補習二日目 国語・問題
はあ、乃璃香の恋の行方は・・・・・・
「よーしみんないるか、今日は国語だ。、二逆、このプリント」
「はい」
「尾路さん、またプール行くんでしょ?」
「いや」
「まさか、ちゃんと監視するの?」
「ああ」
「俺たちマジメにやるから、どこか行ってきてもいいですよ。スマホなんか絶対使わないし」
作間、タダシ君、山田が昨日のような状態に持って行こうとする。
「そうはいかん。俺は体育教師だが、お前達たちの担任だ。補習の監視という任務をまっとうしなければらならない」
「尾路さん、急に先生ぶってどうしたの?」
「先生、本当のこと言おうよ」
「俺らと先生の仲じゃん」
「・・・・・・昨日、どういうわけか、副校長先生も、プールにいてな」
「怒られたんだね」
「うるさい! 早くやれ」
尾路先生とこの三人は、先生と生徒というより友達みたいだ。成績面でいろいろ問題が多くて、他の子よりも先生と話す機会が多いのか、すごく仲がいい。
昨日みたいなのも楽しいけど、先生がいる方が安心かも。先生がいれば、みのりトークで盛り上がることはないでしょう。
数分間は、静かにみんなプリントに向かっていた。
国語は、漢字と文章を読んで設問に答える問題。教科書には載ってない本で女性の目線で書かれたエッセイのようだ。なんとなく恋愛を匂わせる独身女性の話。なんでこんな話、問題文に使ってるんだ。斉藤先生の趣味かな。先生もお母さんと同世代だけどまだ独身らしいし。
「ああああ、僕、国語って苦手なんです」
おとなしかった二逆が、いきなり叫んだ。
「どうした、二逆」
さすがの尾路先生も驚いて駆け寄る。
「この中に、本当に、筆者の気持ちがあるんですか」
教室が一瞬静かになった。
クーラーの音と、窓越しに聞こえるセミの声がさっきより大きく聞こえる。
国語の問題って、確かに納得いかない。
五年生の時、わたしも二逆と同じことを言ってお父さんに訴えたことがある。
お父さんは「作者はこういうメッセージを読者に受け取ってもらいたくて書いているんだ。そこを読み取れるようになるのが国語なんだ。だから、乃璃香がこの状況の時、こう思わなかったとしても、作者は思って欲しいと思っている。そこを探すんだ」と言われた。
その時は、お父さんってスゴいって思って納得した。
けど、六年になって読書感想文コンクールで大賞を取った子の審査員の言葉を読んでわたしは混乱した。
<すごく独創的で面白い視点だ。この物語をこういう解釈をした人は○○さんしかいなかった。素晴らしい感想文だ>
作者が望んでいない解釈が褒められていた。誰が読んでもここでこういうふうに感動したって言える読み方をした人が、あっているわけじゃないんだ。わたしだって、自分の気持ちもあったけどそれは横に置いておいて、作者がこう読んで欲しいと望んでいるだろうと思う感想を書いた。それが国語で学んだことだと思ったから。だから入賞したのかもしれない。けど大賞は取れない。だってみんなと同じだから。誰でも書けるから。お父さんの言ってたことは間違ってないけど、正解ではない気がしてきた。お父さんがよく読む小説って推理小説とかミステリー系が多いから、そういう本は確かに作者が読者にこう読んで欲しいって願って書いてるなとは思う。
国語の問題文は、何を求めているのか分からない。
二逆のモヤモヤ、分かる。
「尾路さん、数学は相談していいって言ったよね。国語も相談していい?」
作間は、いい案を思いついたのか先生に聞いた。
「おお、いいぞ、じゃあお前らの好きなようにやれ」
二逆の様子に自分には何もできないと思ったのか、先生はあっさり承諾した。
作間はバカだけどリーダーの素質がある。いろいろ仕切り始めた。
昨日みたいなのが始まると思うと、なぜだがワクワクする。
「じゃあ、渡辺さん、ここの文章声に出して読んでよ」
「え? わたし」
「そうだね。この中じゃ一番音読上手い」
タダシ君に言われて、嬉しくて、わたしはプリントを手に持って立った。
平服を着崩してドレスアップさせる技術も、服装など気にしないでいられる自分の中身に対する自信も、浮いてる自分をこの会場に溶け込ませるコミュニケーション能力もない。わたしは、隅っこの席、なるべく照明の当たらない場所に座っていた。
「平服って書いてありましたよね?」
「え?」
配達に来た花屋の店員かと思ったほど、カジュアルな服の男が声をかけてきた。
わたしは『平服でお越しください』と書かれた招待状に対して、物申したい賛同者が現れたと思い、嬉しそうに顔を上げた。
「これ、信用してはいけない言葉だ。騙された。試験前に、全然勉強してきてないよ~って言っておきながらいい点取る奴みたいですよね」
思いがけない男の例え話にわたしは絶句してしまった。
勉強してないって言ったのに、いい点を取る人って確かにいた。けど、そういう人って、本当に試験勉強はしてないのかもしれない。普段授業をちゃんと聞いてて改め勉強する必要が無い。それは、キレイな人が何もしてないっていうのと一緒で、元々持ってるものが違うのに同等に見ようとするこちらの思い上がった見方で、別に騙しているわけではない。
(マキタサユリ/「信用していい言葉」)