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補習一日目 数学

「何だよ? 悠人」

「この問題おかしくねえか」

「どれ?」

「四問目、ちっと声だして読んでみ」

「毎朝、定まった時刻に家を出て学校に行く人がいる。毎分80mの速さで歩くと8時25分に学校に着くが、自転車に乗って毎分290mの速さで行くと8時4分に学校に着くという。この人が毎朝家を出る時刻を求めなさい・・・・・・さっぱり分からない」

「普通、学校に着く時刻に合わせて家でないか?」

 は? そこかよ。作間悠人。ここまでバカだとは・・・・・・

「そうだよな」

 ええ? まさかの賛同。タダシ君?

「25分に着いて遅刻じゃないなら、チャリでもそれに合わせて出りゃいいのに」

「そうだよ。さすがタダシ、俺が言いたいのはそういうとこ。それのがリアルだよな」

 リアル?

「この21分の差でこいつは何をしてんだろうな。相談してもいいって言ってたよな。んじゃ、俺、タダシ、山田、二逆、渡辺さんの順で行くよ。皆さんお手を拝借」

 何が始まるの?

「いえい!」

「おう」

「はい」

「え」

 ええええ。

 山田も二逆も、何、構えてるの?

 何が始まるのよ。

「古今東西21分でできることー。はいはい、ラジオ体操、はいはい」

「昼寝、はいはい」

「便所、はいはい」

「花に水。はいはい」

「え、ああ、日直」

 手拍子止まって一瞬の間があり、みんなわたしを見た。

 何するのか分からないまま始まって、こんな答えしか思い浮かばないよ。

 やっぱり、ダメ? 日直とか。マジメかよってツッコミされちゃう?

「そうか、こいつは21分で何かをしたいんじゃなくて、21分早く来なきゃいけないのか」

「なるほどね。たとえば日直」

「リアルだ」

「リアルですね」

 リアル?

「21分早く来なきゃいけない理由は他にねえか。えーとおれは、時間目が体育で着替えるから!」

「前の日に人に見られたくない忘れ物をしたから!」

「家の便所があかなくて急いでたから!」

「早朝の影の長さを測りたかったから」

 え。みんなの視線が集まった。

「渡辺さんは?」

 タダシ君に聞かれた。ああ、どうしよう。

「え。あ、好きな人がその時間に来るから合わせるとか」

「なるどほど。それはリアルだ。うん。うん」

 ん? タダシ君がわたしの意見にめちゃくちゃ食いついた。

 けど、明らかにここにいない子に萌えてる。なんか悲しい。

「でもよお、学校じゃなくて、家の問題かもよ。毎朝同じ時間に出ないと母ちゃんがうるさいとか。俺んち普段はそうだぜ」

 山田がさっきの作間級にタダシ君の妄想を中断させてくれた。

 ちょっと嬉しくなってしまう自分がいる。

「そっか。じゃあさあ、こいつは普段は歩き派か自転車派か」

 脱線王作間。もはや数学に全然関係ない所に話が進んでる。

「この文章だと、普段は歩いてるっぽいよな」

 タダシ君は当然のようにそれに乗る。

「でもチャリ通いいなら、普通乗ってくるぜ」

 山田も乗る。二逆は? 

 わたしは二逆をちらりと見た。黙っていた。よかった。みんなが言う流れにならなければ、わたしに意見を求められることはないだろう。

「じゃあ、なんでわざわざ、21分の差を作るんだ」

 だから、そこはいいだろ作間。

「あの、普段自転車乗ってる人が歩く日って、たいてい雨の日じゃないですか。もしくは下校時の降水確率が高くて、傘を持っていった方がいい日」

 二逆は意を決したかのように発言した。

 ええええ。マジメにバカ?

