどだ。
実際魔生物こそ氾濫していたがどいつもこいつもとるにたらん雑魚ばかり。任務常時受注状態ってのも、妖精王襲撃事件に乗じてたくさんの魔生物湧いたから、``フレキシブル討伐任務期間``って名目でキャンペーン的なのを催しているだけだと勝手に思っていた。
でも、最後の一文があまりに主張が強すぎた。狩猟数が一定に満たない、ただそれだけで減俸、最悪謹慎させられるという厳罰。
想像とあまりに違う。確かに狩猟数が一定数に満たないと無報酬みたいなことを言っていて意味が分からんなとは思っていたけれど、罰則があったなんて。
「これ……やばくね?」
「ですから再三言ったじゃないですか。緊急事態が起きてますから腰を据えてやりましょうねって」
「いつ?」
「四日前からずっとです!! もう、しっかりしてください!!」
全く記憶にない。飯食って魔生物ブチ殺して飯食ってブチ殺して帰って飯食って駄弁って風呂入って寝る、それしか記憶にない。
ぷんすかと腰に両手を当てて半ギレ気味の御玲をよそに、記憶の戸棚をこれでもかと開けまくるが、俺の整理が雑いのか、完全にその手の記憶を紛失してしまっている。カス一つ思い出せない。
「理解したか?」
やっとことの重大さを理解したのか、という落胆の表情がすっごい感じられる。そのとおりなだけにぐうの音も出ないってのが、あまりに痛い。
「あーもうわーったよ。俺が悪かった。まあちょっとはピシッとするように心がけるから」
「ちょっとは、じゃなくて、きちんとしてほしいところだが……まあまだ新人だし、慣れも必要だしな。つーわけで、先輩からの命令だ」
「は?」
これ以上の減俸処分は嫌だし、謹慎なんてさせられたら俺たちの目的が滞ってしまう。
それだけは避けねばと二度寝したい欲を抑えることにした矢先に、金髪野郎の最後の言葉が鼓膜に残り、思わず野太い声を出してしまう。
また親指で自分の背後を指し示した。俺たちのことなどつゆしらず、百足という名の揺り籠の中で、クッソ間抜けな顔で寝こけてやがるソイツに尻目に、怪しいくらいの笑顔を向けてくる。また嫌な予感がした。
「一緒にアイツ起こすの、手伝え」
盛大に、これでもかってくらいに、俺は肩を竦めたのだった。