補習二日目 国語・解答
「おおおお」
読み終えると歓声が上がった。
「渡辺、言い声してるな」
尾路先生まで感心してる。体育教師だから音読してるところ聞くこともないもんな。
アナウンサーみたいな読み方をするみのりに対抗して、教科書の音読は家で練習してた。
そっか、わたし結構上手いんだ。えへへ。
「で、問題が、なんだっけ? 傍線部分の筆者の気持ち、<わたしは絶句してしまった>。なぜ、わたしは絶句したのか。次から選べ。えっと、選択肢は三つあるから、タダシ、山田、二逆、ひとつずつ読んで」
作間は、テレビで活躍中の塾の講師みたいにおおげさなフリをつけて割り振った。
「A、勉強してないのにいい点を取る人が自分の知り合いにもいるので、びっくりしたから」
「B、勉強してきてないよ~の言い方が気持ち悪いと思ったから」
「C、初対面なのに独特な例え話をされるとは予想もしなかったから」
なんだ、この問題。自分で解いたときはさっくとCにしたけど、改めて声に出してみると、どれも正解のような気がしてくる。
「なんで、この中から選ばなきゃいけないんですか」
二逆は訴えるように先生に言った。
「あ、いや、体育教師の俺に言われても」
「でも尾路さん、大学出てるんでしょ。中学の国語ぐらいわかるっしょ」
「そうだよ。教えてよ。そもそも、補習って先生が教えてくれるんじゃないの?」
「これじゃ、夏休みの宿題学校にわざわざ来てやってるのと変わらないよな」
三人は、尾路先生を攻撃した。
「分かった。分かったよ。これはな、作者じゃなくて、出題者の気持ちなんだよ」
尾路先生は、自分が相当すごいことを言ったかのようにかっこつけて言った。
そうだね。そう割り切るしかない。
中学受験する友達が同じ事言ってた。
「なんだ、それ。ズルくねえ」
「死んでる場合は自由だけど、それって作者に失礼じゃないの?」
「え、じゃあ、斉藤先生の気持ち分かれってこと?」
「出題者の気持ちなんかもっと分かりませんよ!」
四人は、もっと混乱していった。
やっぱり、バカなの?
「そういうもんなんだよ。先生も学生の頃はお前達と同じこと思ったよ。あ、そうだ。前に深夜番組で面白いことやってたぞ。問題文に使われた作者が自分の問題を解くっていう企画。なんと、作者は全問不正解だったんだ」
「マジで!!!」
「作者が分からないのに僕たちが分かるわけないじゃないですか」
「そうだよな」
尾路先生は、いつになく教師らしい顔をした。
「きっと頑張って解こうとして余計分からなくなる奴って、いろいろ想像力を膨らませすぎて全部アリにしちゃってるんじゃないのか。優しい奴は国語が苦手かもな」
その落ち着いた口調にいいかげんな雰囲気はなく、みんなマジメに先生の声に耳を傾けた。
「それで、その問題文を作った大学教授が言ってた。その部分の文章だけ読んで判断できるように、どう読んでも、そう解釈できるように考えてるって。それが出題者の気持ちだ。作者の気持ちっていうのは、きっと、その部分からはみ出したところにもあるから、作者自身も分からなくなってくるんじゃねえのか。あ、むかし笑い話であったな。作者の気持ちを書けっていう問題で<早く書き上げて楽になりたい>って書いた奴がいるって。きっと作者に見せたら正解だろうって」
なんとなく、分かるような分からないような。
国語の問題と読書感想文は読み方が違うんだってことは、分かった。
なんか、自転車で行く道と歩いて通る道が違うみたい。
「尾路さんにしてはまともな話だな」
「うん。斉藤先生より分かりやすいかも」
「二逆、大丈夫か?」
「はい。なんとなく。でも、どうやって解けばいいんでしょう」
出題者の気持ちという割り切りができても、解き方は分からない。