「なるほど」

「そうか」

「そうだよ」

「って、ことはこいつ、晴れた日は好きな人に会いに行くようにチャリで早く登校するんだけど、雨の日はあきらめて普通に来てるんだ」

 タダシ君は何をイメージしてるのか、嬉しそうにまとめた。

「なんだ、体育の授業じゃないのか」

「間をとって渡辺さんの意見ってことで。いいだろう、これが一番リアルなんだから」

 間? わたしの意見採用? 全然嬉しくない。

「リアルねぇ。あ、なるほどー。だから、タダシの遅刻が減ったわけだ。みのり、朝はえーからな」

「いや、だから、そういうわけじゃああ」

 タダシ君。あああああ。そんなあからさまに。

「タダシって佐倉のこと好きなのか」

「山田、誰が見たって、分かるだろう」

 わたしはこの話がみんなの話題になるのが嫌で、流れに乗らないでと二逆を見た。

「佐倉さんってかわいいですよね」

 やっぱ、入るのね。

「だよね。うちのクラスじゃ一番。いや学年でも」

 満面の笑みで言うタダシ君。

「そうか?」

「かわいいよ。悠人は、小さい頃から知ってるから麻痺してるんだよ」

「まあな、幼稚園からの腐れ縁だし。じゃあ二逆、お前ももしかしてみのりが好きなのか」

「ええ。好き言うかっていうか、あの、ファンですよ。ただの」

「そんなに人気あるのかあいつ」

「ああ。他のクラスにもファン多いらしいぜ。ファンレベルなら俺も好き」

「山田もか」

「ライバルいっぱいか……かわいいもんなあ」

「俺は個人的に二つに結んでる時がいいな」

「オレは断然ポニーテール」

「僕、授業中だけかけてるメガネ姿結構好きです」

「ああ、いい。オレもそれ」

「そうかぁ? 渡辺さんはどう思う? 女子的意見」

 作間はわたしに聞いてきた。この議題、作間はみのり否定派。ここで作間側に賛同すると、なんかわたしが作間のこと好きだと思われそうだな。単純に、自分の方が可愛いと思ってる勘違い女に思われるのも痛いし。こういう場合、一般的な感想を言っておくのがいいのかな。

「かわいくて羨ましいと思う」

「やっぱりそうだよね!!」

 タダシ君は予想以上に喜んだ。しっぽ振った子犬みたい。

 極上の笑顔が見られたけど、切ない。

 何よー!! みんなして、みのり、みのりって、乃璃香だって、かわいいでしょー!! ツインテールもポニーテールもメガネもするわよ。

 えーんタダシくーん。はあ、こんな悲しい思いするためにわざと悪い点取って補習に参加してるなんて、なんかバカみたい……。

「って、ことはなんだ。タダシは晴れた日はみのりに会いたくてチャリで早く登校するんだけど、雨の日はあきらめて普通に来てる」

 脱線させといて、作間は数学の問題に戻した。

「ってオレを当てはめんなよ」

「リアルじゃないか。お前、雨の日は遅刻よくする」

「でもよお、自転車と歩きって道違くねえ。俺んちからだと、歩きの方が近いときあるかも」

「確かに自転車じゃ通れない場合あるから、違いますね」

「そうか。おれんちは学校から近いからなー」

「悠人の場合、自転車出す時間もったいねえよな」

「うん」

「あの僕、実は自転車乗れないんです」

「マジかよ。二逆。今度練習するか? うちの二番目の弟、今練習してるから」

「いいです」

 はあ。なんなの。

 でも、リアルか。ちょっと面白い。

 役に立たなそうな数学が日常的に見える。こうやって当てはめていくと分かりやすいね。問題にリアリティを求めるなんて考えもしなかったよ。

 もしかして、この人たち本当はすごく頭いい?……なんか答えを出すだけにとらわれてた自分がバカみたいに思えてくる。

「やべ、もうすぐ尾路さんくるぞ」

「悠人のせいで一問もできてない」

「なんでだよ、この問題四問目だぞ。全部おれのせいじゃない」

「俺、ぜんぜん分からない」

「僕も文章題はお手上げです」

「このままじゃ課題増やされる……あ、渡辺さんは?」

 作間の声に、みんなの視線がわたしに集まった。

「え……一応終わったけど」

「やっぱ頭いいんだよねー」

 タダシ君に褒められると、やっぱり嬉しい。

「あ、間違ってるかもしれないけど・・・・・・写していいよ」

「本当に??」

「うん」

「ありがとー」

「助かったー」

「みんな合ってると疑われるから、うまく写そうぜ」

「そうだな」

「あ、じゃあ僕六問目は空欄にしておきます」

「じゃ、俺は」

「でも相談してもいいって言ってたし、みんな同じでも平気じゃん」

「バカだなー、尾路さんテキトウに言っただけだよ。別に体育教師の尾路さんが採

点するわけじゃないんだから」

「そっか」

 こいつらが、頭いいわけ…

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