尾路先生も所詮体育教師、そういう導き方は分からないようで、目を逸らせた。
わたしは、できるか分からないけど提案してみた。
「ひとつずつ、考えてみたら? 謎解きみたいに」
「謎解き?」
タダシ君が困った顔をした。
「渡辺、面白い考え方だな」
「あ、はい。あの、わたしよくミステリー小説とか読むんですけど、犯人ってウソをついてるから食い違ったこと言うんですよね。それを探偵とか刑事が突き詰めて事件を解決したりする。そういうふうに見ていけば、面白いと思うんです」
「どういうふうに?」
作間が聞いてきた。先生しか食いついてこなかったのに、みんなも興味を持つ流れを作ってくれるので助かる。
「絶句させたのはなにか、という事件を解くの。そこで集められた証言者がABCの三人。一人ずつ、聞き込みをしていくの」
「なんか面白そうですね」
二逆もくいつく。
「Aの場合<勉強してないのにいい点を取る人が自分の知り合いにもいるので、びっくりしたから>ってのは、同じような知り合いがいることにびっくりしてるってことでしょ。そんなよくいる人のことで絶句するかな。同一人物だったとは言ってないし」
「確かに」
「その上、絶句した後に、そういう人に対して冷静に分析しているから、びっくりはしていないと思う。これが事件の証言だったとしたら、ちょっと弱いと思わない? 絶句した理由にはならない気がする」
「なるほど」
「Aは無しってことですね」
二逆が納得すると、山田が手を上げて入ってきた。
「じゃあじゃあ、勉強してきてないよ~の言い方が気持ち悪いと思ったから。は? 俺、答えこれだと思ったんだけど。これってさ、男が女子の真似して言ってる感じしねぇ? ないよ~の、最後のふにゃってやつが気持ち悪さを表現してると思う」
「え、山田にとって、このふにゃって、気持ち悪いの? あの、自販機のあったか~い。つめた~いのふにゃだろ。おれ、あれ優しさを感じるんだけど」
また作間、どうでもいいところで大きく道を外れていこうとする。
「ふにゃ自体は気持ち悪くねえよ。でもなんで、ないよー。って言う棒線じゃないんだ」
「そう言われると、ふにゃに意味がありそうだよな。おい、タダシ、さっきから黙ってるけど、お前はどう思う」
そうそう、タダシ君がずっと黙ってる。
やっぱり面倒くさい女だと思われたかな。
そうだよね。みのりは頭いいけど天然ちゃんだから、こういう小さいこといちいちつつくような発想しないんだろうな。
「オレ、分かんない。けど、なんか、オレ、感動してる」
え?
「渡辺さん、すごくない? 勉強をそんなふうに思えるなんて」
え?
「オレ、今、国語、面白いって思った。謎解き、探偵、ミステリー? すげええ」
やだ、タダシ君がわたしに感動してる。
お父さんに影響されて、ミステリー小説読み始めて良かった。
「で、渡辺さんの推理は、どれなの?」
タダシ君は目をキラキラさせながら、わたしに聞いてきた。
「Cだと思う。初対面って言葉がポイントかな」
他の人もわたしに注目する。名探偵乃璃香の答えを待っているかのようだ。もはや、ふにゃが気持ち悪いかどうかはどうでもいいんだろう。
「これって、いわゆる出会いシーンだよね。初めて会った人にいきなり、勉強してないのにいい点取る人の話を、しかもモノマネっぽく話すっていうのがありえない。その内容のあるある感や言い方よりも、なんでこの人、わたしにこんな話するんだよっていう呆れた気持ちが絶句させるのかなって」
自分で言いながら、心の中でそういう事だよと、自分の答えを再確認した。
これは間違いなくCだろ。
「おおおおおお」
何故だか拍手が起きた。
先生まで笑ってる。
補習二日目!
タダシ君に感動された!!
すごい。すごいよ乃璃香!!!